第3話 小石の行く先②

少し話をしようと、入ったファーストフード店ではランチの時間も過ぎていて、ゆっくりとした時間が流れていた。

注文カウンター上のメニューを見たら、また新メニューのお知らせだ。なんとこの店では、また新商品を出すらしい。これだけ頻繁に新商品を出していたら、さぞ商品企画は忙しいだろう。大変お疲れ様である。


カランと軽快なグラスの氷の崩れる音で、目の前の男の存在を思い出した。珈琲を物憂げに見つめる彫刻のようなご尊顔は相も変わらず、通りすがりの女性の視線を集めている。


「それで、僕に何のようです?」

「お前は、沖田総司なんだな?」

「今は北条薫ですよ、土方さん。公に電波認定されたくないので、声は小さめにお願いします」

「あぁ。俺は内藤隼人だ、本当に総司なのか」


よく知っている人間から名前を聞き直すなんて、潜入調査でもないのにまた奇妙な経験だ。

それにしても、輪廻転生して生まれ変わって尚、わざわざ内藤隼人と名付けられるなんて面白い人だ。まさかかつての偽名が、本名になるなんて思ってもみなかっただろうに。


北条薫と書いてある学生証と、内藤隼人の運転免許証を交換する。

手元にやってきた免許証から睨みつけられた。いやいや、カメラマンさんもビビったろうに、免許証の写真撮影がそんなに嫌だったんだろうか。こんなにカメラをガンくれなくても良いのに。

まあ、これはこれで喜びそうな人たちが居そうだけど。


「親御さんは新選組のファンだったんです?」

「あぁ、母親がな。大河ドラマの土方歳三に惚れたらしい」


苦々し気に笑うなんてこの人はまた器用なことをしている。

また無駄に苦労な生活をしているに違いない。


僕は声を出さずにニヤニヤと笑っていたが、不意に土方さんは僕に討ち入り前のような真剣な顔を向けてきた。


慌てて顔を繕ったが間に合ってはいなかったらしい。

深いため息をつかれた。

それでも前の様に認めたら負けの境地に達したのか、彼はそれについては何も問わずに本題に入った。


「お前はどれだけ覚えてる?」

「僕は、そうですね、虫食い状態ですが、新選組のことならだいたいは。土方さんはどうなんです?」

「俺は、撃たれるまで覚えている」


ポツリと呟いた彼の言葉からは、言葉の長さの割り合わないほど疲労が伺えた。

この人は撃たれて死んだ。


それは今生になってから学んだ歴史の授業を通して知っていた。でも、事実と現実は別だ。はっきりと本人の口から聞くとやはり僕らのアレには未来がなかったのだな、と思い知らされる。


それにしても、自分が死んだことをずっと覚えていながら生きているとはどんだけタフなんだ。私なら絶対耐えられない、死ぬ感覚を覚えているなんて普通に嫌だ。


「死ぬところまで覚えているんですか?」

「お前は覚えていねぇのか?」


僕は殆ど覚えていない。最期の辺りをぼんやりと思い返す。

ただただ先生のことが心配で、それでも動くことのできない僕は何も出来ず。


気の良いおばあさんと庭に遊びに来る猫どもを眺めていた気がする。

きっと僕にとって、どうでもよいことだったのだろう。

夢でも、あまり多くを見ない部分だ。


それとも、本人が覚えていたくないと願った部分なのだろうか。

それは私にはわからない。


「近藤さんが、一度、見舞いに来てくれましたね。貴方も一度来たことがありましたっけ?その程度です」

「そうか」


2人が沈黙しても通りの人のざわめきがその隙間を埋める。


ちらちらと僕ら二人を眺めながらも寄って来ない女性たちの姿に違和感を覚えていたが、今の自分は女子高生の北条薫だと思い出して合点がいった。

現在は大学生の土方さんと、女子高生の私が同じ席に座っているのは好い雰囲気に見えるのだろう。まあ、ここの席にあるのはお互いの死ぬ間際について話している重い空気なので、傍から見れば別れ際のカップルだろうか。


私は理由がわかったのもあって、勝手に納得して面白くなっていたが、土方さんが何かを言おうとして言葉を練っているときの癖が出ている。眉間に皺を寄せて、目を細めながら僕じゃない何かを見ている。

あんたは目で物を言い過ぎとか、鬼なのに表情豊かですね、なんてからかった覚えがなくもない。


私は、偶然過ぎる偶然で出会えた旧知の人を苛める嗜虐思考は別段持っていない。長年、といっても今生ではさっきあったばっかりだが、長年の付き合いでわかる読みで口を軽くさせてあげることにした。


「近藤さん、僕より先に亡くなっていたんですね」


手持ち無沙汰に、氷だけのグラスを握ったら思ったよりひやい。


「気にしないでください。そりゃあ、昔の僕だったらあんたを殴った……、どころか斬り捨てたかもしれないけど。

今、先生は自分の義と誠を通した侍として知られている。先生は侍になれたんです」


結果論でしかない。

先生は幕臣として、全力を尽くして戦い続けることを望んでいた。


でも、それよりも、部下が犬死していくことを悲しむ優しさがあった。忠義と優しさ、両立して、先生が納得するには、先生は死を選ぶしか他に方法がなかったのだろう。


僕に先手を打たれたからか、汗のかいたグラスの向こうにまた複雑な顔をしている土方さんがいる。


舌先で崩れるミカン味の氷を突っついていたら、ウェイターのお姉さんが来て、土方さんが頼んだ噂のパフェを置いていってくれた。私の方に置いたパフェもしっかりしているから、このお店は信頼できそうだ。


「にしても、またモテるみたいですね」

「碌なことがない」

「いいじゃないですか、醜男よりも美男の方が。人生得ですよ」

「そういうお前も、あの」

「土方さん」


呼びかけだけでも何かを解ってくれたのか、土方さんは黙った。


僕の恋について、覚えがないわけではない。

ぼんやりとしている記憶のおかげで昔の恋は胸を斬られるような痛みはない。それでも思い出すと未だに湿度高い不愉快な梅雨のような悲しさがまとわりついてくる。


労咳と呼ばれた感染する死病を患った男がまともな女と一緒になれるはずもなかった。恋の熱にあてられていた、当時の冷静でない僕ですら理解できていた。


「私が同性愛に目覚めたのではと要らない邪推をされるんで、控えてくださいよ」


湿気を振り払うように、笑った。


パフェの入れ物にこびりついた柔らかかったクリームが干からびた頃、机の端にいた土方さんの携帯が鳴りはじめた。

ディスプレイにある「町村大樹」という名は土方さんをからかいまくっていた、先ほどのお友達の名前だ。別れ際に、彼は丁寧にも自己紹介をしてくれた。


「わりぃ」

「お気になさらず」


むしろ僕としては目当てのオレンジジュースも飲んだし、パフェも食べ終わったし、視線が突き刺さっているからもう帰りたい。

電話で何言か話したのちに、土方さんはバツの悪そうな様子で僕に向き直った。


そろそろお暇できるころだろうか、今から公園に行っても子供たちには遅いと怒られちゃうかな。そう思いながら言葉を待った。

ちらりと僕の荷物を見た土方さんは、それだけでこれがなんの荷物がわかったらしい。


「お前も、まだやっていたんだな」

「そう簡単に何もかも忘れることはできませんよ。覚えているんですから」


その言葉で通じてくれたみたいだ。


確か町村さんは土方さんと同じ部活と言っていたか。

そして、おもやっているとなると、次の言葉は八割方予想できた提案だった。


「久々に手合わせ、しないか?」

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