第5話 レアリティが違いすぎる

 藤塚への想いを自覚した翌日。正直なところ、学校へ行くのがひどく憂鬱だった。


 教室に入れば嫌でも思い知らされるからだ。俺と彼女の歴然たる格差を。


 重い足取りで教室に足を踏み入れた俺は、想像通りその差を目の当たりにして肩を落とした。


 髪型や制服の着こなしが派手な、見た目からしてスクールカースト上位の陽キャな女子四人が藤塚を中心として輪を作って、窓際を陣取っている。


 楽しそうな笑い声が嫌でも耳に入ってくるのを気にしないようにして、俺は廊下側にある自分の席に着きリュックから教科書やノートを机にしまいながら昨日の藤塚の言葉を思い出した。


 学校だと、話できないもん。


 そう、彼女の言う通りだった。


 学校での俺と藤塚は、一言も会話をしないなんてことはざらで、仮にあったとしても連絡事項がせいぜいと言ったところだ。


 悲しいかな、俺にはこれといって秀でたものがない。成績はさほど良くないし、運動神経も人並み程度、顔だって平々凡々の目立った特徴のない地味男子。友人はいるけど、それ程多くないし、彼女なんていたことがない。スクールカーストの良くてギリギリ中間、悪くいえば最下層に属しているのかもしれない。


 それに比べて、藤塚はスクールカーストの頂点に君臨している。誰もが羨むルックス、明るい性格、人を惹きつけるカリスマ性。


 俺は彼女の隣に並ぶに相応しい人間ではない。その現実を突きつけられて、俺はただ項垂れることしかできない。そんな自分が情けない。せめて、もう少しイケメンだったら、なんて考えてしまう自分が。


「あっ、晃太! 悪い、数学の教科書貸してくんね?」


 聞き慣れた声に名前を呼ばれ振り向くと、教室の扉に良く見知っている人物が俺に対して手を振っている。彼が現れた途端、クラスの女子が色めき立つのがわかった。


「えっ、二階堂くんじゃん。なんで?」

「やば、今日も顔がいい……」


 そんな女子のざわめきの中、俺は数学の教科書を持って爽やかな笑顔を向けるキラキラ男子──二階堂新太にかいどうあらたに近づいた。


「ほらよ。俺も5時間目に使うから、その前に返してくれれば良いから」


 そう言って教科書を手渡すと、ありがとう! と新太は嬉しそうに歯を見せて笑った。男の俺でもこの笑顔は眩しいしかっこいいと素直に思う。


「いつもごめんな。今度なんか奢るわ。ほんとさんきゅー!」


 教科書を受け取ると、新太は自分の教室へと帰って行った。俺は何事もなかったかのように自分の席に着く。


「……はぁ、顔が良すぎる。眼福だわ。同じクラスだったら最高なのにね〜」

「二階堂くんとあの……うちみくん? って仲良んだ? 超意外じゃない?」


 藤塚の周りに立っている女子たちが、不思議そうにしゃべっているのが聞こえる。こう言ったことは言われ慣れているが、名前を間違われているのはちょっとショックだった。うちみではなくだ。


「てゆうか、咲良と二階堂くんって超お似合いじゃない? 美男美女だしー、有名人同士だしー、ベストカップル誕生じゃん! カップル動画とかあげたらめっちゃバズりそう〜」


 ああ、確かにお似合いだと俺も思う。


 この学校には、藤塚に相応しい人物が一人いる。それが彼、二階堂新太だ。この学校で彼女と一二を争う有名人。高身長に引き締まった筋肉、目鼻立ちの整った顔、人当たりの良い性格。


 それに彼は爽やかな笑顔のイケメンってだけでなく、将来有望な野球少年でもある。


 中学時代は断トツのエース。スポーツ推薦で入った強豪校であるこの高校でも1年生にもかかわらず即レギュラー入りを果たした。


 甲子園で活躍して、将来はきっとプロになる。彼はそう期待されているのだ。


 俺と新太は小学校から一緒で、まあ、所謂幼なじみというやつだ。結構仲は良いのだが、時々彼と自分の雲泥の差に辟易してしまう。


 スペックが違いすぎるのだ。


 ゲームでいうとレアリティの差が大きすぎる、といったところか。


 星1が最低、星5が最高レアだった場合、俺は星1か星2って感じで、新太は紛うことなき星5といったところだ。もちろん藤塚も星5だ。


 思わずため息が出てしまう。


「ねえ、どうなの咲良! 二階堂くんのこと、どう思う?」

「えー……わかんないよ。話したことないもん」


 藤塚の答えに安堵してしまう。二人が付き合うなんてことになったら、もう二人きりでソシャゲの話をすることもなくなるだろうから。


 せめて、友達として特別な関係でありたい、なんて思うのは浅ましいだろうか。


「あ、あとさ……さっき美優みゆう名前間違えてたよ。うちみくんじゃないよ。内海うつみくんだよ」

「えっ、あ、そうだっけ。ごめん〜名前覚えるの苦手でさぁ、気をつける」


 藤塚が俺の名前を訂正してくれた!


 ただそれだけのことで、先程までのもやもやとした気持ちがどこかへ消え、心の中がぽかぽかとあたたかな気持ちで満たされる。


 レアリティなんて、関係ない。やっぱり藤塚が好きだ。そう、強く思った。

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