第三話 まさにギャルゲーな君の日々

 くそっ!

 俺は朝のHR前のやや騒がしい教室で机に向かい勉強をしながら、一人苛立ちを覚えていた。

 集中出来ない。

 なぜって、なぜだかわからないが昨日の一件以降あのミステリアスな先輩のことが頭から離れないのである。それは単に容姿がよかったとか好きな匂いがどうのとか言われてドキドキ(?)してしまったというだけでは説明がつかない。その程度のことで、こうもずっと頭の中をめちゃくちゃにされてはたまらない。まあもっと言えば、名前を聞いてなかったなとか、結局彼女は何部だったのかとか、どうして俺を助けてくれたんだろうとか、はたまた実は本当に心優しい妖精とか幽霊とか、そういう存在だったのかしらなんてことまで、そんなことまで考えてしまっているのではあるが、だからといって、たった一人の人間についてこうも囚われるなんてことがあるか? 俺はどうにかなってしまったのか。そもそも、もうおよそ今後接点のないであろう彼女についていくら考えたところで、何の意味もなくないか? いやでも、もしかしたら彼女の部に入るという未来もないではないのでないか? いやいや、俺はなにをやる気になっているのだ? もしかして、これが恋というものなのか…………? 

 知るか!!!

 ああクソ、まるで集中できない。こんなことでは、大学受験どころか特待生待遇さえ危ういかもしれん。集中しろ、集中しろ、俺――

 と思った矢先、何者かに肩を叩かれた。

「あー、むしくんー! おはぽよ~!」

「ああ??!」

 ただでさえ出来ない集中を不意に邪魔されて、俺は不機嫌さ顕に振り返った。

 すると。

「ひっ……、な、なんでそんな急にこわい声だすのよ……っ!」

 そこには金髪で巨乳のギャルがいた。ビクビクしながら。

 それを目に映せば、彼女は何も悪くないのに自分の事情だけでひどいことをしてしまったなとさすがに反省の念も湧く。

「……ああ、悪い。ちょっとな」

「そ、そうなの……? アタシのことキライなのかと思った……。よかった……」

 たったこれだけのことでほんのり目元を潤わせながら、そう言って俺の隣の席へ勝手にストンと座り込むギャル娘。

 自己主張激しい見た目の割に、自分に自信がないのだろうか。

「なんでだよ。むしろ俺なんかに挨拶してくれる奴を嫌いになる理由がないだろ」

 俺がそう言うと、彼女はビクッと身体を震わせ、やたらと目を白黒させ、

「へっ、なっ、はっ、はァ……? だって昨日とか……逃げたじゃん!」

 と言いながら、俺をきっと睨んだ。

「昨日……? 逃げた……?」

 ん、何の話……? 確かに俺は上圓から逃げて、先輩に………………あっ!

「え、もしかし、覚えてないの!?」

 思い出した。ああ、言われてみれば、その顔と身体には見覚えがあった。

 昨日、なんか上圓との会話中に絡んできたビッチだ。

「お前か! 同じクラスだったのか!」

 勝手に先輩かなにかだと思っていた。女子にしては身長が高いし、性的にも発育がよく、またチャラチャラしているので、なんだか俺よりは大人感があったから。

「え、ええ?! イマサラ!?」

「仕方ないだろう、それまで面識がなかったわけだし」

「は、ハァ!? 何言ってんの!? あんた、昨日、朝! アタシに彼女つくるならどうすりゃええのん? みたいなコト聞いてきたじゃん! いきなり! ほんっとーに唐突に! てっきりアタシ入学二日目にして惚れられたのかとか思っちゃったんだケド!?」

「ああ、そういえば、そうだったような……?」

 確かにそれを聞いた覚えはあるが、このギャルにだったかは記憶が曖昧である。確かに、その辺にいたギャルっぽい女子に聞いたような気はするが。

「そうだったような……って、人の純情弄んどいてなんなのさー!!! アタシ、昨日の夜そのせいでずっとモヤモヤしてたんだかんな!!!」

 大声でだからどうしたとしか言い様のない告白をしてくる……あら……、えーと、なんだっけ、名前忘れた。あら……、あら……、荒井?

