第19話

 城崎は東棟の階段を昇りながら、頭を悩ませていた。厚美にああ言ったはいいが、どうすれば人工知能の正体など掴めるというのだろうか。

 今分かっていることは、この山荘にいる人工知能は今も恐怖の象徴となっている首輪にアクセスし、いつでも作動させることができそうだということだけである。これも確信のある話ではなかったが、先ほどリビングで話している際に美香が自分のスマートフォンを手を触れずに操作したことを話していたので、技術的には可能だと考えるのが自然だ。

 だとしたら、その証拠を押さえることなど不可能ではないだろうか。直接手も触れず、現場にも入らなくて済む。そんな証拠の残りようがない殺人を解決する手立てなど、思いつくわけがなかった。

 それでも、城崎は諦めなかった。これまでの現場に立ち寄れば、何か見落としたことがあることに気付けるかもしれないと思ったからだ。それに、伏見の部屋には未だ壁の文字が残されている。そこから何か分かる可能性だってある。ジョンの部屋には、犯人の人間に繋がる証拠が見つかる可能性もある。

 そうこう考えているうちに、まずは伏見の部屋に辿り着いた。部屋中隈なく探ってみるが、特に目新しい発見は無かった。部屋の状況も最初に入った時と変わっておらず、誰かが証拠隠滅を図ったような跡は見られない。やはり、人工知能の犯行を突き止めることなど不可能なことなのだろうか。

 次に、ジョンの部屋を訪れた。ジョンの部屋も遺体発見時と特に変わった様子は無く、誰かが再度侵入した形跡はない。城崎は新たに何か発見できないものかと思い、床にへばりついて部屋の中を見渡した。

「あれ、なんでベッドの下に拳銃があるんだ」

 遺体発見時は気付かなかったが、ベッドの下には拳銃が滑り込んでいた。持ち出されていないことを考えると、犯人がこの部屋を訪れる前にはこのベッドの下にあり、発見が難しい状態だったのだろう。城崎はその拳銃を手繰り寄せて取り、右手に持ったまま移動した。自分が持っているのが一番安全だと思えたからだ。

 次に城崎は、晴信の部屋を訪れた。晴信の部屋は城崎たちがしばらく居座ったためか、リビングとは違って床が血で汚れたままだった。城崎はそれを見て心春の最後を思い出し、心が締め付けられた。

「あなたをこんな目に合わせた人間を、必ず見つけますから」

 城崎はそう誓い、部屋の中を捜索し始めた。ドアの方に目をやると、倒れた折り畳み式のテーブルが目に付いた。厚美が拳銃で打ち抜き、ドアノブに閊えていた状態から倒したあのテーブルだ。よく確認すると、天板の下あたりに弾が貫通した痕跡を発見できた。その方向から着弾地点を予想して壁に目を向けると、一発分の弾痕が確認できる。テーブルを貫通したうえで壁にめり込んでいる弾痕を改めて見ると、拳銃の威力の高さに驚かされるものだ。

 そしてふと振り返ると、開いたままのドアの下に、二つ似たような傷がついていることに気が付いた。一つは厚美がこのテーブルを打ち抜くときに、銃を差し込んで付けたものだと思い出した。では、もう一つはいつ誰が付けたものなのか。

 その疑問について考えようとした時、城崎の脳がまた違和感を覚えた。先ほどリビングで美香の映像が編集されていると気づいた時と同じ感覚に襲われ、城崎はその直感を信じてみることにした。

 直感を確かめる時に訪れたのは、美香の部屋だった。ゆっくり部屋のドアを開けると、何かがドアにぶつかった感触を捉えた。ドアを押し開ける度に音を立てて引きずられるその物の正体は、拳銃だった。城崎はすぐさま屈み、ドアの下を確認する。そこには晴信の部屋で確認したものと同じ傷が、一つだけついているのが分かった。

「見つけた……人工知能は、あの人で間違いない。でも、ジョンさんを殺したのは誰なんだ」

 そう思いながら、城崎は恵子の部屋に立ち寄った。心春に銃口を向けられた時の恐怖を、今でも鮮明に思い出せる場所だ。床に目をやると、あの時の弾痕が目に付いた。そしてその嫌な記憶を思い出したその瞬間、また城崎の脳が違和感を覚えた。

「まさか……」

 あり得ない。

 一度はそう思ったが、城崎は確かめないわけにはいかなかった。もし今考えたことが正しいなら、明らかにおかしなことになった人間がいる。そしてそれは、その人がこの一件の黒幕だと考えるに足るものだった。

