第20話
暴走した心春の凶弾に倒れたと思われた旭は、生きていた。
それだけでも驚くべき事実だというのに、城崎は、殺人人工知能の作成者もジョンを殺した犯人も旭だと断言した。
「なんだよこれ、なにがどうなってるんだよ」
厚美は、この状況のなに一つとして理解できなかった。理解できることは目で見えることだけで、リビングの入り口付近に立って不気味に笑う旭を、城崎が鋭い目つきで睨みつけている、という光景だけだった。
「城崎、どういうことだよ。何も分からねえよ。説明してくれ」
厚美がそう言うと、城崎は少し俯いて考えた後に、再び顔を上げてその質問に答えた。
厚美には、その目に少し迷いがあるように見えた。何かを言うのを躊躇っているような、そんな目だった。
「あいつは、この実験の黒幕だったということです。殺人人工知能を作り、その性能を間近で観察するためにこの実験を行った。すべては、あいつの筋書き通りに進んでいたんです」
「おいおい、少し前まで命を預け合った仲間と感動の再会を果たしって言うのに、あいつ呼ばわりとは随分ひどいじゃないか。お前、そんなに人でなしだったか」
城崎が厚美に事の経緯を説明しようと話し始めたら、先ほどまで不気味に笑っているだった旭が唐突に話に割り込んできた。厚美はつい身構え、握った拳を前に出した。だが、すぐにその拳を仕舞った。
旭が、城崎に向かって拳銃を構えていたからだ。それも山荘内で人工知能破壊用に配られた、誰でも扱いやすいような小型のものではなく、ハリウッド映画でギャングが手にしているような本格的なものだった。銃の構えも板についていて、そこから、旭が只者ではないという風格が滲み出ている。
「お前、いつから俺を疑っていたんだ」
「疑問に思うことはあった。ジョンさんが殺された時にやけに状況の把握が早かったし、俺がジョンさん殺しのトリックを話した時にも瞬時に的確な反論をした。まるで、用意していたセリフを話すかのようにな。でも、お前が撃たれた後にこのリビングに戻ってくるまでは、疑ってはいなかったよ」
「ここに戻ってきて、疑ったのか。一体、なぜだ」
拳銃を構えながら旭が城崎に尋ねると、城崎はゆっくりと部屋の中を移動した。旭の向ける銃口は城崎を追い、移動する。
「本当は、お前も疑われることが分かっていたんだろ。だから、慌てて痕跡を消した。それに、目を向けさせないように」
「なんのことだ」
「この辺りだったか、お前が撃たれたのは」
そう言うと城崎は、旭が心春に撃たれて倒れたあたりに立った。床はきれいに掃除されていて、肉眼では何の痕跡も発見することができないほどにきれいだ。
「近衛たちがやったんだろうな。こんなに床がきれいになって、何の痕跡も残っていない。俺たち以外は、ここで人が撃たれたなんて絶対気付かないだろうな」
「……なにが言いたい」
「おかしいだろ。血痕は薬品で拭き取れば肉眼では分からない程度になるだろうし、遺体だって運べば済む話だ。それらの痕跡を隠すのは簡単。なのに、本来残っていなきゃおかしい弾痕はどこにもない。床は、何の痕跡も残さずきれいなんだから。それに気付かれたくなかったから、掃除したんだろ。撃たれた場所がはっきりと分からない状態にしておけば、弾痕が無いと違和感を抱く可能性は下がるだろうからな」
城崎がそう言うと、厚美は旭の方を警戒しながら城崎へ近づき、床を見た。厚美は血痕がきれいになっていることくらいしか気付かなかったが、言われてみればどこにも銃弾が当たった傷が無い。
心春は立ち上がった状態で銃を構え、腰が抜けて座り込んだ優菜を狙っていた。そうなると、銃弾は上から下に向かって進むことになる。飛び込んだ旭だって、出血したのは下腹部だった。それがもし本当だとしたら、銃弾は当然床に当たるはずである。そうなれば、床にめり込んだ弾や跳弾させた傷が床に残るはず。しかし、そんな後は無い。これは、明らかに矛盾していた。
「本当は、心春さんが俺と優菜に銃を向けた時に死んだふりをしたかったんじゃないのか」
