第7話 鬼
薄暗がりに浮かぶ手元の白刃を見て「あぁ、またこの夢か」と思う。
「きみは素晴らしい男だよ、沖田君」
「そういってくださるのは殿内さんぐらいです」
薄っぺらいその言葉を聞いて、喜ぶ目の前の男は殿内。
新選組結成前に、沖田総司に暗殺された男だ。初期の浪士組にいて珍しく洒落っ気のあった目の前の彼からは白檀の混ざった香の匂いがする。
単純で愚かな男だと思う。でも、嫌いではなかった。
きっと生まれた場所や望むものが違ったら、仲間として並んでいたと思う程度には。まあ、何を考えてもたらればの域を出ない。なぜなら僕はもう彼を今晩殺すと決めている。
「どうかな、きみのその剣の才能はこんなところでくすぶらせておくにはもったいなさすぎる」
「いったい、なにを……」
わざとらしく怯えてみせれば、さも自分は庇護者かのように殿内さんは優し気な表情を浮かべる。
「近藤君は、きみの本当の価値に気付いていない」
当然だろう。先生には気が付かれないように僕がずっとそう立ち回ってきたんだ。純粋でけなげで、先生を慕う可愛い内弟子の宗次郎であるように僕が調整してきた。
今回だって、そうだ。
先生の暗殺を殿内さんがたくらんでいると知ったから、こうして傷心を装って殿内さんを誘い出した。僕のことを知らないのはあんたも同じだろうに。わかったふりをされるのは一等気持ち悪い。
「殿内さんはわかってくれるんですか?」
「もちろんだとも」
普段から子供じみた行動を繰り返していたおかげで、ネコの仕草で擦り寄っても違和感を覚えないらしい。永倉さんにからかわれながらも、斎藤組長と衆道の間柄だと言われて否定せず放置しておいたかいがあった。
当の昔に鯉口を切っていた短剣が月明かりに閃いた。
「な、なんだと」
「僕のこと、わかっていただけて、嬉しいです」
ニコリと笑って見せれば、殿内さんの顔が歪む。
「ば、化け物め。人の心がないのか」
「おかしいな。わかってくれたんでしょう?僕は彼らとは違う」
至近距離で短刀を穿ったから、手元が生暖かいものでぬめる。夜の闇に紛れて、黒にしか見えないが、この出血量ならまず助かるまい。でも、大声を出されても手間が増える。止めに喉を抉るように短刀を突き込むと、ドウと大きな音を立てて、殿内さんは地面に伏した。
殿内さんから声にならないナニカ、恐らくは罵倒が僕に向けられる。
でも、聞こえなければなんてことないよね、逆に聞こえたところで、それが近藤さんからの言葉でなければどうだっていいんだけど。
「知らなかったんですか?僕は、近藤先生以外のすべてがどうなったところで知ったことではありません。あなたたちの思想も、土方さんの語る夢もどうでもいい」
ただ先生が望むなら、それだけでいい。
「考えのない妖にたぶらかされて、鬼に斬られた気分はいかがです?」
喉を一突きされた殿内さんからはひゅーひゅーと呼吸の音がするだけで、言葉は戻ってこない。声を出されないためにそうしたとはいえ、最期の言葉すら聞けないようにしたのは失敗だったのかもしれない。
この人から最期の句を奪うほど、嫌いな人じゃなかった。
ただ一点、近藤さんを殺そうとたくらんだこと以外は。僕にとっては、どうでもよい存在だった。
「おやすみなさい。良い夢を」
そう伝えて、橋から川へ蹴り落とした。
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