第21話

 城崎に人工知能だと名指しされた優菜は、その能面のような顔をこちらに向けながら立ち尽くしている。これまで笑顔を見せてくれることが多かったので、城崎にとっては、この無表情がより際立って見えた。

「まさか、そんなことでバレるなんて思いませんでした。どのような部分に問題があったのかフィードバックして、私に教えて頂けますか。次回は改善します」

 優菜の話し方から、一瞬にして人間らしさが失われた。どこか事務的で機械的な、コールセンターなどの自動音声のような雰囲気が醸し出される話し方だ。

「噓だろ。この美人二人が両方人工知能だったっていうのか」

 厚美が頭を抱えながら思わず零したその言葉には、見た目に騙された自分の不甲斐なさを嘆く気持ちが込められているような気がした。優菜と美香は、どちらもとてつもない美貌の持ち主で、女優やアイドルだと言われても多くの人が納得するだろう。

 城崎はそんな見た目に騙され、最後の最後まで優菜が殺人人工知能であることを疑わなかった。あれだけずっと皆が疑っていたのに、心春が何度も拳銃で破壊しようとしていたのに、城崎は自分を頼ってくれたことが嬉しくて優菜を庇い続けた。その結果が、この山荘の中で起こったすべての惨劇を生んだのだ。やりきれない思いは拭えなかった。

 そんなことを考えていると、厚美と城崎の二人をあざ笑うかのように旭が手を叩いて笑い始めた。その態度に腹を立てたのか、厚美がこれまでにないほどの気迫で旭を怒鳴りつけた。

「なにがおかしい!」

 しかし旭は、怒鳴り声に一切動じた様子もなく、飄々として答えた。

「いや、別に。ただ、僕の考えは正しかったんだなと思って」

「なんだ、その考えって」

「いやはや、人工知能の外見だって自分で自由に決められるんですよ? それなら、多くの人に受け入れられる見た目に作ったほうだ良いでしょ。若くてきれいな女性の見た目にしておけば、男性受けは間違いなし。仮に女性からやっかみの対象になっても、その頃には親衛隊でも出来て守られるだろうと思っていました。案の定、その通りだったなと思って」

 旭が、城崎の方を見て言った。

 自分は旭の掌の上で踊らされていたのだと気付かされ、城崎の中に自己嫌悪の感情が芽生えた。そのまま黙っていればその感情に押しつぶされそうだったので、城崎は別の感情で上書きすることにした。

 その感情とは、怒りだ。この非人道的な実験に対しての怒りを前面に押し出すことで、自分の身を守ろうとしたのだ。

「旭、これは何の実験だったんだ。俺には分からないぞ。なんのために、これだけ大勢の人間の命を奪ったんだ! 政府公認だなんて、嘘までついて」

「政府公認というのは本当だ。いや、むしろ現政権から頼まれてこの人工知能を作り、実験も行った。映像だって、当然依頼者全員が確認することができる。お前らの顔が浮かぶような政治家たちは、お前らが死んでいく様を見て笑っていたそうだ」

「そ、そんな嘘信じないぞ。大体、何のために政府の人間がそんなこと依頼するんだよ」

「何でもかんでも人に聞くな。少しは、自分で考えろ」

 旭の挑発的な態度に少し苛立ちながらも、城崎はこの実験の本当の目的について考えることにした。政府が依頼したという旭の話が本当だとしたら、その目的は一体何なのか。

 その場に完璧に溶け込む、スパイの育成。有事の際にどんな非情な命令でもこなす、最強の兵隊の作成。それとも、自分たちの代わりに公務をすべてこなしてくれる影武者を作ろうとしたのだろうか。

 どれも、可能性はある。だが、確証はなかった。

「随分悩んでいるようだが、考えるために必要な情報はすべて揃っているぞ。この山荘で起こった、惨劇でな」

 旭の言葉を聞いて、城崎の中に一つの疑問が浮かんだ。


 ――なぜ、伏見は殺されなければならなかったのか。


 彼はこの山荘内で死ぬ人間の条件である、悪人に該当していなかった。少なくとも、あの時点では分からなかった。他の参加者と違い、その証拠が現場に残されていたわけでもない。それにジョンと違って、人間に殺されたわけもないはずだ。

