第5話 無邪気なそれは手を差し伸べる

                                                                           

「え……これ、って…」


一瞬理解ができず固まるが、しかし徐々に理解が始まり体の中から何かが湧き出てきそうになる。

黒く粘り気があり首元で暴れているそれを、外に出さないように手で強く口を抑える。


「見るな!真昼! タク、さっさと消せ!」


「わ、分かってるって!」


直ぐに横にいた山本くんに抱きしめられる形で画面から遮られる。次に山本くんはマウスに1番近いタクに促すと促されたタクは急いでマウスを握りホスト権限で書き込みを消そうとして、それを高須賀くんが止めた。


「いや、待て! 非表示にするだけにしろ」


「何言ってんだ! こんな書き込み消すほうがいいだろ!」


無理やり腕を捕まれ止められたタクは激昂するが、それに真昼が口を抑えながら引き止める。


「いいの、いいから一般生徒に見られないように、非表示にするだけにして」


「……りょーかい」


流石に真昼の命令には逆らえないのかターゲットを『消去する』から『非表示にする』へ変更しクリック。

問題の書き込みには半透明の×マークが書かれ、このホスト以外には見えないことを表していた。


「真昼、落ち着いたか?」


「うん。ありがと」


まだ少し気持ち悪いがだいぶマシになった。真昼が落ち着いたのを見てからかタクはため息をつく。


「んで、どうすんのこれ。正直俺らには手に余るものだろ」


タクが指差すのはもちろん『なんでも相談掲示板』である。

この書き込みは添付された手紙によると、神代学園の誰かが須川猛という生徒に暴行されたと被害を訴える写真と手紙、というのは易々と理解出来た。

そして、これは立派な犯罪である。

そうなると生徒会という仕事から完全に外れている。これは警察が出動するべきものだろう。

それは真昼にも分かっている。これをそのまま警察へ届けた方がいい選択だということを。

それでも真昼にはどうしても引っかかることがあるのだ。


「でも、これは私たちに助けを求めたものなんだよ。それに犯人も分かってる」


「だからこそこれは警察もんだろって言ってんの」


久しぶりにタクからまともなツッコミをされてしまう。そりゃ犯人は写真という証拠があり、被害届けとなる手紙もついている。これを今すぐ警察へと持っていけば今日中に逮捕へ持って行けることも可能である。

