第2話 真昼の家族模様
学園から約6分歩くと最寄りの新宿駅に到着する。
そこから埼玉方面に25分、そこが私の生まれた町「
確かに学園付近の学生街と比べると三嶋は田舎ではあるが、駅を出てすぐある商店街は活気づいていてまるで引けを取らないと私は思っている。みはるん達に言ったらすごく馬鹿にされたが。
それでもこの町の魅力は活気だけではないのだ。
「あ、真昼ちゃんおかえり。遅いわねぇ、今日も生徒会の仕事だったの?」
声をかけてきたのは今年64を迎えた元気なおばさん。
この三嶋町の町役場の委員長をしていてこの町の人なら誰もが知っている三嶋町のお母さん、名を
そんな多恵さんはもう閉店から1時間ほど経っているのにまだコロッケ屋を閉じておらず紙の袋にコロッケを包んでいた。
疲れているがそれでもこの町に着いたのだからと無理矢理に笑顔を作った。
「ただいま。うん、ちょっと今忙しくて……たえさんは今日調子良いみたいだね」
「そりゃこんな時間でもコロッケを買いに来る人は多いからね! 真昼ちゃんも食べな。元気でるよ」
「ほんとに?ありがとう!」
程よい温もりが受け取ったコロッケから伝わり胸が暖かくなるのを感じる。
そのまま今日あったイライラもぶつけるようにコロッケにかぶりついた。
口の中にじゃがいもの香りが広がり、大きく切られたじゃがいもや玉ねぎの食感が堪らない。
隠し味にバターを入れていることもあり、かぶりついた瞬間は現実を忘れるほどの幸せを感じる。
これが三嶋名物の1つ、『たえばあ』のコロッケだ。
「たえさんのコロッケほんっとに美味しい!」
「はは、ありがとさん」
この会話もたえさんがコロッケをくれる度に毎回しているがそれでも足りないくらいこのコロッケは美味しいのだ。
いつからか分からないが、このコロッケを味わうことで地元に帰ってきた、そんな感傷に浸ってしまう様に最近はなっていた。
そうやってコロッケをもぐもぐと味わっていると自転車が私たちの隣に止まった。
「お、新宿ガール。今日もコロッケ頬張ってんな」
この私を小馬鹿にしてくる男は
彼とは小学生からの付き合い、って言っても腐れ縁の幼なじみだ。兄のような存在で昔はよく公園で一緒に遊び馬鹿みたいな事をしていた彼が今ではこの町の警察となってしまっていた。世も末である。
「当たり前ですー。私の生きがいの1つですから」
私はふいっと顔を背け再びコロッケの咀嚼を始めた。
その態度を見てごめんごめんと片手を上げ軽く謝ってくるがこの会話も何回もした。もう許す気なんて毛頭ない。
するとりゅう兄は私が食べているコロッケを注視して、
「なあたえばあ。俺にも1個くれよぉ」
すぐに食べ物の方へ傾いた。
昔からこの人はこんなやつだった。これさえなければいい人なのに、と私は胸の中でため息を吐く。
そんな感じに私が胸中を騒がしていると頼まれた、たえさんは「ふん」と鼻を鳴らし、
「何言ってんだい。あんたがここら辺ぶらついて仕事サボってんの黙ってあげてるだけ有難いと思いな」
「これはぶらついてるんじゃなくてパトロールだって!最近じゃかなり物騒になって来てるからな。俺がこうやって見回ってんの!」
すぐにりゅうにぃも反論し何故か自慢しているように胸を張っている。ちなみに彼のことは昔は隆にぃと呼んでいたのだが、気づけば隆二さんと呼ぶようになっている。
「隆二さん、最近何かあったの?」
私は別に許したつもりは無いけど三嶋町に住んでいる者として気になるのでしょうがなく口を開く。
すると隆二は片手を顎に添え思い出すように答える。
「ん?あぁ、最近噂程度なんだがな、変な宗教に勧誘された、とか夜道歩いてたら黒スーツの男に追われた、とか」
「なにそれこわ」
まるでどこかのB級映画のようだ。
「そうそう、だからこうやってこの街の平和を守ってるってわけ。
だからさたえばあ、1個ぐらいくれよぉ!」
やはり食べ物が優先なのか会話を完全にコロッケの方へと逸らされる。
そんな隆二にたえさんは親指で右方向を指しまるでRPGのボスキャラのようにほくそ笑んだ。
「残念だけど売り切れよ。ほら、見なさい」
そこには大量のファイルを抱えた女性がこちらに歩いてきていた。
「あ、またやってるー!ほんと仲良いね、そこの3人は」
手荷物がいっぱいなのにも関わらず無理矢理に手を振りそのせいで落としそうにあたふたとしている。
彼女は
ちなみにこの人も昔から私の面倒見てくれるお姉さんのような存在だ。まありゅうにぃと澪さんは同い年なのでその2人の輪に私たちを入れてくれたような感じだが。
そんな彼女も今は大人となり弁護士の仕事を頑張っている。まあその手荷物や帰宅時間を考えるとあまり楽ではなさそうだが。
そんな澪さんは急ぎ足で私たちの元に来て開口一番、
「おばちゃん、今日も余ってるコロッケ全部下さい!」
「はいよ。待ってなさい、裏から袋持ってくるから」
『全部下さい』。
そんなパワーワードを聞いても私達は動揺しない。
この習慣は澪さんが高校1年から続いているものなのでもはや風物詩になりつつある。
ちなみにたえさんが閉店時間を過ぎても店を開けていたのはこれが理由だったりする。
「真昼ちゃんも今帰りなんだ。いーわね、この年から残業というものを味わってたら社会に出た時楽よ」
本当にいい笑顔で言ってくるから怖くなる。なに、社会ってそんな感じなの?定時帰宅って言葉は存在しないの?
