第14話 鬼②

姉さんがいつかこの掃き溜めのようなところから僕を連れ出してくれて、そして、また元のように暮らせるんだ!と信じて居られたのは昔のことだ。


もう僕はそんな現実が起こりうるわけがないことを思い知らされている。

それでも、彼女は僕を気にかけてくれている。だけど、僕はお荷物で必要とされていない。


「お前はいいなぁ」


ゆったりと東へ流れていく雲を眺めて誰に言うわけでもなく呟く。

誰に必要とされていない代わりに邪魔にもされていない。僕はそういう存在になりたいと思った。


こうしてぼんやりとしているのを近藤先生の奥さんに見られたら厄介だろう。

あの女はただでさえ僕のことを嫌っているんだ。どうやら僕が先生の愛人の子供だと思っているらしい。


姉が結婚していることを知っての侮辱なら許せないけど、僕が許せないからといってキヌさんは痛くも痒くもない。ただ飯食らいが減って喜ぶ姿が容易に思い浮かぶ。僕はため息をつくことしかできなかった。


「なんでかなぁ」


世の中は不公平で不条理で、汚い。


そんなことはもう百も承知だ。

僕らはその中を這ってでも進まなきゃいけない、こんなところで止まっても死ぬだけだ。


骨ばった指先で腕に残る青い円をなぞる、この間兄弟子たちに殴られた痕が残っている。一つや二つでなくていくつも。僕が若先生に目をかけてもらっていることが彼らは気に食わないらしい。若先生とは、雑用している間にしか会ったことがないのに。


「どこいったんだい!宗次郎!」

「内弟子といっても、ただの雑用係」


癇癪を起しているのだろう女の人のしゃがれた聞き取りにくい声が辺りに響く。

つかの間の休憩も終わりのようだ。僕はもう要らない、武家の沖田は姉婿が継いだ。僕は口減らしでここにいる。


「何のためにあがけばいいの?」


目の前で、風で揺れるばかりのたんぽぽは答えをくれない。


僕に差し出された手は一つだけだった。

それならその唯一を守るために、僕は鬼だろうと夜叉だろうと何になっても構わない。


僕はただ先生の武器で在りたかった。それもなくなっても困らない、先生を煩わせないようなそんな武器になりたかった。だって、唯一無二になってしまったら、きっと僕はもっとと、先を望んでしまう。


「おおい!手合わせしにきたぞ!宗次郎、どこ行った?ほら、不戦敗にする気か?さっさと来いよ」

「薬売りのくせにうるさいな。一昨日来やがれ、道場破りが」


若先生直伝の剣筋を見たいと僕に絡んでくるめんどくさい薬売りの男、土方に悪態をついて木の影から一歩踏み出した。

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