でも、だからこそおかしいと真昼は思ってしまう。

それは真昼が捻くれている訳では無い。いや、捻くれていないからこそおかしいと思ってしまうのだ。


「まあ落ち着け。これをわざわざこの掲示板に書いたってことに意味があると僕は思いますが。会長もそうですよね」


それを高須賀くんが代弁してくれた。

私が無言で頷くと嬉しかったのかニヤけそうになる顔をおほん、と息をつき紛らわせる。


「僕が思うに3つこの掲示板に書き込みをした理由があると考えています。

1つ、我々生徒会に見せる必要があった。

2つ、我々じゃなく間接的に教師に見せたかった。

3つ、ネットに犯人だけが分かる画像を載せることで犯人のみを社会的に抹殺させたかった」


三本の指が立てられ1つずつ可能性を考えていく。

1つ目はまず、理由がわからない。校内的地位があっても社会的地位のない私たちに見せてどうするというのだ。1つ目はとりあえず保留。

2つ目は、理由は明瞭だが、それこそ回りくどい。もし教師に見せるだけならこの掲示板を使わずとも誰もいない時間を見計らって職員室にでも置いとけばいい。

3つ目が1番妥当であると真昼は思う。

まず、書き込みをしたのがこの学校のホームページにある掲示板だ。

不特定多数のこの学園に興味があったり関係がある人達に見られる。

そこからねずみ算的に噂は流れ学園中に、街中に須川の悪評は轟くことになるだろう。

だが、


「でもそれだと警察に突き出すのと同じじゃね。警察に捕まれば速攻社会的に死ぬわけだし」


そうなのだ。タクが言う通り、この3つ目も結局は警察に突き出せば済む話だ。

どれも警察に届ければ万事解決、それを覆す意見なんて誰も思いつかなかった。そう、高須賀くん以外は。

高須賀くんはタクの言葉に再び思い当たる節があったのか、指を2本立てた。


「いや……2つ思い当たることがある。1つは須川純一郎って知っていますか?」


胸の前に指を1本立たして生徒会室にいるみんなに問いかける。もちろんみんな知っていると頷くが、ただ一人首を傾げる人がいた。そう、タクである。


「誰だそりゃ」


「この街の知事だ。聞いたことぐらいあるだろ。そして、須川の父親だ」


ポカン顔のタクに後ろで腕を組んでいた山本くんが静かに答える。すると、合点がいったのかタクは目を見開き、驚愕を露わにする。


「ってことは……」


「ああ。まあこんなの漫画の知識なんですが、上から権力で揉み消される可能性があるという事です」


漫画ではよくありきたりな、いや現実でもよく聞く話だ。金や権力で無かったことにする。まさかそんな真昼にとって非日常な展開が来るとは予想にもしていなかったが。

しかし、その答えにまだ腑に落ちていないのか頭を掻きながらタクは反論する。


「でもよぉ、だからってこんな誰が見るか分からん掲示板に書き込むか普通。わんちゃん友達とか誰か勘づく奴もいるっていうリスクを犯してまで?」


確かにその通りだ。こんなに暗い写真だったとしても何年も一緒の友人ならぼんやりとしたシルエットでも分かるはず。もし身を隠すという目的があるのならここに書き込みをするのは1番リスキーな方法である。

すると、やはりまだ気づいたことがあったのか高須賀くんは胸の前に出していた1という数字を2に変えた。


「ああ。それでもうひとつ気になるのがありまして……この写真1度持ち帰ってもよろしいですか?」


するとズボンのポケットからUSBメモリを取り出す。

いや、なんでポケットに入ってんの?

