第12話 記憶②

黒檀のような輝きを持つ髪を惜しげもなく陽光に晒して、整った造形美は感嘆する。綺麗すぎるせいで、どこか近寄りがたい空気を作り出している。


服はノーマル服を着崩したようなカジュアルさ、足元はしっかり革靴、正統な着方をしたらホテルにでも居そうだ。鋭い顔立ちもあって、良く似合っている。

そして、チラ見せの鎖骨の破壊力が恐ろしい。


「無駄に色気振りまくの止めたらどうです?」

「お前は相変わらずだな」


長めのTシャツにパーカー、足元は編上げのブーツ、誰でもできる簡単な服装だ。

加えて色気のない体つきもあって男に間違えられるのも度々ある。ヒラヒラで、可愛らしい今風の女っぽい服装は僕のなけなしの誇りが傷つく。難しいものだ。


「おっと、俺は呼ばれてるから走って先行くな!」


急に走っていった大樹先輩は不自然極まりないが、さきほどの話と合わせれば、僕と土方さんを二人きりにしたいという気遣いであると察せる。

僕からしたら心底いらない気遣いだけど、喫茶店の方では大樹先輩と美女が二人っきりになることを考えたら、僕らは向こうのことを気遣った方がよいのかもしれない。


「どこにいくんです?内藤先輩」

「お前なら女が喜ぶところでなくてもいいだろ。少し遠回りするが問題ないな?あと、内藤先輩って呼ぶな、虫唾が走る」

「酷い言いようですねぇ、内藤先輩」

「てめぇ」

「いいじゃないですか、だって不自然でしょう?町村さんのことも大樹先輩って呼んでるんですから」


眼前に細い指が突きつけられ、寸の距離で目つぶしに合わないように足を止めることができた。視界に入る分には目の保養になるぐらいの美しい指だが、物理的に突っ込まれるのは遠慮願いたい。


「いっくら言っても先輩と呼ばなかったあの生意気なクソガキが、気持ち悪い」

「可愛い後輩から先輩って呼ばれるのはお嫌ですか?」

「どこに可愛い後輩がいるんだ」

「こんなに可愛らしい女の子が眼中に入らないなんて、遊びすぎですよ、土方さん」

「どこに可愛い女の子がいるんだよ」


なんでこの人はわざわざ怒るために付いてくることにしたんだろう。

あの美女さんならわざわざ今回無理についてこなくても、土方さんが誘えばすぐデートに来てくれるに違いないのに。


再会してから一か月、しっかりと話をしたのは初めの喫茶店でだけだったから、まだ僕に確かめたいことがあるのだろうか。


「足、早いですよ、少し気遣いをください」

「そう言ってるやつは余裕があるんだよ」

「バレてました?ざーんねん」


足早に歩いていく彼の背中を追う。

それなりに離れてしまってもこれだけ目立つ男を見失うことはないだろう。怠惰に足を動かした。


案内された遠回りの小路は、とても美しい並木道だった。

白い花弁が巻き上げられてもう一度天から舞い落ちる。幻想的だ、夜ならさらにその神秘さが増すだろう。


白梅が植わる長い長い並木道を、並んで歩いていた。

すれ違う人の多くが恋人関係というよりも夫婦なのだろう、緩く手を結んでいる。


アスファルトに固められていない土の道は嫌でもあの男の記憶を呼びさましていた。隣の男もそうなのだろう。道の左端に沿って歩いている、僕は彼の右側だ。より危険な場所は僕の位置。最も今にそんな心配は要らないけれど、他に知り合いがいない今、抜けきらない癖に抗う必要もない。


「何か良い句でも思いつきました?」

「今は句を詠む趣味はねぇ」

「それは残念」


からかうつもりだったのに、と後の言葉を飲み込んで喉を鳴らして笑った。まるで言わなかった言葉が聞こえたかのように露骨に眉間に皺を寄せた土方さんがため息をついた。


沈黙はただ静かなだけで、気が詰まることはない。

梅の洗練された甘やかな香りはどこか懐かしい。


僕は、何か、何かを忘れている?


「おい、どうした?」


気が付いたら立ち止まっていたようだ。

土方さんは付いてこない私を不審に思って呼びかけたらしい。

浮かび上がってきそうだった何かは水面で起きた小波で消えて行ってしまった。

そのうち、またわかるだろう。


そもそも彼のことを私が思い出してあげる必要はない。

うっすらと口元に笑みを浮かべる。


いつまでも沖田総司でいてあげるわけにはいかないのだから。この人が土方でないのと同じように。


「なんでもありませんよ」

「そうか」


足早に進んで、少し前で待っていた土方さんの隣に並んだ。

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