第15話 解く

早く手放してあげないといけない、そう、わかりながらも土方さんとの繋がりを一挙に断ち切ることができず、ゆるやかに連絡を取っていた。今は土方さんの後悔を解してから、ゆるやかにフェードアウトするのが目標だ。


ジワジワと徐々に体力を奪いに来る夏の暑さは今も昔も変わらない。

道場の窓から見える外のグランドはなぜか少し歪んでいる。


「休憩5分、終わったら次試合稽古!」

「うぃー」


気合の入った大曲先輩の指示が聞こえても、暑さで頭が湧いてるのか、溶けたような返事ばかりだ。風がない道場は外よりもずっと暑い。春の新人戦と予選会はもちろん難なく突破した私は夏と秋にある本戦に向けて稽古をしていた。


「北条、時間いいか?」

「いいですよ、どうかなさいましたか?」


部員の多くが水を浴びたりして身体にこもりそうな熱を何とかしようとしている。


一応、女という区分のため同じことをするわけにはいかない私はプルタブを捻って、缶のスポドリをひっくり返しているところだった。もちろん前みたいに咳き込んだりはしない。


「調子はどうだ?」

「変わりありませんよ」

「そうか、あと試合まで一週間、無理をするな」

「はい」


部長である大曲先輩は、その答えを聞いて小さく笑ってくれた。

先輩にとっては3年最後の全国大会、団体戦では1人が強くても勝ち抜けないから、みんなの様子を気遣っている。


滴る汗を拭うこともせずに大曲先輩は、他の部員の元へ歩いて行った。鼻が麻痺してきてくれるおかげでマシではあるが、自分も含めかなり臭かった。無意識のうちに溜めていた空気を吐き出す。


『試合前だが、元気か?』


携帯が小さくうめき声を上げたので開いてみれば、内藤隼人の文字の下にそんな文が躍っていた。文の意味がわからない。どうやら、向こうも暑い中の稽古で頭が沸いているらしい。


『元気ですよ、そちらはどうです?』


さっさと打ち終えて携帯を近くに投げ出すや否や、また携帯はうめき声を出した。

マナーモードをやめておこうか。


『何よりだ、暑さで倒れたりすんじゃねぇぞ』

「余計なお世話だ。あんたは母さんか」


張りきった様子のキャラクターの絵を送り付けるのも今の自分と異なる。

くたびれて伸びきっているキャラクターの絵と『了解』という二文字を送っておいた。これで返事は途切れるはずだ。そう思ってスマホを投げ出して稽古に戻ることにした。


稽古が終わって、ようやく帰れると思って体育館から出たら、騒々しい声が校門付近から聞こえてきた。これは、いわゆる黄色い声だ。サッカー部か何かの遠征でも来てるのだろうか。仕方ない、面倒だが巻き込まれるよりマシだ。遠回りして帰るか。


「おいっ、てめぇ、なに無視して帰ろうとしてんだ」

「え?」

「ったく」


踵を返そうとしたら腕を掴まれて引き留められた。

黒髪は燦々と降り注ぐ日光を反射して目に痛い、顔立ちは言わずもがな。

そして、白い頬は熱さで赤らんで艶っぽく見える。


その気がない私でさえもムラムラ、違った、ドキドキしてしまうほどだ。水も滴るイイ男、ならぬ汗も滴るイイ男だ。いやそんなことよりも、この人は一体何をしているのだろうか。


「何か用ですか?」

「用がなきゃ会っちゃダメかよ」

「凄い騒ぎを引き起こしてる自覚あります?」

「まあな、移動するぞ」


どうやら人の意見は聞く気ないらしい。


後日、とはいっても夏休み明けになるだろうが、こちらを呆然と見ている女の子たちに質問攻めにされることは間違いなさそうだ。また面倒なことに、そう気が付いて深いため息が零れた。

汗ばんで額にくっついてくる厄介な前髪を払いのける。汗は拭ったところでキリがない。


「っ!お前、なぁ」

「どうしました?」


目の前に突きつけられた黒い手拭いはまだ使われた形跡がない。

最も、部活で使われた奴なんて自分のですら触るのを躊躇いたくなるほど、ベタベタで臭い。とてもではないが、人様に見せられない代物だ。


いや、逆に土方さんの場合、プレミア値段が付いて裏ルートで売られてそうだ。

下らないことを考えていたら無理矢理、顔と首を伝う汗をぬぐわれた。


「拭け!」

「キリがないですよ」

「風邪でも引いたらどうすんだ!」

「あんたはいつの間に僕の母さんになったんですか」

「ったく、うるせぇな。ほら、飲み物は?」

「冷たければ何でも」


出逢った日と同じように駅前の赤い看板のファーストフード店に入ると、冷いクーラーからの風に生き返る心地だ。確かにこれは一気に冷やされる。大人しく渡された手拭いで汗を拭くことにしよう。どこか懐かしい匂いがする手拭いで汗をぬぐった。

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