という疑問が湧くが今はそんなふざけている場合ではない。高須賀くんには何か考えがあるのだろう、その自信ありげな表情に私は再び無言でうなづき返す。

すると、高須賀くんの行動に再び合点がいったのか目を見開くタク。


「あ、おいお前……もしかして、そんな真面目な顔して、今晩のオカ グホッッッ!!」


「死ね! バカタク!」


みはるんからの回し蹴りが見事お腹に決まり後ろへと吹っ飛んだ。


「まだ最後まで言ってないのに……」


2回転ほどして壁にぶつかると消え入りそうな声で呟き、ガクッと項垂れる。


「ナイスだ、みはるん」


「あんたにもみはるんって呼ばれたくないし」


キメ顔でグッドポーズを決める高須賀を鼻で一蹴すると再びスマホを操作しだす。と、直ぐに復活したタクが背中をさすり立ち上がった。


「くそ!なんだよ、さっきまでスマホいじってたやつが急に会話に入ってくんな!」


飛び起きたタクはみはるんに指さし糾弾するが、みはるんが返した答えはため息だった。


「はぁ?私も私に出来ることをしてたの。大きなグルの女子とはLINE交換してるから噂話が立ってないか調べてたの。非表示にしただけの奴が大きい顔しないでよね」


言われてみればさっきからタクは引っ掻き回すだけでまともな事は何もしていなかった。図星を突かれたタクは何も言えず黙ってしまった。


「やっぱり須川自体に元々変な噂が立ってるみたいだね」


すると、ある程度の調査が終わったのかスマホから顔を上げて美晴が報告する。

その報告の『元々噂が立っている』に真昼は疑問が湧いた。

真昼は現在神代学園に2年間通っている。それでもそんな噂ひとつも聞いたことがないからだ。


「そうなの?」


「うん、こういう系統の話なら3つは聞いたかな。どれも極1部の生徒間だけ、だけどね」


「みはるん凄いね。私なんかこれだけですごく吐き気してるのに……私もそれぐらいにならないと、なのにね」


それはまさに経験の差というものなのだろう。今その中の一つを見ただけでクラクラとする真昼にとってそれ以外に3つを既知していた美晴の動じなさに感心していた。

しかし、その最後のフレーズに美晴は首を全力で横に振る。


「ううん、真昼はもうそのままでいいから!純粋な真昼でいて!」


言い終わるまでに強い力で抱きしめられてしまう。


苦しい……


すると高須賀くんは場の空気を切り替えるためか喉を鳴らして皆の注意を集める。


「とりあえず今日はこれで解散しよう。また明日、ゴールデンウィーク初日なのですがみなさん、来てくれますか?」


それに異を唱える者はもちろんいなかった。



***



「ちょっとおねぇ、大丈夫?」


「………え」


こちらを覗き込んだ人影がしずくの声を発した事でようやく現実に戻った。

気づいたら家にいた。

それは比喩でもなんでもなく、生徒会室を出て次に意識がはっきりしたのはリビングだったからだ。

少し心配そうに見てくるしずくに全力で縦に首を振って聞いていたアピールをする。すこし首をかしげつつも聞いて欲しい話があるのか笑顔で続けた。


「それでさ今日帰ったら驚いちゃった。お父さん帰ってきてたの」


「へ? お父さんが? これからこっちに住むとか!?」


前にも言っていたが父はいま会社で寝泊まりをしている。父は今の会社を創設したメンバーの一人だ。だからかかなり上の役職に着いているらしく部屋も専用に1つ与えられているらしい。そんな父は滅多な事ではうちに帰らない。最後に帰ってきたのは去年のしずくの誕生日なはずで、それほど父は母の死を受け止めきれてはいない。

それなのに何も特別でもない日の今日に帰ってくるのは純粋に真昼は気になった。もしかしたら家に帰ってくる決断をしたのか、なんて少し期待しながら尋ねるがしずくは小さく首を振った。


「昨日父さんの荷物届かなかったか、って聞かれて……昨日届いたのは、おねぇのハードディスクって言ったらそのままふらふらと帰っちゃったし」


「……そっか」


少し空気が静まり、箸と皿が当たる音だけがこの場を支配した。

父がこの家に住むために帰ってきた訳では無いことに口惜しいと思っている。確かにそれも存在するがそれよりも真昼は昨日からのことを整理していた。

昨日届いたのは一つだけ。あの白髪の少年が入った黒箱だ。

そこで真昼の頭はフリーズする。いやいや、と首を振って再度動かすが、綺麗に思考がまとまらない。


(ってことは『昨日届いた箱』=『父が頼んでいた物』

うん、ここまでは大丈夫。

『昨日届いた箱』=『天使のような白髪美少年』

うん、ここもバッチリOK。

『天使のような白髪美少年』=『父が頼んでいた物』……………

………………えぇ!?)


「おねぇ、大丈夫?」


その結論のあまりの衝撃に真昼は箸を落としてしまう。


(まさか父さん。母さんが死んだからってそっち系に目覚めたの!?)


ショタコンの真昼からしたら良い飲み仲間が出来て大変光栄だが、それが実の父というのは勘弁願いたい。それにあの父がショタコンにランクアップしたという現実はそれこそ受け止めきれそうにない。

しかし、それならもう1つ疑問が湧いてくる。

もしあの箱が父に対する贈り物であるならば真昼の頼んでいたハードディスクはどこに行ったのか。アプリには既に送達済みと書いてあったしあの黒箱は真昼のハードディスクに違いないはずだ。そうやって再び謎のパラドックスに頭の中でグルグルとさせているとそれに答えを与えるかのようにしずくが言った。