「こいつのおかげで、全部明らかになるってのか」

 城崎は、ジョンの部屋で見つけた拳銃を眺めながら言った。

「心春さんの敵を討ちたかったのに、心春さんの命を奪ったこいつで決着がつくのか」

 次の瞬間、一発の銃声が山荘に響き渡った。


 ――銃声が聞こえてから五分後、リビングは騒然としていた。城崎が戻ってこないことで、本当に何処かに別の誰かが潜んでいたのではないかと美香が言い出したり、事故の可能性があるから三人で城崎を捜索するべきだと優菜が言い出したりと、収拾がつかないことになっていた。

「お前ら、城崎のことが信じられねえのか」

 そんな浮足立った美香と優菜に、厚美が勤めて冷静に言い放った。

「信じてますけど……」

「なら、黙って待ってろ。それとも、あいつに真相に辿り着かれたら困ることでもあるのか」

 ドギマギしながら答える優菜を睨みつけ、厚美が威圧感を放ちながら言い放った。厚美は椅子に座って腕を組んだまま動かないが、足だけは僅かに震えていた。城崎を心配な気持ちは、二人と変わらないのだろう。

「すいません、皆さんお待たせしました」

 そうこうしていると、城崎がリビングに戻ってきた。最悪の結末も想像していた三人は、城崎の姿を確認して、ホッと胸を撫で下ろした。

「よかった、連くん無事だったんだ」

「待ってたぞ、城崎。さっき銃声が聞こえたけど、大丈夫だったのか」

「ええ、試し撃ちしてきただけなので気にしないでください。何事も、いきなり本番をやるのは怖いですからね」

「……何言ってるんだ、お前」

「こういうことですよ、厚美さん」

 そう言うと城崎は右手に持っていた拳銃を構え、その銃口を厚美に向けて、引き金に人差し指をかけた。厚美は咄嗟のことで身動きが取れなくなり、優菜と美香は悲鳴を上げた。

「なにしてるんだよ、お前」

 厚美が怒鳴り声をあげると、城崎は俯いてクスクスと笑い始めた。その笑い声は次第に大きくなり、遂には高笑いとなった。天を仰ぎ大笑いする城崎。それを困惑した表情で見る三人。リビングの中には、そんな光景が広がっていた。

「よくよく考えるまでもなかったんですよ。この四人が生き残った時点で、誰が黒幕かは分かり切っていたことだったんです」

 突然笑うのを止めたかと思うと、城崎は冷たく感情のこもらない声でそんなことを言い出した。それを聞いた他の三人は、訳が分からないと言わんばかりに大きく首を傾げた。そんな状況を見て、城崎は大きく溜息をつき、厚美だけを真っ直ぐに見つめながら話を続けた。

「この山荘には、最初十人の人間がいました。その内の一人が殺人人工知能です。僕はそればかり探そうとしていましたが、もっと探すべき人間がいたんです。そう、殺人人工知能の作成者ですよ。こんなふざけた実験をするのに、その経過を観察しないわけがない。間違いなく、間近で確認するでしょう。つまり、十人の中にそいつが紛れ込んでいたということです」

 城崎はそう言った後、見開いた目で厚美を見つめながらにじり寄った。厚美は恐怖のあまり動けず、座っていた椅子にしがみつくことしかできなかった。美香や優菜が考え直すように城崎に声をかけるが、そんな二人にも城崎は銃口を向けた。

「殺人人工知能とその作成者は、当然この実験の中で死ぬことはない。今も生きています。となれば、今生き残っている四人の内二人がこのふざけた実験を遂行した奴らだということです。俺は違うし、人工知能は自分で認めた美香さんで決まり。となれば、人工知能の作成者はあなたしかいないでしょう、厚美さん」

「城崎、お前言っていることが無茶苦茶だぞ。訳分んねえよ。何を根拠にそんなこと言ってるんだ。全部お前の憶測、論理だって破綻してる。どうしちまったんだよ。心春さんが死んだことで、頭のねじが外れちまったのか」