「ああ、そうだ。あそこで死んだふりをすれば、きっと心春さんは二発目の本物だってその場で撃ってくれた。そうすれば、弾痕を誤魔化すことも簡単だっただろう。でも、そこにいるゴリラに羽交い締めにされて、身動きが取れなかったからな」
厚美を睨みつける旭。拳銃を構えた人間に睨まれたので、厚美の肝が冷える。
「ジョンさんを殺したのは、死んだふりを見破られないためだよな。それなら、最初から実験に参加させない方が簡単だったんじゃないのか」
「あいつ、協力を申し出た時にも嘘をついてたんだ。社会学の研究者だって言ってな。だから、伏見の検死をするまで、あいつが医者だってことを知らなかった。全く、間抜けな話だよな」
「わざわざあの首輪を使ったのは、不可能犯罪だと思わせるためだった」
「そう。俺が作った首輪なんだから、俺が仕様を変更できるのは当たり前だ。でも、そんなことに普通は気付かないだろ。まあ、その後人工知能の方も首輪を遠隔操作しだしたから、いつかはバレてたかもしれないけどな」
ジョン殺しのトリックを知らない厚美にとっては、何の話だか全く理解できなかった。ただ、人工知能だけではなく、旭も首輪を遠隔操作できるらしいことだけは分かった。厚美の中での旭への恐怖心が、さらに強まった。
「さて、茶番はこのくらいにしておいて本題に入ろう」
一息置いてから旭がそう言うと、その銃口が厚美に向かった。厚美は恐怖のあまり言葉を無くし、ただ茫然と立つことしかできなかった。
「何の真似だ」
「……城崎さん、実験の主催者として最後の質問です。この山荘の中に潜んでいた人工知能の正体が、あなたは分かりましたか」
旭が改まった口調で、城崎に尋ねる。質問内容は、この実験の当初の目的。その質問は、この実験が終わりの時を迎えることを意味していた。
「おい、待て旭。その質問をするのに、なんで俺に銃を向ける必要がある。それに、俺にだってその質問に答える権利があるはずだ」
「じゃあ厚美さんは、誰が人工知能か分かったんですか」
「……いや、分からない」
「なら、少し黙っていてください。きっと城崎さんは、人工知能が誰か分かっているはずです。でも、それを言う事を躊躇っている。いざという時は、自分が死ぬことでこの実験を終わらせようと覚悟している。そうだろ?」
旭の問いかけに、城崎は答えない。
両手の拳を強く握り、口を真一文字に結んで立ち尽くしている。
「でもお前が言わなければ、この拳銃が厚美さんの命を奪うことになるぞ。それでもいいのか」
厚美は城崎に向かって手を合わせるが、それでも城崎は口を開こうとしない。目を瞑り、じっと時が過ぎるのを待っているようだった。厚美が何度も呼びかけるが、城崎からの返答はない。
「――それが、お前の答えか。なら、これが俺の答えだ」
そう言うと旭は、厚美の方を真っ直ぐに見つめてゆっくりと距離を詰め始めた。一歩、また一歩と近づいてくる鈍く光る銃口は、着実にこちらに向いている。厚美は死を覚悟し、目じりにしわを寄らせながら強く目を閉じた。
「……皮肉なもんだよな」
暗闇の中、城崎の声が聞こえた。
厚美が目を開けると、旭は城崎の方を向いて歩みを止めている。しかし、銃口はまだこちらを向いたままだ。
「俺は共同生活の中では、誰が人工知能かなんてまるで分らなかった。多分こんな狭い空間に閉じ込められて、殺人事件の犯人として捜すなんて特殊な状況じゃなかったら、最後まで分からなかったと思う。つまり、お前の作った人工知能は、完全に人間になりきれていた――完全犯罪ができないということまで含めて、な」
城崎がそう言うと、旭は鼻で笑った。まるで人を馬鹿にして見下したように笑っているが、厚美には、それがどこか嬉しさを孕んでいるように思えた。城崎がすべての真実を明らかにすることに、旭が期待しているようだった。
「じゃあ、教えてもらおうか。その人工知能がした、ミスというものを」
「ミスをしたのは、人工知能じゃない。お前だよ、旭。お前が拳銃なんて全員に渡そうとしなければ、この犯行が発覚することはなかった。首輪を遠隔操作した証拠なんて、掴めるわけなんだからな」
「冗長な話し方になるのは、お前の悪い癖だ。もう少し、端的に話せ」
