第3話

「まあ色々おかしなところはあるけど、要するにこの山荘からでなければいいということでしょう。本来の実験目的は人工知能と共同生活を送って、最新の人工知能と人間の区別が本当につかないかどうかを判断することですから。取り敢えず、この奇妙な状況を楽しみましょう、ね」

 城崎が勤めて明るく言うが、その声に賛同するものは居なかった。それもそうだろう。山荘の外に出たら即死だと言われた上に、自分の首にその死をもたらせる首輪がついているのだから、この状況を楽しめという城崎の主張の方に無理があるだろう。

「なんだよこれ……俺はこんなことがしたくて実験に協力したわけじゃねえよ。ふざけんな! なにが政府公認の実験だ。こんなことしやがって。本当に今の政府は、国民の命を軽視しているよな。国民ないがしろにするのもたいがいにしろよ!」

「ま、まあまあ。伏見君落ち着いて」

「こんな状況で落ち着いていられるわけないでしょう! むしろ、あなた落ち着きすぎなんじゃないですか? その感情の無さ……あなたが最新の人工知能ですね」

「ち、違うよ。俺はただ皆を不安にさせないように明るく振舞っているだけで、本当は不安だし怖いよ。でも、そんなこと言ってたってしょうがないだろ。俺たちにできることは、この五日間の共同生活の間、山荘から出ないで済むようにみんなで協力することだけだ」

 城崎が力強く力説すると、伏見はわざとらしく大きな拍手をした。その拍手が意味するところが称賛でないことは、城崎に向けられた呆れ切った表情を見れば明らかだった。

「はいはい、城崎さんは優しいんですね。でも、優しいだけじゃ駄目なんですよ。もっと危機意識持たないと。ま、そんなの持ってたら、いい年してフリーターなんてやってないか。危機感とか論理的思考力が欠けてるから、その年でフラフラできるんですもんね」

 爽やかイケメンの伏見がこの状況に取り乱し、暴言を吐き続けている。最初は実験を行っている方に向いていた矛先が、徐々に目の前にいる実験参加者の方に向いていった。やり場のない怒りをどうしたらよいのか、自分でも分からないのだろう。思春期の少年の暴走に、誰も苦言を呈すものは居なかった。十分ほどすると伏見も疲れたのか、口を閉ざして床に座り込んだ。

 それを見届けると、ジョンは落ち着いた口調で山荘の中を探索することを提案した。伏見以外の人間はその意見に賛同し、二人一組になって、手分けして山荘を探索することになった。賛同していない伏見は、芙美恵子が強制的に引き入れた。

 軽く移動して見た限り、山荘は三階建てログハウスが二棟連なるような形で出来ており、二棟の間はこのリビングを出て左手にある吹きさらしの渡り廊下によって繋げられているようだった。普段なら開放感ある造りだと感心するところだが、山荘の外に出たら死ぬと言われた今の状況では、吹きさらしの渡り廊下を造った人間に殺意すら湧いてくる。正確な方角は分からないが、便宜上今いる側を東棟、もう一方を西棟と呼ぶことにした。

 城崎は話をうまく誘導して愛しの優菜とペアを組み、西棟の三階を探索することになった。その他は旭と厚美のペアが西館二階を、ジョンと美香のペアが西館一階を、新見夫妻が東館3階を、そして伏見と恵子のペアが東館二階とリビング以外の東館一階のエリアを探索することになった。役割を決めるとその場にいた全員がすぐに動き出し、リビングの前で東棟側と西棟側の二手に分かれた。

