第2話 無課金って、無理のない課金のことだよね?

 俺が藤塚と友達になった時のことを懐かしく思い返している間、彼女は先程引き当てたキャラをせっせと育成していたようだ。


「うーん、育成素材が足りないなぁ。仕方ない。素材クエスト周回するか〜」


 藤塚は慣れた手つきでスマホを操作すると、無表情で高速タップを始めた。


「お待たせいたしました。チーズケーキと、ティラミスでございます」


 店員さんが各々が注文したケーキを持ってきてくれた。ここのチーズケーキは絶品で、濃厚なのにくどくなく、舌触りがとても滑らかなのでお気に入りだ。


「いただきます」


 藤塚に、ごちになります、と手を合わせて軽く頭をさげる。


「どーぞどーぞ! 幸せのお裾分け~」


 そう言って彼女はピースサインをし満足げに微笑んだ。しばらく互いにケーキを堪能していたが、ふと何か思いついたみたいに藤塚が口を開く。


「ねぇ、内海くんはさぁ、物欲センサーってやっぱあると思う?」


 物欲センサー、まことしやかに囁かれている欲しい気持ちが強ければ強い程、目当てのものが手に入らない現象のことだ。


 俺は少し考えてから、こくりと頷いた。


「あると思う」

「だよね! 絶対あるよね!!」


 食い気味に藤塚が同意する。


「ああ、他のゲームに全く興味ない人にガチャ引いてもらうと、何故か欲しいカードとかキャラが一発で出たりするよな。無欲の勝利ってやつなのかな」

「あー……やっぱそうなんだぁ。じゃあ今度、内海くんにガチャ引いてもらおうっと」


 よろしくね、と言われ焦ってしまう。頼まれたらもう無欲ではいられないだろう。


「えっ、プレッシャーなんだけど」

「期待してるよ~」

「絶対出ない気がしてきた……先謝っとくわ。ごめんなさい」


 テーブルに手をついて頭を下げるそぶりをすると、藤塚はそれを見てくすくす笑った。


「あははっ、出なくても怒んないよ。……なんかこういうの、いいね。楽しい」

「え?」

「ほら、私こういうゲームの話、面と向かって誰かとするの、内海くんが初めてだからさ」

「藤塚は……」


 どうしてソシャゲをやっていることを、他の人に秘密にしているんだ?


 そう聞きそうになって、口をつぐむ。


 藤塚は人気者だ。学校ではいつも輪の中心にいる。でも、なんだろう。時折、所在なさげというか、寂しそうに感じる時がある。明るく美人で人望もある彼女でもなにかを抱えているのかもしれない。


 俺の思い込み、勘違いかもしれないけれど。


「黙っちゃって、どーしたの?」


 俺の顔を藤塚がのぞきこむ。長いまつ毛に縁取られた大きな瞳に自分が映り、どきりとする。


「あー! わかった! 私の課金額が気になるんでしょ?」

「えっ」


 確かに、それも気になる。お金の話は野暮なので気になってはいたが聞く気はなかった。


 藤塚のやり込み具合を見る限り、無課金では絶対にないと思う。


 ちなみに俺は、最高レアが一枚以上必ず出ることが確定している特別な限定ガチャとか、最推しキャラのイベントでランキングボーナスが欲しい時くらいしか課金しない。基本無課金、たまにちょっと課金する程度のライトユーザーだ。


 バイトもしていないので、お年玉とか家の手伝いをしてもらうお小遣いでやり繰りしている。


「私、無課金だよ」

「は?」


 藤塚がさらりと発した言葉に耳を疑う。


 ありえない。このゲームは去年の夏に配信開始したばかりだ。無償でもらえる召喚石もあるが、それでも藤塚のレベルはさすがに……ありえない。


 藤塚は俺が訝しんでいるのに気付いたようだった。


 少しおろおろして、それからそっと身を乗り出し手招きした。俺がそれに従い、顔を近づけると、耳打ちするように、


「……無課金って、無理のない課金のことだよね?」


 と尋ねた。


 無理のない課金、略して無課金。


「いや……違うと思う」

「えっ……」


 ショックを受けたような顔をして、そうなんだ……と藤塚は小さく呟いた。


 そして、はっと気づいたよう俺の顔を見た。


「う、嘘つくつもりじゃなかったんだよ? なんかネットで見て、そうなんだーって思って、それで!」


 明らかに動揺している。


「わかってるよ。それに金銭感覚って人によって違うし」

「うん。……でも、もしかしたら私、結構課金してるのかもしれない。無理のない程度だけど……あっでもね! 私自分で稼いだお金でしか課金しないようにしてるの! ほら、私いちおうモデルとかPRとかやってるんだけど……って、知ってる?」

「まぁ……有名だし。てか偉いな」

「えへへっ、おだてても何もでないよー。ケーキくらいならもう一個追加してもいいけど?」


 藤塚は照れ臭そうに、手をひらひらさせながら言った。


「いや、もう十分。お気持ちだけで」


 俺もバイトとか始めてみようかな、と心の中でひそかに思いつつ、チーズケーキの最後の一口を口に運んだ。

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