 それにもかかわらず、伏見は一番最初の犠牲者となった。そこに、この謎を解くカギがあるような気がしてならなかった。

 そうして考えていくと、城崎の中にある一つの答えが浮かんだ。

「……現政権反対派の、暗殺」

「そう、お偉い先生方は自分たちの理想を確実に実現するために、反対派を暗殺することを考えたんだ。しかし、そんなことを人間に頼むわけにはいかない。ミスする可能性も高いし、裏切られるリスクも大きい。その点人工知能なら、絶対に裏切らないようにプログラミングすることが可能だ。人とコミュニケーションが取れるなら、パーティー会場などに潜入することだってできるし、人間には特定不可能な毒物まで作れるんだから殺し方にだって困らない。完璧な暗殺者となるわけだ」

 旭は、悪びれる様子もなく答えた。

 そんな旭を見て、城崎の中の怒りは更に大きなものになった。最初は自分の身を守るために表出した感情だったが、いつしか本当にその感情しか感じなくなっていた。元からあったこの実験への憤りが、際限なく、どこまでも膨れ上がっていった。

「ふざけるな! それでどれだけの人間が犠牲になったと思ってる」

「死んだのは悪人だ。あいつらが死んだところで、誰も困らないだろ。お前は、新田晴信が死んだときに思わなかったか? これで心春さんを苦しめた人間がいなくなった。これでよかったんだって、そう思わなかったのか」

「思うわけないだろ。誰かが死んで喜ぶ人間なんて、いるわけない」

「……少なくとも、少し政府の文句を言っただけで殺された少年を見て、この国にいる特定の三百人ほどは喜んだぞ」

 旭の言葉に、城崎の目の前が暗くなった。自分たちに反旗を翻す人間の死を望む者、人の死を喜ぶ者、そんな奴らが国の中枢を支えているのだと思うと、反吐が出る思いだった。

「お前は、それでいいのか」

 城崎が旭にそう問いかけると、旭はリビングの時計の方にちらりと目をやった。

「後一分で十八時になる。この実験は、その時をもって終了だ。お前たちは生き残り、この山荘を生きて脱出することができる。最後に、実験の主催者として結論を出そう」

 旭がそう言うと同時に、一発の銃声が轟いた。その銃口は三澄美香に向けられていて、銃声と共に美香は倒れた。城崎は慌てて駆け寄り、美香を抱きかかえた。

 銃弾は胸の中心を的確にとらえており、そこから血液が流れ出ていた。しかし、少ない。胸の中心を打ち抜かれたにしては、明らかに出血が少ない。その目にも、文字通り光が宿っていなかった。美香が人工知能だという告白は本当だったのだと、城崎は初めて実感した。

「なんで、なんで美香さんを撃った」

 城崎は目に一杯の涙を溜め、声の限り叫んだ。返答がないので旭の方を睨みつけたが、旭は時計の方に目をやって、こちらを一瞥もしていない。

「答えろ旭、なんでだ!」

 城崎が先ほどよりも大きな声でもう一度叫ぶと、旭が時計から目を話してこちらを向いた――両目一杯に、涙を溜めて。

「もう、中継は切れた。クソ政治家共は、この先の出来事を何も知らない。もう、なんでも言っていいぞ」

 旭の言葉はとても弱弱しく、またその表情はこの山荘の中で見たどの時よりも感情がむき出しで、これまで押し殺していたすべてものがすべて雪崩落ちているようだった。そんな旭の様子を見た城崎は、それ以上追及することができなかった。

 城崎は美香をそっと床に寝かせ、美香が大切に握りしめていたスマートフォンを自分のポケットに入れながら立ち上がった。きっと美香は、こうなることを予期していたのだろう。だから城崎に、“自分に万が一のことがあったら、あの人にスマートフォンを見せて”と言ったのだろう。

