肢を縛って

おくとりょう

酔ってない

 目が覚めると窓から日の光が射し込んでいた。空が青い。

 バキバキ軋む身体を起こすと、手足がつんっとつっぱって、頭をゴツンと壁にぶつけた。うめき声あげようにもガラガラになった喉からは、かすれた息しか出なかった。

 やっぱりお酒なんて飲むもんじゃない。もう何度もした反省をしながらうつむくと、両腕と両脚がそれぞれ薪みたいに縛られていた。カタカナの『ヒ』の字のみたいに。


 あぁ、またか。

 まっすぐ伸びた腕の先で開いた掌をぼんやり見つめる。以前、友人に聞いたのだけど、酔った僕はいつも「死にたくない死にたくない」と泣きながら、手足を縛り始めるらしい。

 全然、全く記憶に無い。というか、脚はまだしも、腕をこんなにキツく縛れるものだろうか。

 不思議に思いつつ立ち上がると、脚の縄がパンっと弾けた。つられたように、腕の縄も弾けた。だけど、少し勢い良すぎて、僕の首に絡まりついた。縄はぐるぐる首を締めると、流れるように下に落ちた。そのまま首はつられるようにストンっと落ちて、ゴトンっと床を凹ませた。


 ……あーぁ、水を飲むつもりだったのに。首が無いと上手く飲めない。

 僕の首はたまに取れる。でも、取れたくらいじゃ死なないし、別に特に痛くはない。しいていうなら、落ちた生首の処分に少し困る。あと、賃貸なのに首のせいで、部屋が傷ついたり汚れたりするのでうんざりしている。

 落ちた頭を拾って、廊下に出た。頭を片付けるついでに、水を一杯注ごうと思った。扉を開けると玄関扉のスコープから突き刺さすような太陽光。いつの間にか昼間になっていたらしい。頭のないはずの僕は心の中で顔をしかめて、冷蔵庫を開けた。でも、もう調味料しか入ってなかった。がっかりして、生首を放り込む。扉を閉めると何か言われたような気がした。


 ひとまず、床に転がるコップを拾って、錆びた蛇口をぐっとひねる。ぬるい水が臭かった。「うげっ」と流し台に乗り出して嘔吐えずくと、蛇口が喉にスポッと刺さった。臭い水は僕のことなど構わず注がれ、空っぽの胃袋が風船みたいに膨れあがった。


「――っ!!」

 不意に冷蔵庫から声にならない怒声が響く。ガタガタ揺れて、戸棚の皿が小さく震えた。僕は聴こえないふりをして、蛇口をさらに強くひねる。濁った水が喉の穴から噴水みたいにジャバジャバ溢れて、排水溝へと流れていく。ぐるぐる回る渦を眺めていると、いつの間にか冷蔵庫は静かになっていた。

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肢を縛って おくとりょう @n8osoeuta

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