「とぼけるのもいい加減にしろ!」

 城崎は、突如激昂すると、厚美の額に銃口を押し付けた。

 凍り付く空気。全員の身動きが止まり、城崎の上がり切った息づかいだけが聞こえた。

「俺は、このふざけた実験をここで終わらせる。おい、どうせここにも監視カメラがあるんだろ? 見てるんだろ、お前! よく見ておけ、俺が一矢報いる瞬間をな」

 城崎は周囲に視線を向けながらそう叫び、厚美に向き直って雄たけびを上げた。厚美は両目を瞑り、美香は悲鳴を上げながら両耳を塞いでしゃがみ込んだ。そして城崎が雄たけびを上げ終わると同時に、引き金が引かれた。

 大きな発砲音に加え、銃口から立ち上る煙。周囲に充満する火薬の匂い。厚美は額を拳銃で撃ち抜かれ、床に倒れ――。

「あれ?」

 ――なかった。厚美は間抜けな声を出しながら、両手で額を擦っては血が付いていないかを確認した。それが終わると、今度は全身をくまなく見まわし、どこか出血している場所はないか確認した。しかし、どこからも出血していない。

 厚美は混乱したように自分の体と城崎の顔を交互に見たが、城崎は無表情だった。厚美の声を聞いて顔を上げた美香も、目を丸くして城崎と厚美の方を見ている。

「すいませんでした、厚美さん。茶番に付き合ってもらっちゃって」

 そう言うと城崎は、拳銃をリビングの隅に投げ捨てて満面の笑みを浮かべた。厚美は全身の力が抜け、椅子から転げ落ちた。俯いて床に手をつき、荒い息づかいをしている。そんな状況の厚美だったが、先にこの状況を把握したいと思ったようで、途切れ途切れに城崎に尋ねた。

「どういうことだ、城崎。なにがどうなってるんだ」

「あの拳銃は、殺人人工知能を見つけて破壊するために配布されたものです。美香さんの部屋から拝借しました」

「私の部屋から?」

「ええ。美香さんは伏見くんが最初の犠牲者になってから、一度も自分の部屋に戻っていません。だから、拳銃が最初に置かれたままの状態になっていたんです。それを拝借して、今発砲しました。しかし、厚美さんは生きています。これは一体、どういうことでしょうか」

 城崎が質問を投げかけると、厚美は城崎の胸倉を掴んだ。

「勿体ぶってないで、早く教えろ。俺は本気で死ぬかと思ったんだぞ」

「ま、まあまあ、落ち着いてください。簡単な話です。あの拳銃に込められた弾丸二発の内、一発目は空砲だっということですよ」

「空砲だと?」

「はい。先ほど色々な部屋を見て回って思ったんですけど、どの部屋も発砲された数と弾痕の数が合わなかったんです。それにほら、厚美さんは心春さんを助ける時にドアの前にあったテーブルを撃とうとして、一発外したじゃないですか。そんなに距離が離れてるわけでもないのに」

「空砲だったから、外れたように思っただけだったてことか」

「そういうことです」

 城崎がそう言うと、厚美はしばらく顎に手を当てて唸った。そして唸り終えた後、再び城崎の胸倉を掴んで怒鳴り声をあげた。

「お前、そこまで分かってるんなら、なんでわざわざ俺に銃を突きつけたんだ。俺は本当に死ぬと思って、走馬灯まで見たんだぞ」

「それは申し訳ありませんでした。でも、これも黒幕を誘い出すためには仕方なかったんです」

「黒幕を誘い出す?」

 厚美が素っ頓狂な声を上げると、外の廊下から誰かの足音が聞こえてきた。ゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいてきている。

「黒幕というのは、人工知能の作成者のことです。やはり居たんですよ、十人の中にそいつが」

「なんで分かったんだ」

「さっきも言った通り、拳銃の一発目は空砲でした。そうだとすると、随分おかしなことに気付きませんか?」

 そこまで言って、城崎は美香の方を振り返った。美香は俯き、黙り込んでいる。

「美香さん、あなたが動画を編集してまで守りたかったのは、あなたを作ってくれたあの人ですよね。あの人が、をするために、それを見破れる可能性のある医者のジョンさんを殺した。違いますか」

「……連。もし私に何かあったら、私のスマートフォンをあの人に渡して。私からの……最後のお願いだから」

 美香の発言に対して城崎が静かに頷くと、廊下の足音がリビングの前で止まった。そしてゆっくりと、その足音の主がリビングの中に入ってきた。

「随分早い再会だったな。別れの時に散々流したから、再会の涙はいらないよな」

「この状況で再会の涙を流すなら、お前はお人好しなんてレベルじゃねえよ」

 そう言って、リビングに入ってきた旭は静かに笑った。

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