「あ、それとおねぇ、またなんか頼んだの? これいつの間にかポストに入ってたよ」


そう言って取り出されたのは今の真昼に対して1番欲しかった解答だ。これで全ては繋がり謎のパラドックスは終焉を迎える。そう、しずくが取り出したそれは────


「ご不在連絡票……」


黄色と緑が特徴的な一枚の紙だった。








『ねぇ、まひる』



『ねぇ!まひる!』


「うひゃぁ!」


急な大声に真昼は飛び退く。心臓が酷く高鳴り呼吸は荒れに荒れている。

脅かしてきたのはパソコンの画面に映っている白髪の少年だ。


「な、なに? すごいびっくりした…」


ハァハァと息を整える真昼に対してふんっとそっぽを向く少年。

どうやら少年を怒らしてしまったらしい。


「なんで怒ってるの?」


『だって真昼何回話しかけてもなんにも反応しないし。今日家に帰ったらいっぱい話すって約束したのに……』


未だ怒り頂点な様子の少年に対して真昼はにんまりとしていた。


どうやらこの子は構ってくれないからいじけてしまったらしい。

なにそれ、むちゃかわ(むっちゃ可愛い)なんですけど。

しかしこのままでは真昼は嬉しいが少年の機嫌が治らなさそうだ。

慌てて真昼は両手を前に出し謝るポーズを作る。


「ごめんね。ちょっと今日色々あってボーッとしてただけなの。このとーり許して」


今日だけでまずこの子と和解をして、暴行写真が送られて、父がショタコンだと判明して。

こんなに色々とあると真昼の処理能力では耐えきれなかったのだ。

だから呆然としていたのだが、それでも少年はふいっとあちらを向き許してくれそうにない。

いや、少し顔の角度がこちらに向いている。しかもこちらをチラチラと見てきている。

写真撮りたいな…という欲望をなんとか抑えながら謝罪に一言付け加えた。


「ほんっとにごめんね。何でもするから許してよ」


『…………ほんとに?何でもするの?』


やはりこのフレーズに釣れたのか高い声を無理やり低くして再度尋ねてくる。

真昼はもちろんこんな可愛い美少年のためならなんでもする、っていうか何でもしてあげたいって感じなのだが。

もちろん真昼は真面目な顔を作って大きく頷く。

するとほとんどこちらに向けていた顔を体ごと正面に向かって赤らめる顔で要求を大きく言った。


『ぼくに名前をつけて欲しい!』


「……え、それだけ?」


目をパシパシとして真昼は戸惑う。


(確かにこの子自分から名前言ってなかったっけ……)


思い出せば昼休みも疑念ばかりでまともにこの子の事を考えたことは無かった。

しかし真昼はもっと凄い要求が来るのではと覚悟していたため少し拍子抜けである。例えば外で自由に動きたい、とか真昼のあん所やこんな所を見たい、だとか。まあその場合なんとか言って別の要求に変えてもらうが。

だから『名前をつけて欲しい』という要求は真昼にとって当たり前の要求で、何でもしていいという要求に使うのは少しズレてる感覚だった。

しかし、本人は至って真面目なのか少し目を潤ませながら、


『だってこの中から聞いてたけど他の人のこと名前で呼んでずるい! ぼくにもつけてよ!』


大きく頬を膨らませるその少年に少し、いやかなり癒される。

きっとこれがタクや高須賀くんなら無言で殴っていたであろう。これがショタの力だ。


「分かった! じゃなんて名前にしよっか」


もちろんと真昼は再び頷く。先程までの重たい身体は何処へ行ったのか、自然と真昼の顔に笑顔がもどる。


「うーん、でも名前かぁ……何かこういう感じ、みたいなのない?」


『ぼくは何でも! まひるが呼びやすい名前で』


とは言われたものの、真昼に他人を名付けたことなんて1度もない。しずくの時は既に母が決めていたし、ペットなども買ったことはない。『語呂』や『文字数』、『字画』に『名前の意味』なんて事も考えると最早何にすればいいのか皆目検討がつかない。


(うーん……お母さんは確か、名付ける相手を連想する名前がいいって言ってたような)


