何万ものフォロワーを率いる余裕なんてバトンしかない

ちびまるフォイ

有害なインフルエンサー

「あ、きっ……君」


「はい?」


まるで面識のない人に街で話しかけられた。


「ちょっとの間、これを預かってくれないか?

 すぐに戻ってくるから」


「あ、はい。いいですよ」


渡されたのはリレーで繋がれる白い筒状のバトンだった。

バトンを渡した人はどこかへ走り去っていった。


それからすぐに周囲を歩く人が足を止め始め、

ひそひそと話したり、カメラを自分に向け始める。


「ねえ、あの人……〇〇さんじゃない?」

「まちがいないよ。写真とってもらおうよ」

「本物はじめて見ちゃった」


誰かひとりが自分に話しかけたのをきっかけに、

なだれのように人が押し寄せてくる。


「サインください!」

「握手してください!」


「えええ!?」


他人からちやほやされた経験がないので戸惑いつつも嬉しかった。

きっと、この幸運のバトンを受け取ったからだろう。


俺にバトンを渡した人はきっと神に違いない。


「あーーのど乾いちゃったなぁ~~……」


「〇〇さんに飲み物を貢げるチャンスよ!」

「はやく! 早く買わないと!!」


自分のひとことに誰もが耳を傾けている。

まるで王様だ。


きっと俺が死ねといえばみんな喜んで死ぬだろう。


「それじゃ、次の現場あるから」


「タクシー代を出させてください!」

「ちょっとぬけがけはずるいわ!」

「私が出すのよ!」


「はっはっは。まったく最高だ!」


現場などと言いながら自宅に帰るだけだとはヒミツ。

家についてからはバトンを厳重に保管しておいた。


「ありがとうございます、神さま・仏さま・バトンさま!