「やだよ!社会に出た後だって残業したくないよ!」
私はたまらず「そんな社会認めない」と叫ぶ。しかし、その言葉にも澪さんは儚い笑みを浮かべた。
「ふふふ、私も高校生の頃はそんなこと言ってたっけ…
あ、おばちゃんありがとー!」
(ナイス!たえさん!)
澪さんはブルーモードに入るとかなりの長時間入ったままなので直前にコロッケを持ってきてくれたたえさんに感謝。
「はいよ。真昼ちゃん安心して。万が一残業ばかりの仕事に着いて嫌なら私のところで雇ってあげるから」
「はーい!期待しときます!」
やった!これでブラック社会に押しつぶされても、永久就職先が決まった!
しかしそんな暖かい雰囲気の中1人だけまるで雷が打たれたように驚愕している人物がいた。そう、隆二である。
「え、ちょっと待って。夜勤が当たり前の俺の職場ってもしかしてブラック?」
隆二はそんな有り得ないと言わんばかりに口を震わせながら慎重に同い年の澪さんへ問いかける。
すると澪さんはこれまでにないくらいのいい笑顔で答えた。
「あんた気づいてなかったの? 真っ黒中の真っ黒。オンリーブラックよ。」
「な、なんてこった………この先やって行ける自信無くなっちゃったじゃねーかよ...」
まるでコントのような二人の会話に自然と笑みが浮かんでしまう。そして、ハッとした。
あまりに皆と話すのが楽しくて時間を忘れていた。スマホは20:50を示し、それと同時に怒りの形相をしているある人が頭をよぎった。
「あはは、それじゃあさようなら。たえさんコロッケ美味しかったです。また明日!」
「はーい。頑張ってねぇ」
「じゃーね、真昼」
「…………」
がくりと落ち込む隆二を後に私はみんなと別れ、少し早歩きで帰路に着く。
そうして気づいた。電車をおりた時にあった疲れや鬱が全く感じなくなっていたのだ。
生まれも育ちも三嶋。
だからかこの街の人々は実の子供のように良くしてくれている。まあ私に母が居ないことも大きいんだろうけど。それでも私にとってこの街の人々は家族そのものなのだ。
商店街から歩いて5分程度そこに私の家がある。
父の経営が上手くいっていたこともあり私の家は周りよりも少し大きな一戸建てに住んでいる。
しかし、今となってはそれが逆に胸を痛めていた。
母がいなくなってからは使われなくなった部屋がいくつもあり、その部屋を見る度、母を思い出して泣いた事もある。
「あー!やっとおねぇ帰ってきた! 今何時だと思ってんの!9時だよ9時!」
現在小学4年生のこの子は私の妹、千年原しずく。いつもはシュシュで纏めている髪が解かれお気に入りのパジャマを来ている姿を見るともうお風呂を済ましているようだ。
「もうお腹減ったよ!早く食べよ」と可愛らしく文句を言ってくる。今では家にいるたった一人の家族だ。
「ごめんねしずく。今日も晩御飯任しちゃって」
両手でごめん!のポーズをとり我が妹様に許しを乞う。しかし、それにはあまり怒ってないらしく少しポカーンとして、
「どうせ生徒会が長引いたんでしょ? まあその分休みの日には豪華な料理をこしらえてくれるんだよね、料理長さん?」
不敵な笑みを浮かべハードルを上げた要求を言い返してくる。
しずく、なかなかやるな。
「はいはい、わかりましたよ。先に料理用意してて。制服脱いだらすぐ行くから。」
私は靴を適当に脱ぎそのまま階段へと向かう。
今の会話を聞いて分かると思うがこの家の家事は全て私としずくで補っている状態だ。
母がいなくなってからというもの父は全くの別人へと変わってしまった。
母がいなくなった数週間は仕事をして帰って料理もしてと家事仕事を両立していたが1ヶ月が経とうとする時に現実を受け止めたのか一変した。
笑いはせずフラフラと足取りも悪い。いつも帰ってきては母の部屋や、母がいつもいた和式の部屋でずっと泣いていた。
その時に私達は提案した。他の家に引越しはしないかと。
しかし、父はこの家を手放せず再び苦しむ生活に戻ってしまった。
だから違う提案をしたこの家を手放さず父が療養出来る方法を。
この家に私としずくが住み別居で父が生活をするというものだ。
見方によっては父が私たち家族を見放したように見えるし、一方では父の厄介祓いをしたようにも見える。
しかし、当時ではこれが最良の選択だと思っていたし今もこれでいいと思う。
今の父は仕事に打ち込むことで逃げてはいるがそれでも受け入れようと頑張っている。
みんな前に進もうとしている。
なんて、これだけ言葉を連ねることが出来るなら将来は詩人も夢じゃないな。
そんな風に最後は自分自身を茶化して私は階段を降りてった。
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