第15話

「皆さん、そろそろ私のことを信頼してくれてもいいんじゃないですか? 私は皆さんと仲良くしたいだけですし、皆さんの心の負担になるだろうと思って遺体の回収に来るだけですから。敵ではありません、味方ですよ」

 近衛がなにやら調子よく言っているが、誰もそれに反応する気力は無かった。その場にいた五人全員が、新見夫妻のことで頭がいっぱいだったのだ。

「ああ、私たちももっと仕事したかったな。遺体の回収だけでなく、この山荘にいる人工知能みたいに断罪とか、拳銃配布とか。なんか目立つことしたかったな。人を殺すのってどんな感じなんだろ。僕も試してみたいな」

 近衛はわざとらしく反感を買いそうなことを言ったが、それでも誰からも反応が返ってこなかった。その反応の悪さを見て、近衛はそそくさと帰っていった。近衛が部屋を後にすると、誰かのすすり泣く声が静かに聞こえた。

「私、新見さんの所はいい夫婦だと思っていたんです。でも、晴信さんが本当はあんな人だったなんて」

 優菜が涙ながらに言う。確かに晴信が正体を現すまでは、精神的に不安定な妻を献身的に支える良き夫に見えた。しかしそれは、この実験期間を生き残るための演技だったのだ。晴信はスマートフォンを見たという壁の落書きを見て取り乱していたが、果たしてその中に何が入っているというのだろうか。

「連くん。心春さんのこと、助けてあげられませんか」

 優菜の涙ながら訴えだったが、城崎は首を縦に振ることができなかった。どのような手段を使ったかは分からないが、晴信は完全に心春を依存状態にさせ、自分なしでは生きていけないように洗脳している。下手に二人を引き離してしまえば、最悪の場合、心春が自ら命を絶つ可能性だって考えられた。そんな八方ふさがりの状態でどうすれば心春を救えるのか、城崎には分からなかった。

「城崎、お前はこれからどうするべきだと思う。お前の意見が聞きたい」

「……全員で協力して、生き残ろう。実験は明日で終わるんだ。全員で固まって行動し、寝る時間も交代制にする。人工知能がどういう風に首輪を作動させるかとか、分からないことは多いけど、少なくとも人間の方の殺人犯はこれで動きを封じることができるだろう」

「連くん、今、人間の殺人犯って言いましたか?」

 優菜の質問を聞いて、城崎は思わず自分の口を両手で覆った。

 これから全員で協力して生き残ろうとするこのタイミングで、人間の中にも人殺しがいると暴露することは避けるべきだった。旭と美香と厚美の三人は既に話を聞いているので構わないが、優菜はその間部屋に閉じ込められていた。優菜は人間の中に人殺しがいることを、今初めて聞いたのだ。

 人工知能だと疑われて部屋に閉じ込められ、つい先刻まで銃を向けられて殺されそうになった。その上更にこの中に人殺しがいるかもしれないと言われてしまっては、優菜は集団行動を避けるだろう。そうなれば、全員で生きて帰るという城崎の目標には届かないかもしれない。

「連くん、説明してください」

 優菜が城崎の前に立った。両手を腰に当てて、これから子供にお説教を開始するお母さんのような佇まいだ。

「あ、いや、これは、その、あの……」

 優菜に詰め寄られ、たじろぐ城崎。その肩を、優しく美香の手が叩いた。振り返った城崎と目が合うと、美香はゆっくりと頷いた。城崎の頭の中に、部屋で言われた言葉が再び聞こえた。


 ――男って、いつもそうだよね。何も教えないこと、何も見せないことでその人のことを守っているとか言っちゃう。でもあなたがしていることは、優しさなんかじゃない。自分が死ぬ前にいいことしたいっていう、ただの自己満足だよ。


 城崎は、覚悟を決めた。

「ジョンさんはこの山荘にいる人工知能ではなく、人間に殺された可能性がある。その犯人は、まだ見つかっていない。今、こうして協力して生き残ろうと誓い合ったこの五人の中に、そいつがいるかもしれない」

 城崎の言葉を聞いて、優菜は両手を合わせて指を組み、強く握った。手の甲にはっきりと確認できるほど血管が浮かび、どれほどの力で握られているのかが伺える。顔は伏せてしまったので分からないが、全身を震わせていることから、怯えていることは想像がついた。

「城崎、こんな時にそんなこと言っていいのかよ。彼女、俺たちと一緒にいるの嫌がるんじゃねえか。そうなったら、その……」

「俺たちと一緒にいたいかどうか、優菜が自分で決めるべきです。そのためには、この中に殺人犯がいるかもしれないというデメリットも話しておかないと、正しい判断が下せません。それでは、本当に彼女を守るということにはならないんです」