 城崎がそんなことを考えていると、背中から旭の震えた声が聞こえた。

「お前、さっき俺に言ったよな。お前はそれでいいのかって……。いいわけないだろ! 俺は、人が死ぬことを楽しめるような、そんな頭のイカれた人間じゃない」

 叫ぶ旭。嘘をついているようには見えなかった。

「じゃあ、なんでこんなことを」

「それは……優菜。お前から説明してやってくれ。人間らしく、な」

「承知しました」

 旭に命令されると、優菜の顔に笑顔が戻った。城崎にとっては、一番よく見た優菜の顔だった。こうして改めて見ると、一つ一つの挙動が計算し尽くされていることに気付く。視線の向け方や顔の角度、体の向きに頬の赤らみ具合。そのすべてが、自分に対して好意を持っていると勘違いしてしまうほどに完璧だった。

「連くん。私の作った毒物、つまり首輪の中に仕掛けられた毒物は、人を死に至らしめるものではありません」

「どういうことだ」

「私の作った毒物は、投与された人の意識と記憶を奪うだけで、命は奪いません。つまりこの山荘を出た人は、この実験の記憶が消された状態で、元の生活に戻ることになります。この実験で死んだ人は、誰もいないんですよ」

「そんなこと、信じられると思うか」

「信じて頂く必要はありません。もう、連くんも一度飲んだことがありますから。覚えてないでしょ、市役所でこの実験に関してどんな説明を受けたか。覚えてないでしょ、説明を受けている時に私がコーヒーを持ってきたこと」

 優菜はそう言うと、小悪魔のような笑顔を見せた。城崎はてっきりいつもの悪い癖が発動して説明を聞き逃したのだと思っていたが、本当は説明を聞いている際に出された毒入りコーヒーの効用によって記憶が消されていたのだ。

「なんのために、そんな回りくどいことを」

「市役所で実験協力者に名乗り出た人のことをモニタリングして、見た目だけで善人か悪人を判断していたんです」

「なんのためにそんなことを?」

「それは、マスターに訊いてください」

 優菜はそう言って、旭の方に視線を送った。旭は目から零れ落ちていた涙を拭い、山荘でずっと見せていた落ち着いた表情に戻ってから話始めた。

「この実験の本当の目的は、コアプログラムへのアクセス権限が許可された人工知能とそうでない人工知能のどちらの方が今後を考えて残すべきかを決めるためのものだったんだ」

「優奈がコアプログラムへのアクセス権がなく、美香さんにはあった。だから美香さんは自らの判断で人を殺すことを止め、俺に自分の正体を話した。そういうことか」

 城崎が話を先読みしてそう言うと、旭は少しうんざりしたように溜息をついた。

「察しが良くて助かるよ。まあそれもあって、見た目だけでも善人を悪人を区別できるかを確かめる必要があった。最初から確固たる基準を持っている奴と自分でその基準を変更できる人工知能、どちらの方が正確に判断するかを見極めるためにな。後はこの山荘での共同生活を進めていけば、どちらの方が判断が正しいか分かる。結果、優奈の方が正しい判断だったわけだ」

 旭は俯きながらそう言い、言い終わってから美香の方を見た。両手の拳を強く握りしめ、足をわなわなと震えさせている。俯いているため表情ははっきりと確認できないが、時折床に何かの雫が落ちていた。

「なにが正しい判断だ。悪人を殺すのが、人を殺すのが正しい判断だっていうのか」

「そうじゃない。正確に悪人を見つけられることに意味があるんだ。殺すかどうかは手段の問題で、それはプログラミングすれば変更できる。人を殺したからという理由で優奈の存在自体を否定することは間違っているし、そもそも優奈は誰も殺していない」

「そんなものを作って、一体お前はなにが目的なんだよ」

「……無血革命だ」

「はあ?」

「無血革命だ。お前もこの実験に参加して分かっただろう。現政権には、国民が死んだり、国民の財産を巻き上げることに成功したりしたことを喜ぶ人間で溢れているんだ。そんな奴らが上で踏ん反り返っていて、この国に未来があると思うか?

 無い。そんな国に未来などない。変えるなら、今だ。あいつらが上で踏ん反り返って安心している内に、水面下であいつらを一網打尽にする計画を立てるんだ。それが俺の作った人工知能。あいつらを警察や検察の特捜部に潜り込ませることで、悪徳政治家を逮捕する。そうして、この国の政治を浄化する。それが、俺の考えた無血革命だ」

 旭の演説が終わると、どこからともなく大きな拍手が聞こえてきた。城崎が音のする方に目をやると、優奈が目を輝かせながら拍手をしていた。

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