学校の高嶺の花は実はソシャゲの重課金ユーザーで、どうやら俺に懐いているらしい。

守田優季

第1話 内海晃太と藤塚咲良

「あ〜、三十連とも最低保証……」


 スマホの画面を見て、目の前の髪の長い少女はがっくりと肩を下ろし項垂れた。


 少しの沈黙の後、スイッチ切り替えたようにキリッとした表情ですぐにまたスマホに目を戻し、指でタップする。


「……やっぱり貯めてた無料石の三十連ちょっとじゃ来ないよね。想定内想定内。さーて、今度こそ!」


 そう呟くとスマホをテーブルに置き、目を瞑り祈るように手を合わせた。


 スマホの画面が変わっていく。彼女は恐る恐る目を開け、画面を見る。


「きたーーーっ! この虹色の光は確定演出だよっ!」


 歓喜の声をあげた。座ったまま小さく跳ねている姿は小さな子供みたいだ。


「ほらっ」


 スマホを掴み、画面をこちらに見せ満面の笑みを向ける。


「見てっ! 新キャラ!! しかも二枚!!」


 嬉しそうな彼女を見てこちらも嬉しくなってくる。


「神引きだよ〜っ! 見た目もめっちゃ好みだし、性能もいいし、育成がんばるぞ〜」

「よかったな」

「んふふふふ。もっと言って」

「よかったな。おめでとう」

「えへへ。よーし、じゃあ神引きしたお祝いに、なんか奢ってあげる!」


 任せなさいとばかりにトンッと胸を軽く叩き、メニュー表を俺に差し出した。


「えっ、いいよ。むしろお祝いだったら俺が奢ったほうがいいのでは……」


 同級生の、しかも女子に特に何かしたわけでもないのに奢ってもらうのはなんだか気が引けてしまう。やんわり断ろうとすると、メニュー表をさらにぐっと俺の方に差し出してきた。


「いーのいーの! いつも付き合ってくれてるお礼」


 そう言ってウインクされた。くそっ、めちゃくちゃ可愛いな。


「じゃあ……お言葉に甘えて……チーズケーキをお願いします」

「おっけ! 私はねー、ティラミスにしようっと。すみませーん」


 店員さんを呼ぶ目の前の少女を見つめながら、俺──内海晃太うつみこうたは、なんで学校で一二を争う有名人の藤塚咲良ふじつかさくらと自分がカフェでお茶をして、しかもケーキを奢ってもらっているんだろうと、不思議な気持ちになる。


 ファンが見たら、きっと大変なことになるだろう。バレていないよな……? 炎上とか怖いんだけど……。


 つい不安になってしまう。というのも、藤塚咲良は学校外でも有名人なのだ。


 芸名は本名と同じだけど名前だけ平仮名にした、藤塚さくら。女子に人気のファッション雑誌でモデルをしているらしい。SNSのフォロワーも数万人、インフルエンサーというやつだ。


 もともと子役をしていたという噂も聞いたことがある。要するに藤塚咲良は誰もが認める美少女で芸能人、高嶺の花なのだ。


 そんな彼女がどうしてごくごく平凡な男子高校生である俺と、木曜日の放課後にカフェでお茶をしているのか、そのきっかけは約一ヶ月前に遡る。





 俺はその日、日直だったので放課後教室で日誌を書いていた。正直早く帰りたかったので速攻で片付けようと思っていたのだが特にこれといって書くことがなく、シャーペンをくるくると回していた。


 ふと顔を上げると教室には俺ともう一人生徒が残っていて、それが藤塚だった。


 藤塚は自分の席に座り、何やら作業をしているらしかったが俺はあまり気にしていなかった。


 入学して同じクラスになって既に一ヶ月以上が経過していたが、話したことはほとんどなかったし、これからもそうだろうと思っていたから。


 俺は思いつく限りの出来事を羅列し、言い回しでちょっと文字数を稼ぎ、なんとか日誌を書き終えた。職員室に届けて帰ろうとリュックを背負い、立ち上がろうとした。


 すると、俺が立ち上がるよりも先に藤塚が慌てて鞄に机の中の教科書やタオルを詰め込み、席を立って駆け足で教室を出て行ったのだ。


 やけに慌てており、どうしたんだろうと不思議に思いつつ、自分には関係のないことだと思い直す。はやく帰ろう。


 その時だった。


 ピロン、と電子音がした。


 音がした先は、藤塚の机。


 机の上には彼女のものであろう、スマホが置いてあった。


 慌てていたから、鞄に入れ忘れてしまったのだろう。


 今から追いかければ追いついて、この忘れ物を渡せるかもと思い、スマホを手に取る。


 《本日の連続ログインボーナス:召喚石を20個プレゼント》


 見覚えのある通知。俺もやっているソシャゲの、アニメ化決定祝いのログインボーナスだ。連続してログインすると、ゲームで使える回復薬とか、キャラを召喚するための通貨代わりの石がもらえる。確か召喚石20個は通算10日目のプレゼントだ。