「いやいや、好きだって言ったわけでもないのにそう言われても。被害妄想だろう、それは。あるいは拡大解釈か」

「それはフロム脳なアタシの存在否定やぞ!!!」

「from脳? やぞ?」

 目をくわっと見開きギャルメイクを誇張しながら何事か謎の言語を話し始めたあら……荒川に困惑する。

「あ、いや、コホン。なんでもない。素が出ただけ。気にすんな」

 荒田(んー、これもなんか違う)は、なんでもないよというふうにぐっと親指を立てた。

「そうか。じゃあ俺は勉強に戻るから、これ以降話しかけないでくれ」

「うんわかったー……ってそうはならんやろ!!」

 またエセ(?)関西弁? どうした? 大丈夫かこいつ……?

 とはいえ、

「……なんだ、なにか俺に用でもあるのか?」

 最初に声をかけられた時に意味もなく悪い態度を取ってしまったり、彼女は俺を覚えているのにこちらは完全に忘れていたりした引け目がある為、もしそういうことなら可能な限り応じてやらねばという気概。

 すると彼女はほんの少し思案して。

「あ、うん。じゃー、昼休み、暇? いっしょしよ?」

 と言った。


「で、話とはなんだ、荒巻?」

 昼休み、晴天の下、俺と荒巻(たぶんあってる)は屋上にて誘い合わせの上、顔を付き合わせて昼食を食べることとなった。

 彼女の方がなにか自分に用事があるらしいので、早いとこその要件と食事を終えて残りの時間を勉強に充てたい俺は、自作弁当の蓋を開きながら開口一番本題に入る。

 すると真横でミルクティーのストローを咥えていた荒巻は、むせた。

「ごふっ……! や、あんたアタシの名前まで忘れてんの!?」

「あれ、荒巻じゃなかったか?」

「ビミョーに惜しいのがムカつく……! 荒木、荒木蘭菜! あーらーきー、らーんーな!」

「そうか、それは悪かった。うん、荒木蘭菜。がんばって覚えよう」

 荒木蘭菜荒木蘭菜荒木蘭菜荒木蘭菜……よし!

「まーいいケド……。しっかりしてよね、クラスメイトなんだから」

 荒木はそう言うと、細長い指でビシッと俺を指差した(とてもどうでもいい話なのだが、思ったより爪が短く切られていれていて意外だった)。

「わかった。迷惑をかけることも多いかもしれないが、よろしく」

「う、うん。こっちこそ」

 俺の言葉に、彼女はなぜか目を泳がせながらそう言った。あたかも緊張しているかのように。なんだろう、少し表現が硬かったのだろうか。次回からは気をつけよう。彼女ほどフランクにとはいかないにしても。

 

 さて。

「で、話とは?」

 弁当を適度にパクつきつつ、話を進める。

「ああ、そーだった……。そのさ、こっから先は出来ればクラスのみんなにはナイショにして欲しんだケド、おけ?」

 荒木はきょろきょろと辺りを見回すと、小声で内緒話風に耳打ちしてきた。そのせいで必然的に接触する肩の温もりや甘い香りを俺に味あわせながら。

 距離感の近さと綺麗な金髪がどことなく母さんを彷彿とさせる。スタイルは真逆なのに。

 俺は頷いた。

「わかった」

「よかったー。じゃー言うケド、アタシさ、部活作りたいと思ってて!」

「…………お前もかー。」

 頷かなきゃよかった。もうその話題には懲り懲りだ。

「お前も? あ、もしかして、昨日の淫乱ピンクのこと? やっぱそーゆー話だったか」

「まあな」

「でも、あっちのはやなんだよね? ね? だったら、うちの部入って欲しいんだけど!」

 そう言いつつ、ずいずいと俺の方へ身を乗り出してくる。近いっての。というか相変わらず胸元がアホみたいにはだけてるのが目に毒だからやめろ。やめてください。

 恋愛をしたこともする気もない人間にだって、性欲はあるんだぞ?