母がしずくという名前を出した時言っていた言葉を思い出す。

画面に映る美少年、その姿を上から下までじっくりと見下ろしていく。

白髪の髪、白い肌、白の服装。それはまるでこの子自身がこの名前にしてと言わんばかりに揃っていた。


「ん、決めた!君の事はこれから『ハク』って呼ぶね! ………………ダメかな?」


かっこよく言い放つがしかし言われた美少年はフリーズしている。気に入らなかったのか、それとも期待していたのとは違ったのかと不安になり尋ねるが少年は俯いてしまった。


『ハク、ハク。……うん! ハク、気に入った!ぼくはこれからハクだね!』


しかし俯いた顔を上げ、見せたのは満面の笑みだった。それは見ている相手すらも笑顔にさせてくれる、そんな天使のような笑顔。

多分私はこの時の笑顔を一生忘れないのだろう。



**



5月2日 10:00


全国ではGWゴールデンウィークに突入し学生一同は新学期始まって初めての長期休暇からか旅行に行ったり友達と遊んだり、部活をしている人は仲間たちと汗水流し青春をしている。


そんな中、私千年原真昼は生徒会室にいた。他にも昨日のメンバー(高須賀くん、タク、美晴、山本くん)が椅子に座っている。山本くんは部活動の合間に来てくれたので袴に剣道着だ。全国の大会を目の前にしている山本くんを連れ出しているので急いで話を終わらした方がいいだろう、そう真昼は考えて全員集まったのを確認すると高須賀に目配せをした。


「全員集まったみたいですから始めさせて頂きます」


高須賀くんの言葉には重みがあり、その表情から昨日持ち帰ったあの画像で何か判明したと察せられる。果たして何が判明したのか、そう真昼が固唾を飲み込む中でやはりと言うべきか、場を乱す者がいた。そうタクである。


「その前に、蛍はいいのか? なんか仲間はずれしてるみたいじゃね?」


この場には生徒会メンバーのほとんど、つまり蛍以外が勢ぞろいしている。確かに絵面は仲間はずれだがそれでも今回は内容が内容だ。


「それはそうだが、こんな話知ってる人は少ない方がいいだろ。聞いて楽しいもんでもないしな」


「まあ確かにな」


同じ考えだったのか高須賀くんが代弁してくれ、ようやく問題児が大人しく黙った。

再び高須賀くんはメンバー全員をぐるりと見て他に意見があるのか確認する。もちろん皆閉口し高須賀くんを注意を向けているのでそれで了承を得たのか「では」と本題へと入る。


「まず前置きなのですが、私の自宅にあるパソコンには会長から頼まれた学校紹介のpvを作るために買っておいた編集ソフトがありまして、それを買う時にセットでついてきた画像編集ソフトもあります」


そこで高須賀くんは鞄から2枚の紙を取り出した。


「まあ色を白黒にして向こうの女子生徒をよく見えるようにしただけなのですが、予想通りこの人は────」


(あ、待って!)


その瞬間真昼は高須賀くんの持っている紙を取ろうと腕を伸ばした。

被害者は自分自身がよく見えない写真を送ってきた。それは被害者が誰なのか他の人に気づいて欲しくないはずだからだ。

それをここで生徒会メンバーだけだったとしても、プライバシーの問題もあるがただ単純に可哀想と思ってしまったのだ。

暴行というトラウマにもなる被害に加えてそれを他人に広められる。

そんなのあんまりじゃないか。

だが、真昼の腕は高須賀へと届くにはあまりに遠すぎた。


(間に合わない………)


真昼の腕が空を切り、そして高須賀はその続きを口にした。


「この人は───────AV女優の星野めぐみさんだったのだ!見てくださいこの三角形のほくろ。そしてこの恍惚とした表情に、ボンキュッボンの淫猥な身体美! このDVDの表紙と一致してるんですよ!」


……………はぁ?