 俺の人生にこんな幸運をお与えくださって……!」


バトンを受け取ったからなのか、

自分が利用しているすべてのSNSはフォロワーが激増。


今日の天気の写真を投稿するだけでニュースになり、

SNSのトレンドのすべてを自分が独占してしまう。


「っかぁーー! これがインフルエンサーってやつかぁーー!!」


頭を抱えつつも心はウッキウキ。

すべては幸運のバトンを受け取ってからがスタート。


いまさら持ち主が戻ってきても返すものか。


「ようし、今日は気分がいいしゴージャスに外食といこうかな!」


近所にあるちょっとお高めの焼肉屋さんへ行く。

もちろん、自分だとバレないように変装は欠かせない。


店につくとまだ営業時間なのに「CLOSE」の札が下がっていた。


「こんにちは、まだやってますか?」


「ごめんなさい。今日はもう閉店するんですよ」


「へっ。まだこの時間ですよ?」


「食材が尽きてしまって……」


「そ、そんなことあるんですか!?」


「団体のお客様が来たんですよ。

 なんでも〇〇さんの行きつけの店だからって」


「そうですか……」


本人です、などと言う空気感でもなかった。

その他の店を探してもどこも同じ状況だた。


近くのコンビニですら、俺のフォロワーが買い占めてしまって

限界集落に唯一あるコンビニと見間違うほどのすっからかん具合だった。


「おいおい嘘だろ……」


これでは宅配もできず、結局は自分の家で昨日の残りカレーでのつつましい晩餐会となった。


「思ってたのとちがうなぁ……」


フォロワーをだしにしてお金を貢がせることもできるだろうが、

それがバレてフォロワーが離れてしまったら元も子もない。


飲み物の写真を投稿すれば、日本中からそれが品薄になるほど流行する。

自分が身につけていた衣服と同じものは生産が間に合わなくなっている。


しまいにはかつて自分が座った電車の椅子ですら

ネットでは着席権が高値で売買されるほど自分の影響力はすさまじかった。



「もっと華やかな生活だと思っていたのに……」



最近の自分といえば、家にひきこもりがちになった。


まだSNSで自分が食べていることを発信していない

味の悪いカップ麺をすすりながら周りの視線におびえていた。


どこかに出かけようにも何万ものフォロワーが後をついてきてしまう。


公共交通機関はもちろん、タクシーを使えば大渋滞。

徒歩で移動しても警察が出るほどの交通規制が発生する。



せめてネットならと招待を隠して活動していても、

ネットに詳しいファンが逆探知で身バレさせてしまう。


そうなったらコメント一つ書くこともできないし、

長居するとサーバーダウンの元凶になってしまう。


やることなすこと、人に迷惑をかけてしまう。


「これじゃ怪獣と同じじゃないか……」


思えば、自分にバトンを渡す……というより押し付けた人も

まるでなにかから逃げるような顔をしていた。


預かるとは言っていたが、きっと最初からバトンを押し付けるつもりだったのだろう。


俺と同じく大量のフォロワーに足跡を常に追われる恐怖に限界を感じていたんだ。


「よし、俺も誰かに押し付けよう……! こんな生活はもう限界だ!」


厚めの変装をして街の中心部へと繰り出した。

押し付けられそうな人は誰かいないか。


「誰か……誰か……このバトンを受け取ってくれ……!」


人はたくさんいるが、バトンは渡せずにいた。


もし、渡した人が自分の近所だったなら

フォロワーの追跡からは解放されても不便なのは変わらない。


観光客や外国の人に押し付けようとも考えたが、

そういう人ほど見ず知らずの人からなにか受け取るわけない。


じゃあ、俺の友達や近い人に渡せばいいかと思ったが

受け取ってもらえるだろうがバトンの能力に気づけば

再度自分の元へ返品してくる可能性が高い。


「ああ! いったい誰に渡せば良いんだよ!!」


ねばってねばって、最後には誰にも渡せずにバトンを持ち帰った。


「これからどうしよう……」


バトンを持ち続けている限り、インフルエンサーの立場からは逃れられない。


ふと、考えてみる。

はたしてそれは本当なのか。


「……いや、フォロワーなんて勝手に自然消滅するはずじゃないか。

 なんで俺は必死に逃げようとしてたんだろう」


下手にでかけたり、動いたりするから

フォロワーに見つかって燃料を投下するような結果になってしまう。


なにも投稿せず。なにも動かず。


それを繰り返しつづければしだいに俺にも飽きてしまうはず。

そうなればバトンを押し付けることもなく、この生活から解放される。


「最初からそうすればよかったんだ。ここからは持久戦だ!」


徹底的に自分の情報をシャットアウト。

これでファンもしだいに減少していくにちがいない。



自然消滅作戦をはじめてから数ヶ月。


フォロワーの数は。



「か……変わってない……!?」



自分から情報を提供しなかったとしても、

フォロワーの数はすさまじく自家発電でどうにでもなるらしい。


ファンアートや二次創作で妄想を広げ、

架空の聖地巡礼などを楽しみはじめている。


自分の家族をたどり墓を探し当てて

自分が死んでいないかを墓地まで行って確認する人すら出ていた。


「だ、ダメだ……! 止まらない。インフルエンサーが止まらない……!」


絶対隔離のひきこもり生活で自分の精神はズタズタ。

陽の光を浴びたいと願うほどに追い込まれているというのに。


フォロワーたちは減ることなく元気に活動を続けている。


持久戦に持ち込んだはずが、息切れしているのは自分だけだった。

とても勝てる気がしない。


「こんなの……もうどうすれば……」


ふらふらした足取りで部屋に戻ると、

ちょうど視線の先には白いバトンが飾ってあった。


その白さが今はなによりも忌々しい。


バトンを手に取り、力任せに振り上げた。


「こんなものがあるから!! 俺はまっとうな生活ができないんだ!!!」


バトンを床に叩きつける。

床でバウンドしたバトンは壁にぶつかって落ちた。


「はあ……はあ……ちくしょう、ちくしょう……痛っ!」


なにか踏んづけた。

足の裏を見ると、白い破片が刺さっている。


叩きつけた衝撃で欠けたバトンの破片だった。


それを見てアイデアがひらめいた。

最初からどうして思いつかなかったのか。


「こんなバトンなんて……ぶっ壊せばよかったんだ」


バトンはオリハルコン製でもなく、筒状で割れやすい。

その気になれば叩きつけるだけで欠けちゃうほどだ。


トンカチで何度も何度もバトンを砕き続けた。


もう二度と誰の手にも渡らないように細かく細かく砕く。

最後には白い粉末になるほど砕きあげた。


「これだけ細かくすれば、もう誰の手にも渡らないはずだ」


白い粉末をトイレにすべてトイレに流した。

まるでやばい薬の証拠隠滅でもしている気分だった。


「この水……どこへ流れ着くんだろう」


バトン粉末をすべて流し終わってからは、

それまで祭りのように騒がしかった自分の周囲は一気に静かになった。


お気に入りの焼肉屋さんには席が空いてるし、

コンビニの品揃えもいつものように充実した。


晴れた人は外へ気兼ねなくお散歩できるし、

雨の日はアカウントを隠さずにネットゲームだってできちゃう。


「ああ、俺が求めていたのはこんな普通な生活だったんだ……!」


飽きていたはずの普通の生活に涙が出た。

あの悪しきバトンからすべて救われた瞬間だった。




それから数日後のことだった。


テレビではニュースがやっていた。

アナウンサーが質問をし、一般の人が目をギラつかせて答えていた。


『どうして海へいくんですか?』


『だって! 私の推してるお魚が泳いでるんです!

 ファンなら追いかけるべきでしょう!?』


勢いよく何人も、何十人も、何百人ものひとが

ろくな準備もしないまま海の沖に向かって泳ぎだしていた。


それはまるで集団自殺でもするようだった。



『このように、白い粉がついた魚に魅せられた人が

 何人も海に飛び込む海難事故が発生しています。

 

 

 ですが、私もこうしてはいられません!

 スタジオにお返しします!

 

 それでは! いってきまーーす!!!』



アナウンサーが海に飛び込んだのを見て、

自分がとんでもないことをしてしまったと後悔した。

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