 咄嗟に入ってもいいよとか言いそうな自分がいたくらいだからな。三大欲求恐るべし。

 俺は食欲の方に無理やり意識を向けさせつつ、理性をフル稼働させる。

「そもそもどこにも入りたくないんだが……」

「は? マジで!? ウケるんだケドw だったらなんで明鳴来たしww」

 荒木はゲラゲラ笑いながら、バシバシ俺の肩を叩いた。

「なにがそんなにおもしろいんだ……。しかし、その反応……。ということは、やはり部活への参加が強制というのは本当なんだな……」

「ええっ、あんたソレ、知らなかったワケ?! ホント変態だな!」

 大げさに体を仰け反らせて(おい、今信じられないくらい胸が揺れたぞ!!?)、驚いてみせる荒木。

 俺は努めて冷静に客観的事実を述べる。

「変態は言い過ぎだろ」

 変人と言うのなら、まだわからないでもないが。

「あ、ごめん。褒め言葉のつもりだったんだケド、そっか、まあ、フツーはそー思うよね……」

 なんだその変な使用法は。ギャルの間で流行ってるのか? あるいは巨乳界隈で?

 トチ狂った妄想をしていると、荒木はいかにもギャルっぽい気軽な磊落さで。

「ごめんごめん、まあともかくさ、とりまウチの部入んなよ! その決まり知らなかったってことは、入りたい部もないんでしょ?」

 そう言われ、一瞬あの先輩の顔が浮かんだ。……ああもう、どうしてしまったんだ俺は。

 気を取り直す。

「いや、そもそも何部かもわからんのに入れとか言われても」

 なぜ俺を勧誘する奴らは皆、自分のきちんとした所属を明かす前に誘ってくるのか。お前らは架空請求の詐欺電話かと言いたい。

「たしかし。そーいえばそーだった」

 目と口を広げた間抜けな顔で、彼女はそうこぼした。

「まあアタシが作ろーとしてんのは、フロムゲー研究会なんだけど」

「……ん? なんだそれは? 聞いたことがない」

「あんたはゲームとかするタイプ?」

「しないな」

 なんだ突然。

「そっかー。まー、ここでソシャゲの名前とか出されても萎えてたし、それならそれでいいんだケド」

 よくわからぬまま彼女は勝手に納得し、しかも俺に更なる質問攻めをしてみせる。

「じゃー、えーと、ダークソウルとか、アーマドコアって聞いたことある? あ、アト、隻狼!」

「ないな」

「はあ……そっかー。まー、そうなるわなー。だったら当たり前だけどメタルウルフカオスとかアナザーセンチュリーズエピソードとかキングスフィールドとかブラッドボーンとか天誅とかデラシネも聞いたことないよねー……」