 城崎と優菜は、西棟三階へ向かう。東棟のリビングから西棟の三階までは意外に遠く、同じ建物内だというのに移動時間が五分ほどかかった。

「優菜ちゃん、怖くない?」

「だ、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

「ああ、俺がついているんだから心配しなくていいからね。俺が先に歩くから、優菜ちゃんは俺の後ろにぴったりくっついてきて。何か気付いたら、俺に教えてくれ」

 城崎が自分の胸を力強く叩くと、優菜は微笑んだ。

 だが、城崎の本音は正反対だった。先頭を歩くのは怖くて嫌だし、正直心配しかしていない。しかし可憐で愛しの優菜がいる手前、そんな本音は押し殺して、頼りがいのある男を演出するほかなかった。城崎の心拍数は、指数関数的ともいえるほどに急上昇していた。

「じゃ、じゃあ行こうか」

 優菜の方を向いて引きつった笑顔を見せながら、城崎がぎこちなく言った。その声は震え、額からは汗が噴き出していた。

「はい、よろしくお願いします。城崎さん」

 そう言うと、優菜は城崎の背中に体を密着させた。

「え、あ、ちょ、え? 優菜ちゃん、どうしたの」

「何がですか?」

「え、あ、いや、その、あの……そんなにくっついてどうしたのかなと思って」

 城崎がそう言いながら優菜の方を見ると、優菜は意地悪く笑いながら、消え入るようなか細い声でこう言った。

「城崎さんが言ったんですよ、俺の後ろにぴったりくっついて来いって」

 城崎が反応に困っていると、優菜は城崎に向かって可愛らしく目配せを飛ばした。完全に心を奪われた城崎は、先ほどまでの恐怖心や警戒心などどこ吹く風で、背中に全神経を集中させながら堂々と散策を続けた。

「俺が、君を守る」

「ありがとうございます、嬉しいです。でも、私だけしか守らないんですか?」

「まあ、俺も一人しかいないから限界があるからね。でも、あの伏見くんとは仲良くなりたいな。年齢も年齢だし、放っておいたら誰も友達出来ないだろうからね。さっき大喧嘩したばっかりだし、明日から仲良くなってみようかな」

「……優しいんですね、連さんは」

 突然下の名前で呼ばれたことに城崎は動揺したが、それを悟られないに、大袈裟なくらいに姿勢をよくして歩いた。優菜を後ろに庇いながら胸を張って歩くその姿は、とても頼りがいのあるものだった。

 しかしそれは内心の動揺を悟られないようにするためと、そうして歩いたほうが背中の面積が広くなって優菜との密着度合いが上がるという、城崎の無意識ながら下世話な考えの基にとられた態度だった。こんな状況なのに、城崎の無意識はいかがわしい事ばかり考えていた。


「はい、夕食できましたよ~」

 気付くと城崎は、いつの間にか東棟のリビングに戻ってきていて、他の参加者と共にダイニングテーブルを囲んでいた。キッチンの方を見ると、女性陣が忙しなく動いていた。

 城崎は、また自分の悪い癖を呪った。きっと優菜とのその後の展開を妄想することばかりに気を取られ、無意識に行動してしまったのだ。その結果、優菜と密着しながら過ごすというお楽しみ時間の記憶が完全に抜け落ちてしまっていた。

 時計を見ると、現在の時刻は午後七時。探索を開始したのが午後三時ごろだったから、約四時間の記憶が無いことになる。城崎は激しく頭を掻きむしった後、テーブルに頭を叩きつけた。

「おい、急にどうしたんだよ」

 右隣に座った旭が心配したように顔を覗き込みながら、城崎の方に身を寄せて言った。城崎は自分の呪うべき悪癖のことを正直に話した。フリーライターということもあって旭はとても話しやすく、城崎はつい借金まみれの自分の境遇まで話してしまった。

「あんたの状況整理するよ。大学卒業後に友人に頼まれて連帯保証人になったらその友人が蒸発して、借金を背負った。その借金取りが会社に来たせいで就職した会社は首になり、借金返済のために深夜バイトに励んでいる」