 厚美が遠慮がちに言うと、城崎はそれを真っ向から否定した。優菜は相変わらず、顔を伏せて両手を握り合わせながら、全身を震えさせている。

 どれほど時間が経っただろうか、やがて優菜がか細い声で話し始めた。

「連くんは、皆で協力したら、生きてここを出られると、本当にそう思いますか。この中に殺人犯や……人間のフリをした人工知能がいたとしても」

 その言葉を聞いた城崎は大きく頷き、優菜の両手を上から握りしめた。

「ああ、生きて帰れると信じている。俺たち全員……人工知能の誰かだって、ここを生きて出る。そして人工知能には、人間として人を殺した罪を償わせるんだ。そうすれば、やり直せる。こんなに近くで生活している俺たちがまるで分らないんだから、すぐに人間社会に溶け込んで、普通の人間として生活が送れるようになるさ。きっと、ね」

 城崎が、全員の顔を見回して言った。それは優菜を安心させるためではなく、未だ正体不明の殺人人工知能を宥めるための、人工知能に向けられた言葉だった。その時に目を逸らしたのは、美香だけだった。

「……私、信じます」

 優菜が呟いたその言葉に呼応し、城崎は三度優菜と正対した。

「人工知能のことなんて分からないし、殺人鬼のことも分からない。でも、私は連くんのことを信じます。連くんができるっていうなら、きっとできます! だって連くんは……私のことを命がけで助けてくれる人だから」

 優菜は目に涙を溜め、全身を震わせていたが、言葉には確かな強い意志が込められていた。ここから生きて出ようという、強い意志が。

 城崎は優菜の目を見て力強く頷き、そして抱きしめた。優菜の鼻を啜る音が聞こえるが、城崎は抱きしめ続けた。

「ワ~オ、いい雰囲気。私たち完全にお邪魔虫じゃん」

「お前、今度はギャルみたいな喋り方だな。またキャラが迷走してるのか」

「だからなに。徹ちゃんに偉そうに言われる筋合いないから」

「下の名前で呼んだ上に、ちゃん付けだと。貴様、殺されたいのか」

「今この状況でそれ言うと、冗談で済まされないよ」

 城崎と優菜の二人に冷やかしを入れる美香と、その美香に突っかかる旭。そして、そんなやり取りを微笑みながら眺める厚美。恵子の部屋の中は、とても温かい雰囲気に包まれた。

 しばらくして優菜が落ち着いて顔を上げると、城崎は全員にリビングへ移動することを提案した。全会一致で可決し、リビングに移動する五人。先頭は城崎と城崎に体を密着させて離れない優菜、その後ろに美香、そして旭と厚美が城崎に対しての僻みを言いながら後に続いた。

 リビングに到着すると、そこはオレンジ色一色の世界だった。顔を上げて時計に目をやると、時刻は午後五時を回っていた。

「ああ、ここに来てから生活が不規則すぎる。私の美貌が損なわれちゃう」

「今度はそういう感じか。お前、本当にキャラクターが安定しないな。ここから帰った後、一度精神科の医者に診てもらうといい。なんなら、紹介してやってもいいぞ」

「逆に、徹ちゃんのキャラクターは一貫していてすごいね~」

「本当にムカつくやつになりやがって」

 美香と旭の夫婦漫才のようなやり取りを見て、優菜が思わず笑い声をあげた。久しぶりに見られた優菜の笑顔に、城崎は心を撫で下ろした。

「よし。それじゃあ、また私がご飯を作りますか」

「あんな状態の人たちにかつ丼を食わせようとするような奴に、もう任せるわけにはいかない。ご飯なら、俺が作る」

「え、徹ちゃん、料理できるの。噓でしょ」

「当たり前だ。俺は一人暮らしを始めてかれこれ十年、ずっと自炊をしてきた男だ。お前ごときに、料理の腕が負けるわけない」

「そうかそうか、そうなんだね。すごいね。それで、なに作るの。卵かけご飯? ゆで卵? あ、上の戸棚の中にレトルトカレーもあったと思うよ」

「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 再び笑いが起こる。殺伐とした山荘の中で、このリビングだけは、今だけは平凡で平和な時間が流れていた。その場にいる誰もが心を落ち着かせられるような、ゆったりとした時間が。

 この五人なら、協力して生きていける。

 城崎は、そう確信した。だが同時に、心春のことが引っ掛かった。なんとか晴信の毒牙から救い出し、この輪に加わってもらう方法はないものだろうか。頭を悩ませるが、そんなに簡単に答えの出る問題ではなかった。

 

 だが、後一日。後一日で、この地獄のような実験は幕を閉じる。

 今晩と明日一日、そこを耐え忍ぶだけでよいのだ。城崎の中に、残りの生存者が全員脱出する未来が見えた。

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