「ない」

 なんだその横文字の羅列は。呪文か? 一瞬天誅までテンチューという外来語かと思った。というかその可能性がまだ拭いきれていない。

 混乱状態の俺へ、彼女は続ける。

「じゃあ、モンハンは?」

「……もんはん? それはどこかで聞いたことがあるような……。それがなんなのかは、知らないが」

 中学の時、同級生(特に男子)がそんな単語を連呼していたような、いないような……。俺はその輪に(というかどの輪にも)入っていなかったので、よく覚えてはいないが。

「ああ、そのレベルね……。じゃあフロムなんか知らなくてトーゼンだわ、はは……」

 荒木は独り合点して、どこか自嘲するように乾いた笑いを浮かべた。

「えーと、お前は今、何の話をしている?」

 さっきから置いてかれっぱなしで、話が見えてこない。

「あーごめんごめん、つい。……つってもコレも、いちおー部活の話なんだけど」

「はあ? その、フロムゲー研究会……(?)というのが、さっき言った見知らぬ単語と何か関係のある部活ということか?」

「そうそう! 呑み込み早いね! さすが新入生代表の挨拶をしてただけあるじゃん! 確かあれでしょ? アレって、入試の成績一位だった人がやるって聞ーたよ~?」

 にへへとこっちを見て肘で小突く荒木。

「なんなんだ藪から棒に……。安直にヨイショしたところで、俺はあっさりお前の部に入ったりはしないぞ?」

 大体同じクラスということはコイツも特待生か特進生なのだから、同じ様なものだろうに。なにをいけしゃあしゃあと。もう少し考えてものを……、

 と――、考えてもみなかったが、勉強とかあまりしなさそうな見た目の割に、つまりこいつも実は高成績なんだな……。意外な、意外な事実……。

 少しだけ、好感度が上がってしまった。我が脳のなんと単純なこと。

 気を抜いていると甘言にのせられてしまいそうだ。気をつけねば。

 しかし、そんなようなことを考えて戸締りを強化したはずの心の中へと、隙間風がずかずか吹き込んでくる。

「そーやってナチュラルにことわざ会話に混ぜてくるトコが頭良さそう感ある」

 荒木はぼげーっとした明るい声でそんなことをのたまった。

 こいつ、もしかしてわざと馬鹿っぽく喋ったりそういう外見にしたりしてるんじゃないだろうな……? だって藪から棒くらい自分だってするする言えるはずなのだ。この学校に特待か特進扱いで入学しているのだから。

 それを敢えて愚鈍を演じる理由。

 わからない。わからない――が、きっと何か企んでいることだろう。人は理由なく自分を偽ったりしない。嘘などつかない。

 荒木、なんという腹黒い女……。

 俺は勝手にそんなような陰謀論めいた理屈をこね回すことで彼女の胸に視線が行きがちな自分を諌め警鐘を鳴らしながら、それでもやはり彼女の胸を目線の端に捉えつつ(デカい……)、言った。

「この程度なら、小学生レベルだ。……で? 結局のところ、そのフロムゲー研究会とはなにをする部なんだ? さっきの単語だけでは、まるで意味がわからないが……」

「んゆ、じゃー解説したげる。……ちゃけばさっきアタシが言ったのは、実は全部同じ会社で作られたゲームのタイトルなわけよ。で、そのゲームを作っている会社の名前が、フロムソフトウェアってゆーの。おけ?」

