第13話 記憶③

私の分までジュースを買ってくれるという土方さんの言葉に甘えて、先に席に向かうと大樹先輩がひらりと手を振ってくれた。


「こっちこっち!」

「ありがとうございます」

「はい、あなたはこっち」

「おい、ヒトミ」


積極的に私と関わろうとしてくるこの美女さんはヒトミさんというらしい。オススメはココアよとウィンクをくれる美女さんは最初のときほどの威圧感はないものの、十中八九、私は恋敵認定されている。警戒をしてしすぎるなんてことはないだろう。


「私ね、あなたに聞きたいことがあるの」


こ、これはまさか。

漫画や小説でしかお目にかかったことのない、あなたは本当にあの人のこと好きなの?のパターンなのか!?


とても下らない推測で脳内大騒ぎしている私を他所にヒトミさんは声を潜めて、話を続けた。


「隼人が時々浮かべる、物憂げな表情、というか、今を見ていないような目をいつからしていたか、教えてほしいの。彼があの表情をする限り、私は記憶の中の誰かに勝てないわ」


土方さんは良い友人を持っている。率直にそう思う。

昔の記憶を持つ仲間、私が居なくても、この先輩はきっと土方さんの壊れたところも友人の一部として認めて、土方さんはこの現代に順応していけだだろう。


良いことのはずなのに、締め付けられるようなこの胸の痛みは何だろう。

自分が友人と呼べる友人を見つけられなかった嫉妬だとしたら子供過ぎる。


「おいっ、ヒトミ」


とはいえ、土方さんが話していないことを話すわけにはいかないし、どう交しきったら良いのか。


ヒトミさんは優雅に椅子に腰かけて、足を組んだ。今は女である私ですら思わずその足に目がいきそうになった。


「隼人が時々する、あの何とも言えない憂鬱そうな表情の理由について。大樹、あなたも気になってたでしょう?薫ちゃんは隼人の昔馴染みなのよね?彼は昔からあんな表情をするの?」


土方さんがあの憂鬱そうな顔をし始めた時期?

あの人が初めて人を斬って捨てたのは…いや、あの時期にあの人はあんな顔をしていた覚えはない。


一体、いつ、だっただろうか。

新選組の名前を貰った時には、何度か見たことがあった、ということはそれよりも前に原因がある。初めに見たのは芹沢さん暗殺の夜なんかじゃない。その事件よりもう少し前、僕が単独で殿内さんを斬り捨てた後だ。


近藤さんにも土方さんにも、何も報告なんかしなかったけど、あの人は気付いて、というか問いただしに来たな。そして、僕に直接言わないまでも、いち早く人を斬らせたことを後悔していた。


「…あははっ」

「薫ちゃん?どうした?」

「いえ、私って我儘な奴だなぁと思いまして」


あの人が思い悩んでいるのは、たぶん、僕だ。

土方さんが今生、馬鹿みたいに悩んでいる原因は僕で、だから僕は覚えたまま、ここに居る。


「あーあ、馬鹿な人だよ」

「どうかしたのか?大丈夫か?」

「えぇ、私は大丈夫です」


いきなり笑い出した私のことを気遣わしげに見やってくる二人を見上げた。

急に彼らの世界から友人を引きずり出した最低な奴が目の前に座っているのに、なんでこんなにも優しいのだろう。


遂に、あの人を解放するための鍵を手に入れてしまった。

そう、考えてしまう僕がクズ過ぎて辛い。


今生でかつての盟友に執着して依存した僕が悪い。この関係にいつか終わりがくるとわかっていたはずだ。友人でも仲間でもないんだから、いつまでも仲良しこよしなんてことはあり得ない。それに、輪廻転生の前、前世を覚えているなんて不自然なことが当たり前なはずがない。


「おい、てめぇら、こいつに何をした」


手が肩におかれただけなのに、後ろを振り返るのが難しくなるとは、相変わらず力の入れ方が上手い。


「隼人、遅かったじゃない」

「誰が薫にこんな歪な笑いをさせてやがる」

「お前、良く顔を見ずにそこまでわかるな」


これで付き合ってないとか、と小声でつぶやいた大樹先輩はヒトミさんに鋭く睨み付けられていた。迫力満点だ。私と違って、これからも彼の良い友人で居てくれるだろう二人と土方さんの関係を悪化させるわけにはいかない。


「いえ、彼らに進路相談していたんですよ。そろそろ進学するかどうかを学校で調査がある時期ですから」

「で?」

「大学は楽しいよって教わりました」


そういえば、土方さんは僕に対してわかっているとは一度も言ったことがないな。聞かなくてもわかることも、必ず「なんでだ?」と問いただしに来ていた。

そういう姿勢が、聞かれたくないことの多かったあの頃はうっとおしくて嫌いだった。そして、今はその姿勢がまぶしいほど欲しいなんて、皮肉だ。


肩にかかる圧力を振り払って、笑いかける。

鉄面皮と揶揄される笑顔を通して彼を見ると、少し焦っているように見えた。友人に嫌なことを吹き込まれたのかどうかを気にしているのだろうか。いくら僕でもそんなことはしないと信じてもらえないのは少し寂しい。


命を預け合う職場の元同僚だが、確かに土方さんのことは馬鹿にしまくっていた自覚はある。これは自業自得か。


「本当か?」

「確認していただいても結構ですよ」

「いや、良い」


彼が僕の嘘に気が付かないわけがない、が見逃して貰えた。


「それで、どうしたんです?」

「ほら、ココアだ」

「コーヒー専門店で、ココア。おいしそうですねえ!」

「うさんくせぇ、ってか喧嘩売ってんのか?」

「僕のこと、褒めてます?」

「どこがだ」


自分で見張っていないと不安だなんて、だから仕事をためこんで部下に心配されちゃうんですよ。というお小言は飲み込んでヒトミさんと一緒に追加で食べ物を買いに行くという土方さんを見送った。


「何とかごまかせたな」


流石に本人を目の前にさっきのことは話したくなかったのだろう。大樹先輩は安堵した息をついていた。


「大丈夫です」

「それにしても、内藤は薫ちゃんのこと好きなんだな」

「執着しているだけ、そして贖罪のつもりなんだと思いますよ。僕もそれに甘えてました。もう、前を見ないといけないですね」

「無理はするなよ」

「元あるべき姿に戻るだけです」


先生が溺愛していた生意気な弟弟子が、自分らの未来に有益と判断して暗殺に手を染めたのがそんなに心の傷になるなんて。


その後、一体僕が何人斬ったと思っているのか。


「大樹先輩」

「どうした?」

「内藤さんはしばらく情緒不安定になるかもしれないですが、直に戻るはずです」

「まて、本当に何を」

「内緒です。夏に終わらせます」


今の姿が女子高生であるならこの程度の仕草は許されるだろう。

内緒を約束するように、口の前に人差し指をたてて、しーっと囁いた。


「お楽しみに」


舌先でつついたココアは熱くて、とても甘かった。

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