第6話 手合わせ③

真っ赤に染まる地平の向こうの夕陽を毒々しいと称してしまうのは、咳で生々しく思い出してしまったあの病気のせいに違いない。その光を被って、人外と言っていいほどの美しさを醸している目の前の男は違う意味で怖い。


二つの長い影が、坂道に伸びていた。


「さっきは悪い」

「いえ、僕の方も迂闊でした」

「お前は、総司じゃない」

「そうですよ」


荷台に括り付けられた防具の重さに軋む自転車を押しながら土方さんは確かめるように、僕と似たような問答を繰り返していた。


この人が輪廻転生をきっちりできなかったのは、僕が理由だろうかと先ほど浮かんだ考えがもう一度浮上してくる。他に前世を覚えている人にであったことがないから何とも言えないけど、これが普通なんてことはないだろう。


なにがそこまでの後悔なんだろう?僕との約束?先生を頼みますと言われたのにそれを果たせなかったから?

それとも僕より先に鬼になり切れなかった後悔だろうか。そんなの、僕がはじめから倫理観を持ってなかっただけなんだから気にするだけ無駄なのにな。


「なんで、お前なんだろうな」

「何がです?」

「お前は苦しくないのか?」


立ち止まって問いかける土方さんはとても苦しそうに見えた。息が詰まって、呼吸ができない。そう、まるで、自分の血で溺れていくあの病気の人のような顔をしていた。

僕よりも土方さんの方が苦しそうです、余計な言葉は欠伸と一緒に噛み殺した。


「知ってます?人間って、嫌な記憶は忘れるらしいですよ」

「それより先に楽しい記憶を先に忘れるらしいな」

「可笑しいですね、全部忘れているはずじゃあないですか」


実は人間でなかったり…と言いながら、努めて明るい笑い声を上げると、土方さんも苦さを含む笑いを見せた。


「お前が人間じゃなかったら、何なんだよ」

「んー……、そうですねえ、鬼とか?」

「それは俺だろ」


この人は鬼でない。僕の前で鬼ぶって見たって無駄なことは知っているくせに、わざわざそんな哀しい目で自虐するこの人は、ホント、不器用だ。鬼になるには優し過ぎる。


昔から、僕が鬼になろうとしても、一くんが変わろうとしても嫌われる役目は他の人に背負わせないと決めていたのか、鬼の役目は譲って貰えなかった。自分で自分のことを鬼だと言っておいて傷ついた顔をするこの馬鹿はどうしたら良いのか。


僕にできるのは今も昔も変わらない。くすくすと笑って冗談を言って、怒りと苛立ちで土方さんの優しさも苦痛も蹴飛ばしてしまえば良い。


「そうだなあ、土方さんが鬼じゃ、子供たちの夢をぶち壊しなんで。なしなし」

「子供が夢見る鬼ってなんだよ、おいっ」


少し追い抜いて振り返ると、土方さんが普通に笑っていた。


やっぱり、さっきのあの目は嫌だ。舌を出して全力で土方さんを馬鹿にした。含みのない笑顔は年相応に見える。


「総司っ!」

「土方さんが余りに馬鹿なんで僕もついつい。でも、その方が似合ってますよ」

「お前ってやつは…」

「ほーら、早く歩いてくださいよ。僕の家は近くありませんよ。日が暮れちゃうじゃあないですか」


あはは、なんて声を出して笑うのはテレビや漫画の中の人間だけと思っていたけどそうでもないらしい。だって、僕が、今そう笑ってる。馬鹿みたいに大きな笑い声が閑静な住宅地に、少し反響していた。

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