「要するに、そのフロムソフトウェアのゲームを研究する部活ということか?」

「うん。ばっちし!」

 彼女は両手を頭の上で合わせて○を作った(だからその豊満なモノが強調されるからやめろ……)。

「つまり、ゲーム部?」

 俺がとある部位から意識を逸らしつつそう言うと、なぜか彼女はやや不機嫌そうに。

「いやいや、ちがうって。言ったよね、いま? フロムが作ったゲームだって」

「だからゲーム部なんじゃないのか?」

「ゲームはゲームでも、フロムゲーだから……!」

 下を向きながら、よくわからないことを言う荒木。

「……? 何が違うんだ? どこの会社がつくろうとゲームはゲームじゃないのか?」

 そして、俺が素人故のそんな発言をした、その時――。

「―――おいガリ勉……、一つ言っとくぞ」

 突然、彼女の声音が激変した。

 更には顔を上げたと思ったら輝かしい金髪の狭間には血走ったおぞましい瞳。彼女はその鬼の様な表情のまま、俺の右肩に左手を叩きつけ、がっしりと掴んだ。

 ……危うく弁当をこぼすところだった。

「え、なんだ? 急にどうした?」

 呆気にとられる俺を他所に、突如豹変した荒木はさっきまでのイケイケ感が嘘だったかのように地の底から溢れ出してきたかの如きおどろおどろしい陰気な声で語り始める。

「この世にはなあ、アタシがゲームだと認めるモノは、一種類しか存在しねえんだよ……。それが、テメエにそれがなんだかわかるか?」

「さ、さあ?」

 ここでなにか不用意なことを言っってしまったら殺される……、そう思わせるだけの凄み――というか、イっちゃってる感が彼女にあって、俺は言葉を濁すしかなかった。

 すると彼女は固く握りしめていたいた右手までを、バシンと今度は俺の左肩に叩きつけて……。そのまま俺の首筋を両手で締め上げそうな勢いで声を荒げた。

「だったら刻め! テメエの亡者奴隷未満の腐った脳髄にしかと刻み込め! この世界にはなァ、何を血迷ったかおこがましくもゲーム様を名乗る糞以下の自称ゲーム共が溢れ返ってやがんだよ……。だがな、その有象無象の中で唯一、唯一フロムソフトウェア様がお作りになられたゲームだけが、『ゲーム』なんだよ……!!! 他の全てのゲームと呼ばれているものはそのイデアによってで来たくぁwせdrftgyふじこlpぴh@k@ぽ@ぴじゃいphhrgん!! ……はあっ、はあっ、はあっ……、わかったらもう二度と他の商業主義に堕した簡単ぬるま湯お遊戯体験ソフトと至高の芸術であるフロムゲーを同列のものとして扱うんじゃねえ……!! いいな、陰キャ?」


 ……???????????????!???!!?!??????!??!??


 俺はこの時、今後どんなことが起こったとしても絶対に彼女の部活にだけは入るのを止めようと、心に誓った――。



「……はっ!? あっはは……、ふへ、へへへ……、あー、めんごめんご~、アタシったらついフロムのことになると熱くなっちゃって~、あっはは~……ハハ……」

 彼女はなにもかもを言い終えた後でさっきまで極右の怪物みたいになっていたのが全て泡沫の夢だったように元の今時ギャル感を取り戻し、「やっべやっちまった」と言わんばかりの顔つきと掠れた声でそう言った。

 しかし、いくらなんでもあれほどのことを言われて見なかったことにするのは無理がある。

「なんだ今の」

「忘れろ」

 彼女は真顔でそう言った。

「無理だろ」

「頼むから忘れて。忘れろください」

 今度はお願いしますなんでもしますからとでも言いそうな感じで。

「努力はしよう」

「うう~、なんだよその善処しましすみたいなな感想……。まったく信用できないし……。この先宝があるぞ並に信用できない……」

 例えがよくわからない。さっきのフロムゲーとやらの話だろうか。

「そうか。ならばどうすればいい」

「アタシの部に入っ……」

「断る!」

 俺は荒木が言い終える前に断言した。

「なっ!? なんでそんな強い口調!?」

「いや、あんなものを聞かされて誰がよし入ろうという気になる? お前は俺が右翼の凱旋車を見てその一員になろうと思うタイプの人間だとでも思っているのか?」

「や、むしろ見た目はまともそうだケド……、てか、だからさっきのは忘れてって言ってんじゃん! 話題にしないでよ!」

「忘れろと言われて即忘れられるほど人間の頭は単純に出来ていない」

「いじわる……」

 むすっとした顔で俺を見上げる荒木。

 いやいや。

「なんで俺が悪いみたいな顔をするんだ……。そもそもお前が勝手に言い出したんじゃないか」

 俺が問い詰めると、荒木はいじけた声で、

「うー、だってぇ、ついカッとなっちゃってぇ……。仕方ないじゃん、フロムを馬鹿にされるとアタシの中の闘争心がオートでソウルの奔流になって……、って、またあんたに伝わらない話しちゃったし……。ううっ……、もうだめだアタシ……まだ三日目なのに……ぐすっ。」

 めそめそしながら支離滅裂な返答をした。

 突発的にキレたり泣いたり、情緒不安定な奴だな……。口調も安定しないし……。

「おい、泣くなよ……」

「ないてない。」

「いや、泣いてるだろ。メイクが崩れるそ」

「ないてないぃっ……! アタシがそう言ってんだからそうなんだよ! むしくんなんかに泣かされたとか噂になったら困るだろうが! お互いに! 少しはものを考えてしゃべれ陰キャ! ううぅっ……ずずっ」