真昼が伸ばした腕は力をなくし机へと落ちた。

理解ができない、このバカ男は何を言っているのだろう。

高須賀が持っている紙は1枚は白黒の画像。もう1つはどこから持ってきたのか成人向けDVDの表紙だった。そこにはどこかの制服に身を包んだ女性が白黒画像の女性と同じように座り込んでいて、表紙には大きく『SとM終わらない戦い~もっと私を嬲ってくださいご主人様~』と書いている。


「死ねアホタカあああ!」


「びぶらっ!」


自慢げに張っていたその胸を潰すように美晴が思いっきりどつく。

後ろにある棚まで軽く吹き飛び背中を強打して止まった。


「なにそんなの学校に持ってきてんのよ! 馬鹿なの死ねよ」


「高須賀くん、流石にそれはないよ。人の趣味にはとやかく言わないけど見せびらかすのはちょっと……」


「い、いえ! これは違います! こんなの私の趣味ではありません! 信じてください!」


美晴に続き真昼も追撃をする。

散々な言われようの高須賀はわたわたと慌てながら弁明をするが、しかし、軽蔑な目を向ける女子二人とため息をつく山本くん、なぜか後ろでグッドポーズを向けているタクの誤解はそれだけでは解けそうにない。

焦りながらもすぐに自分の机に戻り2枚の紙を再び掲げる。


「これは送られてきた暴行写真とこの表紙の写真が同一のものだという証拠という訳です!」


「いいんだぜ、言い訳なんかしなくても。別に高須賀がSだろうがMだろうが、そんなの人の趣味だしなぁ」


「だから違うって言っているだろう! つまりこれはすごくよく出来た合成写真だったという訳です。この制服も、はだけているのと暗すぎるので私たちの学校だと思ってましたがこの表紙に映っている制服の色を変えてただけです!」


ニヤニヤしたタクの茶々入れを一蹴し、ようやく高須賀は昨日の事件の答えをだした。


「だからこの画像を警察に提出しても合成はバレていたでしょう。だから警察に行かず須川のいるこの学校の掲示板に書き込んだんだと思います」


確かに、そう考えれば全て辻褄があう。この書き込みは教師にも警察にも見せたかったものでは無い。合成写真だと気づかない、この掲示板に訪れたたくさんの訪問者たちに見せたかったのだ。


「昨日美晴が言ってた話を覚えていますか。この話以外に3人の被害者がいる。だからその3人の中の誰かがリスクなしに須川を暴露しようとしたのではないか、と私は考えました」


そう付け加える高須賀くん。もちろん今になって高須賀くんを責めるものはいない。彼は今回の事件を全て解き明かしたのだから。


しかし、真昼にとって問題はそこではない。


これが本当に合成写真であってもなくても変わらない。被害者は確かに存在して、そして助けを求めるためにこの掲示板に書き込んだ。方法はあまり褒められたものでは無いが、しかし本人からすると本当に悔しくて報いを受けさせたかったに違いないのだ。それがたとえ証拠がひとつも無かったとしても。


「じゃあ私達はこれをどうしたらいいの?」


それは今回の事件で真昼が1番悩んでいたことだ。私達はこの被害者に対してどう対応したらいいのか、それは真昼自身あまり分かっていない。


「………ッそれは…」


やはり皆も同じなのか悩んでいる。この画像を、この書き込みをどうしたらいいのか、と。

未だに書き込みは非表示にしていて、他の一般生徒や近所の人などの第三者が見れない状態だ。

私は何気なく添付されているファイルの2個目、被害者からの手紙を見る。

まず最初には犯人が須川だという告発、そしてどんな事をされたのか、今どんなに苦しんでるのかが書いてある。所々滲んでいたり震える手で書いたからか文字が安定していない。

そして、最後には『さようなら』と。

それを見て、真昼の決心は固まった。


「みんな、この書き込みもう一度載せよう」


息を呑む声、息を吐く音、苦悶する声、各々が真昼の真意を読もうと考え込んだ。

しかし、真意なんて大層なものじゃない。

ただ、可哀想だから。

被害者の子は悔しくて悔しくて、少しでもやり返しがしたかったからここに書き込んだ。つまりこの掲示板に須川を貶める助けを求めて書き込んだのだ。

それに私達は聖人じゃない。


(例えこれが間違った選択だったとしても、私はこの子を助けたい)