「うん、そう」

「その退屈な深夜バイトを乗り越えるために、妄想の世界に入りながらも無意識で行動できるようになった。毎朝やってくる借金取りも、その癖を利用して無視している」

「そうそう。よく分かってくれてるね」

「それが僕の仕事だからね。ところでさ、それは最近できるようになったことなんだよね?」

「よく覚えてないんだよな。昔からあった気もするし、最近な気もするし」

「それって、深夜バイト明けに借金取りがきて寝不足だから、脳がエネルギー消費を抑えようとしてるだけなんじゃないかな。前にとある研究機関を取材した時に、それと似た話を聞いたことある気がするな」

「ということは?」

 テーブルに顔を伏せていた城崎は突然顔を上げ、旭の方を見た。目を輝かせ、心は踊るように軽くなっていた。そんな城崎を見て旭は上体を少しのけ反らせ、目を細めながら言った。

「この共同生活中にたくさん寝れば、治るかもしれないね」

「毎日九時に寝るわ」

「そういう極端なところが、あんたの悪いところだと思うよ」

 旭の溜息交じりの声が聞こえたが、その表情は穏やかな微笑みだった。城崎はその表情を見て、呆れて見捨てられたわけじゃないのだと考え、胸を撫で下ろした。

 そうこう言っていると、料理が運ばれてきた。今日の夕食はカレーである。城崎が自分のカレーが運ばれてくるのを待っていると、優菜がカレー皿を二つ持ってやってきた。そして城崎の前にお皿を一つ置き、左隣の開いた席に自分が座った。

「隣で食べてもいいですか」

「もちろんです、優菜ちゃんならいつでも大歓迎です」

 城崎が決め顔をしながら、自分のできる中で最大限の低音ボイスで優菜に言った。周囲からは冷たい目で見られていたが、優菜からはむしろ熱い視線が向けられ、また可愛らしい目配せが飛んできた。

 城崎は天にも昇る気持ちになりながらも、すぐに現実世界に意識を戻し、優菜との食事の時間を楽しんだ。他の参加者たちも思い思いに食事を楽しみ、特殊な状況下ではありながら楽しい夕食の時間となった。

 ただ一つ白崎にとって気掛かりだったのは、ほとんどの人が探索の際のペアの人と隣同士で座っているのに、恵子と伏見の二人だけ対角線の離れた位置に座っていたことだ。探索中に、何かあったのかもしれない。城崎は、明日わだかまりが解けたころに伏見に聞いてみようと考え、今は忘れることにした。

 夕食が終わったら、伏見と恵子が探索の際に見つけたという銭湯での入浴タイムとなった。ご丁寧に、男湯と女湯が分かれた造りをしている。その造りの良さから、自分たちが知らないだけで、実はここは有名な山荘なのかもしれないと思うほどだった。

 城崎が脱衣所で服を脱いでいると、伏見が服を着たままでいることに気付いた。入らないのかと尋ねたが、伏見は体を震わせながら首を横に振ってこう言った。

「け、潔癖症なので、人と一緒のお風呂に入れないんです。気にしないでください」

 結局伏見は他の人が入浴している間ずっと脱衣所の隅に座り、他の男性陣を一緒にお風呂場を出た。脱衣所に用意してあった、人数分の浴衣に着替えて。

 入浴後にはもう一度全員が集まって、どこの個室を誰が使うかを相談して決めた。東棟と西棟で広さが違ったので話し合いは難航したが、東塔の三階にある少し狭い個室を男性陣が、西棟三階にある広い個室を女性陣が使うことで決着した。公平を期すため、新見夫妻もそれぞれ別室を使うことになった。

「よし、じゃあ久しぶりにゆっくり寝るか」

 城崎は自分の部屋に行くなり、すぐにベッドに横になって目を閉じた。日ごろの睡眠不足のおかげか、五秒とかからずに眠りに落ちた。


 ――深夜三時になると、すべての人間が眠りについていた。そんな中、山荘に怪しくうごめく人影が一つあった。すべてのは眠っているのに、である。その人影は物音をさせないように慎重に、とある個室の中に入っていった。

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