 また急にキレるし……。でもやっぱり泣いてるし……。というかなんで俺が怒られないといけないんだ……。

 ある意味あの上圓並みに理不尽なんだが。

 しかしこれ以上感情を爆発させられても困るし――。

「ごめん」

 とりあえず謝っておいた。

 すると、しばらくの沈黙のあとに、太めのストローでずずーっとミルクティーを吸い上げた荒木はこちらを見つめ、

「……今日のことはぜんぶ、口外禁止だから」

 そう言ってまた下を向いた。

「大丈夫だ。誰にも言わない。そもそも言う相手もいないしな」

「あはは……、むしくんも友達つくるの苦手なタイプなんだ?」

 彼女の声に優しさが灯る。むしくん『も』ということは、意外だが彼女も友達の少ないタイプなんだろうか。

「まあな」

 謎を残しつつも俺が同意すると、荒木はうつむいたまま、ぼそっと呟いた。

「……じゃあ、アタシがなってあげてもいいよ?」

「え?」

 つまり、友達に……? お前が……?

 もっとも俺とは縁遠そうな人間からのそんな提案に、言葉を失う。

 が――。

「アタシの部に……入ってくれたら、だけど」

 彼女はこちらを向くと、茶目っ気のある笑顔でそう言った。

 思わずその笑顔に、頷いてしまいそうになる。

 少しだけ、強がっているように見えたから。

「それは…………無理そうだな」

 けれど、だからこそ、簡単に頷くのも違う気がした。

「ひどっ! 人でなし! 弱った女の子たってのお願いなのにっ……!」

 むくっと膨れ顔で、荒木は冗談めかしつつ俺を糾弾した。

「そう言われてもな……。大体、なんで俺を誘うんだ? 他にもフロムゲー(?)の好きな人間はいくらでもいるんじゃないか? それに、そもそもゲーム部くらいならわざわざ作らなくても既にありそうなものだが」

 俺がそう言うと、彼女はまたも目を細め眉間に皺を寄せた非常に険しい表情になって、

「……だからまたその話をさせる気かオメエは……! ゲーム部はあってもフロムゲーの部活はねえんだよタコ! あたしはいわゆるゲームじゃなくてフロムソフトウェアのゲームがしたいの! わかるかこの意味が? わかれ!」

「済まない、その手の知識に疎くて」

 わかれと言われてもゲームなんてしたことがないのでわかりようがない。

 もしかするとゲームにも高級ブランドみたいなものが存在し、例えばどこそこの老舗が作っている高級な醤油しか醤油と認めないとか、何百万もする時計を有り難がるあまり仮にノンブランドだが千円未満にも関わらず機能的なコスパ最強時計があったとしてもそれらは時計とは見做さないみたいなことがゲーム業界でも起こりうるということなのだろうか。うーん……。

 なんて俺なりに彼女の言うことを理解しようとしていると、どうやらその方向性は金銭的なものではないらしく、

「ったく、むしくんでもわかるように言うとさ、アタシは文学が好きなんじゃなくて、太宰治だけが好きなわけ。芥川龍之介とか、ドストエフスキーとか、村上春樹は好きじゃない。だから文芸部に入りたいんじゃなくて、太宰治部に入りたいって言ってんの。で、そんな部はないから作ろうって話。よろしいか?」

 なるほど、そういうことか。ようやく理解した。つまりフロムゲーは好きだが、別にゲーム全体が好きなわけではなくてフロムソフトウェアが作ったゲームだけが好きであり、よってフロムソフトウェアの部活を作りたいということだな? なるほどなるほど。

 だが――。

「お前は頭がおかしいのか?」

 それ以外の感想がない。

 なのに。

「ありがと」

 彼女はなぜか嬉しそうな顔で俺を見た。

「褒めてないが」

「知ってる。でもアタシは、そう言われると嬉しいんだから仕方ない」

「お、おう……」

 やっぱりこいつヤバいやつなんじゃないか……?