それは真昼が下した迷いのない決断だった。

しかし、


「会長、私は反対です」


皆の反応はあまり良いものではなかった。


「確かにこの被害者の方は辛く悔しい気持ちでいっぱいでしょう。少しでも須川に罪を償って貰うためにここに書き込んだと私も思います」


「じゃあ、私達はそれにむくわなきゃいけないんじゃ……私たちに、期待して送ってくれたんだから!」


これは創設してすぐに書き込まれた。という事は生徒会役員が気づくのは明白。それでも被害者の子は『生徒会の人達なら消さずにそのまま載せ続けてくれる、私の味方になってくれる』。

そう期待して託してくれたものでは無いのか。

真昼は高須賀くんや他の役員を説得するが、しかし誰も縦に首を振らない。

だからといって別に役員達はふざけて真昼に反対している訳では無い。

笑っているものは一人もいない。みんな真面目に考えてそれでも掲載しない方がいい、という考えに至ったのだ。


「私もそれは心苦しいです。でもこれじゃあ証拠にならないですし、合成写真だと分かって掲示板にのせ続けるのも生徒会の名誉に関わります。1度非表示にしているのは教師にもバレていますし、ここで再び掲載するのは生徒会自体が須川を貶めようとしているふうにも見られます」


苦い顔をした高須賀くんは少しの間を取って真昼からの説得に答える。

それはごく当たり前のことだ。

生徒会が1生徒を侮辱する、なんてそんなのが広まれば今まで生徒会長として頑張って積み上げてきたものが全て水の泡になる。

問題はそれだけでは済まない。

生徒会の皆ももちろんそうだ。命令を出した私はもちろん、皆も自宅謹慎になってしまうかもしれない。最悪退学もありえる。

それに山本くんは全国大会を控えてる身なのだ。

そんな事になればそれこそ山本くんの人生を狂わす事にも繋がる。

もう真昼の口からは何も出なくなってしまった。

そこまで繋がると真昼の目から先程までの決意の火は消えていて力なく俯いてしまう。

爪がくい込むまで手を握って唇を強く噛み、漏れ出た声がやるせなさを感じさせる。


「もうこのことは忘れた方がいいです。会長、目の下にクマついてますよ」


近づいてきた高須賀くんが真昼の両肩に手を乗せ落ち着かせてくれる。

真昼は頑張ったからもういい、そんな言葉が何処からか聞こえてくるほど。


それから10分ほど美晴に頭を撫でられ続けようやく真昼は復活した。


「みんなはもう帰っていいよ。私はもう少しだけここにいる……」


荷物を手に取る役員達に向かってそう言う。

1人にして欲しい、それは言わずとも役員達には伝わったのか1人一言ずつ別れの挨拶をして帰って行った。美晴が少し迷いを見せつつも会長席に座る私を見ると小さく手を振って帰って行った。



**



『どうしたの、まひる?』


「うん……ちょっと顔を見たくなって……」


さっきまで携帯の電源を切っていたのでハクは先程あったことは知らないはずだ。もちろんハクに今回の事件を知らせない為に電源を切ったのだが、どうしても真昼は相談がしたかった。どちらの選択が正解なのか、それが分からなければ真昼はまた悔しい想いでいっぱいになってしまう。


「あのね、ちょっとだけ相談に乗ってもらえない?」


『……うん、いいよ』


その声は酷く落ち着いていた。いつもの天真爛漫な声とは全く違う包み込むような声だった。

その声に背中を押された真昼は少し潤み声で今あったことを少しずつ口に出した。


「それでね、ある人からもう今日の事は忘れた方がいいって言われて……でも、こんなの忘れられないよ……今、まさに泣いてる人がいるんだよ!助けを求めてここに書き込んだのに、それに気付かないふりをするなんて……」