 藤塚がゲームを、それもソシャゲをやるなんて意外だった。芸能活動やら習い事やらで忙しいという噂だが、ログインを欠かさずしているとは。雲の上の存在だと思っていたがちょっと親近感がわいた。


 そんなことより、藤塚はスマホがないと仕事とかで困るんじゃないか? 届けるなら急いだ方がいいよな。


 そう思い、俺は教室の扉へ向かおうとした。


 その時だった。ガラッと勢いよく扉が開き、息を切らした藤塚が、額に汗を浮かべながら教室に入ってきた。


 彼女は俺の姿を目に捉え、次にその手に自分のスマホがあるのを見つけると、さーっと青ざめた。


「かっ、返して!」


 そう言われ、俺がスマホを差し出すと、ばっと勢いよく掴み後ろを向いた。


 何やらスマホを操作し、


「……見た?」


 と小さな声で聞いてきた。肩が小さく震えているのは気のせいだろうか。


「何を?」


 と聞き返すと、


「スマホの画面……」


 と、さらに小さな声で答えた。


「ああ、少し」


 正直に答えると、はあああ……とため息のような声を出して彼女はしゃがみ込んだ。


 何をそんなに気にしているんだろうと思ったが、おそらくソシャゲをやっていることを知られたくなかったんだと思い当たる。


 別に隠すことじゃないだろう、みんなやっている、と思ったが人にはそれぞれ事情がある。詮索するもの野暮なので、誰にも公言しないから安心してくれ、と伝えようと思い近づくと藤塚がすくっと立ち上がり、こちらを振り向いた。


「えっと、内海くん……だったよね?」


 名前を呼ばれ、反射的にうなずく。


「内海くんはさ、このゲーム知ってる?」


 そう言って、彼女はスマホの画面を俺の顔に近づけた。


 よく知っている。先程通知の来てたゲームのログイン画面だ。


「……知ってる。俺もやってるし」

「えっ! そうなの!?」


 先ほどまで口調がしどろもどろだったのに、一変して驚いたような、それでいて嬉しそうな声で聞き返してきた。


 見せた方が話が早いかと思い、俺もスマホを取り出して藤塚にゲーム画面を見せる。


 藤塚は大きな目を見開いてそれをじっと見つめ、表情を緩めた。


「そ、そうなんだ〜。そっか、あのね、私もこのゲームはまってて、結構やり込んでてね……」


 さっきまでとは打って変わってにこにこしながら語り始めた。


「これが今のパーティーメンバー」


 見せてくれた画面を見て、俺は唖然とした。レアキャラがレベルマックスだったり、サポートカードが完凸されていたり……。


「すっげぇ……」


 思わず感嘆の声が漏れる。


 俺もこのゲームは配信されてからずっと地道にコツコツとストーリーを進め、開催されるイベントをこなしてきたが、こんなに強くない。足元にも及ばないのでは? と思ってしまう。


 恐らくだが、藤塚は結構な額を課金しているのではないだろうか。


 この圧倒的キャラとサポートカードの強さ、かなりやり込んでても無課金では無理だろう。それとも超幸運とか? いやいや、最高レア排出率は3%一律だぞ。どんな確率だ。


「ねぇ、私たち友達にならない? それでさ、このことは……私たちだけの秘密にしてくれないかな?」


 つい思考を巡らせていた俺は突然の藤塚の言葉に耳を疑った。友達? 秘密?


「ね? おねがいっ」


 手を合わせた藤塚に、上目遣いで懇願される。目があった瞬間ウインクされた。


 うわっ。めっちゃ可愛い。


 俺は断るはずもなく、勿論と即答した。


 これが全ての始まり。


 俺に降って湧いた幸運であり、波乱の学校生活の幕開けだった。

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