「それにさ、この学校ではそれくらい別に普通のことっぽいよ? ゲーム関連の部だけでも20個くらいあるらしいし、他にも音楽とか小説に漫画系も、みんなそれぞれのジャンルに特化した部を作って少人数でワイワイやってるみたい。それこそ、ジャンルごとどころか作家ごとに部があるレベルに。だから、フロム部つくるくらいじゃ、アタシは全然特別にはなれないよ」

「この高校、そんなに特殊な校風があったのか……」

 そもそもこの学園がヤバいというオチか、これは。

 なんだかまだまだ俺の知らないおかしな校風だの伝統だのがありそうで末恐ろしい。

「はーあァ、それ知らないで入っちゃうんだから、むしくんはホント…………、はあ……。少しうらやましい」

「はあ?」

 本人としては七難八苦――と言ったら大げさかもしれないが、それに近い状況にあると認識しているのにも関わらず、何を言うのかお前は。そんなことを言われても、困惑しかない。

 しかもさらに、

「まあだからこそ、アタシはあんたを誘うんだろうね」

「意味がわからないんだが……」

「一言で言うとさ、部員、だれさそおっかなーって思ってる時にさー、むしくんがいっちゃんフロムゲーに向いてるって、こうビビっときたワケ。だから。」

「そのフロムという名前すら聞いたことがなかったのに?」

「あっはは~、ソレはカンケーないない~。知識量でマウントをとるのは二流三流のすることだもん。アタシはそーゆーのじゃなくて、あんたの精神性を評価してんの」

「精神性?」

 俺のことをさっき陰キャだのガリ勉だのと揶揄していたくせに?

「ちょっと変わってるところ。普通じゃないところ。変態なところ。そーゆー特別さをさ」

「俺はいたって普通の高校生だが……」

 それにどう見たって荒木の方が特別な人間だと思う。ギャルで美少女なのにフロムゲーとやらが好きらしいし情緒不安定だし胸も大きいし。太腿も淫靡。

 ……だけども、逆に彼女も自分は普通だと思っている節があるらしく、どこか羨ましがっているとも思えるようなトーンで俺のことを特別視している根拠について語りだす。

「いやいやー、まず入試成績一位なとことか、他人にあんま興味なさそうな顔してまだ出会ったばかりのアタシに彼女の作り方聞いてくるヘンなトコとかさー。もう、むしくんてばめちゃくちゃ変態じゃん? そーゆー変態性、フロムに向いてるって!」

「自分ではそうは思わないけどな……」

 というか変態だと向いてるって、そのフロムゲーというのはどういうゲームなんだ……。

「それに極めつけがアレよ、ラブレターをそっとじしたコトね」

「ラブレター? ……あっ、昨日のあれか……。っていやいや、どうしてお前がそのことを知っている?」

 あの一件は、俺以外誰も知らないはず……。なにせあの話は母さんにすら話していなんだぞ?

 しかし彼女はバンバン俺の肩を叩きつつあっけらかんと。

「なぜって? そりゃアタシが仕掛けた罠だもん。知ってるに決まってんじゃーん」

「は? あれ、お前がやったの? ……ん、え、もしかして、好きなの?」

 動揺して態度が軟化してしまった。

「いや、アタシがやったのはそーだけど……それは、ない。うん、ベツにこの気持ちは好きとかじゃないし、たぶん……」

 ぼそぼそ曖昧なことをぼやきながら否定する荒木。

「じゃあなんだ? 嫌がらせか?」

 なんだよ、さっきの一瞬の俺の胸の動悸を返せ。母さんから出された条件を早くも達成できるかもと思ってしまっただろうが。

「いやいや、適性検査適性検査―。アレはね!」

「は? 適性検査?」

 面食らう俺に、彼女は畳み掛ける。

「むしくんはー、RPGで道端にいきなり怪しい宝箱が落ちてたらどうする?」

「あーるぴーじー?」

「ああ、ソコからだったか……。まーいいや。……じゃ、通学路とかでさ、歩いてたら、そのへんになんでかはわからないけど大金とかが入ってそうなジェラルミンケースがぼんと落ちてたらどうする?」