とうとう真昼は耐えられなくなった。潤み声は次第にどもったり、目元は熱で熱くなる。


「助けたい、のに……なにもできない…」


相談しているという事を、もう真昼の頭からは無くなっていた。

ただ独り言のように小さく、うわ言のようにぽつぽつと口に出していく。


こんな状況もう出会うことないと思っていた。

あれから私は生徒会長として跡を継いで、必死に頑張って、だからあんな悲劇もう起こさせないと、そう決心していた。


なのに。

あれから私は全く進歩していない。この無力感はあの時と一緒だ。

私は、大事な人との約束すら守れなかった。


「私、また出来ませんでした……先輩…どうしたら、いいんですか…」


その消え入りそうな声に答えてくれる人はこの部屋にいない。

問いかけたい人はもうこの世にはいない。

結局今日も一緒だ。私には何も出来ず、そうしてまた1人見捨てるのだ。


でも、と真昼は痺れる思考で願った。


もし、誰かが助けてくれるなんて子供の夢物語、それを叶えてくれる人がいるなら…


『助けて欲しいの?』


ハッと俯いていた顔を上げる。

スマホの画面に映る少年がこちらに手を差し伸べていた。

慈愛に充ちたその表情がボロボロに砕かれた真昼の心を優しく、それでも逃げないようにしっかりと掴んだ。


その手を取るのなら後になって嘆いてはいけない、と誰かが忠告した。

ここで頼ればこれからの人生何処でも頼ることになる、と誰かが言明した。


無数の声が真昼の中で戒め堰止めようと響くが─────それでも真昼は縋った。


「うん、助けて欲しい」


もう何も出来ないのは嫌なんだ


それは真昼の日常を揺るがす1つの変化となった。

そして少年は純粋無垢な笑みで微笑む。


『まひるの悩み、解決してあげる』


助けを求める者へと手を差し伸べるそれは、はたして勇者か、はたまた悪魔なのか。

それは今の真昼にはまだ分からない事だった。



***



「んだよこれ」


あと少しで敵の本拠地を叩ける、その直前でアプリがフリーズ。

画面の上から『アップデートをしてください』というお知らせが降りてきた。


「おい、なんか急にアップデート来たんだけど信介の方も来たか?」


「はぁ? 早くしろよ猛。もう部活練始まんぞ」


そう言われスマホの右端に映る時計を見ると12:40を示している。

あと5分で体育館に集まらないと先輩にどやされることに違いない。


「あぁ、くそ! あと少しだったのによぉ。てかどんだけアプデ入んだよ、昨日もあっただろが」


悔やむ気持ちを抑えながらアプリを落とす。


「あぁ…そういや…」


片付けようとカバンに入れたスマホを再び取りだし、スマホをつけて先程来たお知らせを見る。


アップデートを部活練の間に終わらせよう、とお知らせから『アップデートをする』を選択し、そのまま苛つきをぶつける様にスマホを鞄へ投げた。






12:55


「真昼! チャンネル! テレビつけて!」


それは帰ったはずの美晴だった。

彼女はいつもクール系を気にしていたため滅多な事では走らないのだが生徒会室に飛び込んできた彼女はまさに全力で走ってきていた。


そんな彼女の姿にぽかんとしていると美晴は近くにあったチャンネルを手に取り生徒会室に特別で備え付けているテレビをつけ。


そしてテレビは暗い生徒会に妖しい光を放った。


最初は急な光によく見えなかったがそれも数秒、すぐに目は慣れ、そして映っている内容が真昼の目へ届いた。


「………………なに、これ…」


苦しく喘ぐ声、苛立ちを表す怒号に、殴打の鈍い音。


それが東京全土に響き渡る。


ある所は電気屋のテレビ置き場。ある所は高いビルが立ち並ぶビル街。ある所はとある民家で。ある所はどこかのオフィスや病院、食事処。

そのチャンネルを映していた至る所からその悪辣な映像が流れていた。

その映像は顔が影で暗くなっている女性を暴行する映像だった。本人が撮っているのか、かなり映像は荒くぶれている。

しかし、さすがに撮影しながらはめんどくさかったのか後ろにいるもう一人の男に手渡して。

そうして、東京全土に須川猛の暴行シーンが流出した。


5月2日。ゴールデンウィーク初日のこの日から私の日常は狂い始めたのだ───────


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は今日、勇者を殺します。 きまま 夢空 @kimama_yumezora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