旭がそう言うと、城崎は一度咳払いをしてから全員の顔を見渡し、それから話始めた。
「状況を整理しよう。この拳銃は、一日目に部屋に行った時は誰も発見できなかった。しかし、伏見の遺体が近衛たちに回収された後、突如ドアを開けてすぐ目の前に現れた。では、これは誰が置いたのか」
城崎がそう言いながらこちらを向いてきたので、厚美はその時のことを思い出しながら答えた。
「そりゃあ、近衛たちが置いたんだろう。俺たちは伏見の部屋に一緒にいたし、女性陣は皆食堂にいたわけだからな。伏見を運んでからはすぐに出て行ったみたいだから、呼びだされる前にこっそり山荘に入って、部屋に置いておいたんだろう」
厚美が答えると、城崎は踵を返して美香や優菜の方に向き直った。
「美香さん、お尋ねします。あの時、食堂からいなくなった人はいましたか」
「まあ、トイレに行った人は何人かいたよ。結構長い時間だったからね」
「優菜は覚えてる?」
「……覚えてない」
「そうか」
二人の答えを聞き、城崎は再び旭と正対した。厚美には横顔しか見えなかったが、それでもはっきり分かるほどに覚悟が決まっているようだった。
「近衛たちが呼びだされる前に拳銃を配布していたら、当日寝坊した俺の部屋に拳銃を置くことはできない。俺は起きた時にドアの前に拳銃など置かれていなかったし、その後ベッドの上で拳銃を見つけた。俺は起きた後、一度伏見くんの部屋や食堂に行ったが、その後すぐに部屋に戻って、近衛たちに呼びだされるまでずっと部屋にいた。近衛たちに、僕の部屋のベッドに拳銃を忍ばせる機会はない」
そこで城崎は一度息を継ぎ、他からの質問を受け付けることなく再び話始めた。
「となれば、答えは一つだ。拳銃を置いたのはこの山荘にいた人工知能で、置かれたのは伏見くんが発見された後だということになる。でないと、誰かがドアの前で拳銃を発見するか、近衛たちの姿を目撃することになるだろうからな。
ただ、伏見くんが発見された後は団体行動が基本だった。だからあまり姿を眩ませて単独行動すると、疑われるリスクが高まる。そこで、できるだけ短時間で拳銃を配り終えるために、人工知能は部屋のドアの下に開いた隙間から拳銃を滑り込ませることにしたんだ。その証拠に、各部屋のドアの下にはその時の傷だと思われるものが付いている。ドアを開いてすぐそこに拳銃が置かれていたのは、そのためだったんだ。
ただ、そんな傷がついていない部屋が三つだけあった。一つ目は、既に犠牲者となっていたため配る必要のなかった伏見くんの部屋。二つ目は、寝坊していたので拳銃を置くことができなかった俺の部屋。では、三つ目の部屋は? 人工知能自身の部屋だろうな。いつでも人間を殺せる彼女にとっては、必要のないものだったんだろうからな」
彼女――城崎は確かに今そう言った。その言葉が、厚美の脳細胞を一斉に活性化させた。
彼女という言葉を使ったからには、人工知能の正体は美香か優菜のどちらかだという話になることは自明。しかし、既にここまでの情報をすべて整理すれば、城崎がどちらを指名するのか、それをどうやって自分に伝えようとしていたのかが、厚美には理解できたのだ。
あの拳銃をを頭に突き付ける行動も無駄じゃなかった。あれは旭を誘い出すことの外に、もう一つ狙いがあったのだ。そう、厚美に伝えたかったのだ。彼女の部屋には拳銃があったことを。城崎の身に万が一のことがあった時のために、ヒントを残してくれたのだ。
「もう、皆分かったよな」
城崎は声のトーンを落とし、少し残念そうにそう言った。厚美が、人工知能の正体である彼女の方を向いて頷くと、彼女は俯いて肩を落とした。
それを見た城崎は、止めの一言を放った。
「伏見くんの一件があった後に俺しか信用できないと言って部屋に立て籠ったのは、ベッドに拳銃を仕込むためだったんだよな――優菜」
城崎に呼ばれてあげた優菜の顔には、感情というものが何一つ読み取れなかった。
それはまさに、感情の無い人工知能の顔そのものだった。
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