 何の話だ。

「まあ、ヤクザ絡みのなにかかもしれないし、通報するかな。自分では触りたくない」

「ふふふー、やっぱりね!」

 俺が真面目に回答すると、荒木は得意気に胸を張った(元々張ってるものをわざわざ張るな! 目のやり場に困るだろうが!)。

 視線を逸らしても上はアゲアゲな美貌、下はムチムチな太腿と来ているので、俺はどうしようもなくなりながら弁当の方に目線を逃しつつつ、尋ねた。

「で、それがラブレターの件とどう関係しているんだ?」

「つまりむしくんはそこにあるものから現状で明示はされていない文脈を読み取って想像出来る人であり、かつ警戒心も強いタイプってことじゃん? だからフロムゲーに向いてるってわけよ! やっぱフロムゲー研究会入るしか!」

 テンション高めなところ悪いが、わけがわからん。

「だからそれとラブレターがどう関連しているんだと聞いているんだが……。さっきから独りよがりの会話ばかりしやがって……。いい加減にしてくれないか?」

 さすがにちょっとイライラしてしまう。

 するとどうやらそれが表に出ていたのか、また荒木は涙目になって――。

「うっ、そ、そんな怒らなくてもいいじゃん……。ごめんなさい……」

 しゅんとしてしまった。

 心が痛む。

 当たり前だが俺に女を泣かせる趣味などない。なのに日に何度もそんな顔を見せられては、こちらまで泣きたくなってきてしまう。

「あ、いや、怒ってるわけじゃないんだ。あー、勘違いさせたなら悪かった」

 取り急ぎ謝った。

 それを聞くと、荒木はほっとしたような顔になって。

「そ、そうなんだ。よかった……。むしくんにこやかさがないから、よくわかんなくてほんとこわい……」

「なんだそれは……。俺の容姿の否定か……」

 上圓にも言われたが、俺の顔って怖いのか? 母さんから全肯定されるので、その事実に気づいていなかった……。

「容姿というか、ふいんき……?」

「雰囲気……」

 そんな曖昧な。しかしそんなおどろおどろしい、同級生を泣かせてしまうほどのオーラが出ていたのだろうか。

「まーまー、そーゆートコもむしろフロムゲー向いてる感あるし、気にしなくていんじゃね? とりまアタシと一緒に創部しよ?」

 彼女は露骨に落ち込んでしまっていた俺を見て励まそうとしてくれたのか、それとも単純に自分の部へ俺を引き込みたいだけなのかは謎だが、明るい声でそう言った。

「だから何を以てしてその向き不向きを……」

 しかしそれが結局まだ謎のまま。今のところ、フロムゲーとは、なんかまともでない人間であればあるほど向いているゲームみたいな印象だそ……?

「ああそーだったそーだった。言い忘れてたわ」

 荒木はぽんと手を打った。

「ぶっちゃけさ、あのラブレターって、めっちゃ怪しくなかった?」

「怪しいというか、俺に送られてくるというのがよくわからなかったな」

「でしょ? 入学早々送られてくるラブレターとか意味わかんないでしょ? 警戒するでしょ? 中にカミソリ入ってんじゃね?みたいなコトをさー」

「いや、さすがにそこまでは」

 俺とて訝しみこそすれ、カミソリまでは想定していなかったが……。

 荒木は俺のやんわりとした抗議を無視しつつ、続ける。

「でもね、これが男子共ときたら――あ、むしくん以外の男子にも同じようなことを下駄箱だけじゃなくてロッカーとか机の中とかでやってみたんだけど――それがみんななんの疑いもなく封を切って中身を見ちゃうわけよ~。その時アタシは思ったよね、こんな奴とは同じ部でやっていけないって! だってそれダクソだったらミミックに喰われて死んでっからっていう」

 いやむしろそんなわけのわからない悪戯を不特定多数にした上でその一部始終を観察しているらしきコイツと同じ部活とか、たぶん向こうも願い下げだぞ?

 ――とはさすがに言わないでおくにしても、聞かずにはいられない。

「つまり俺はあのラブレターを開けなかったからお前に今絡まれているということか?」

「そーそー。選択には責任がつきまとうからね~」

 適当な言葉によって生じる後悔と苛立ち。開けとけばよかった……。

「第一、それが無責任に偽ラブレターを仕込みまくった奴の言うことか?」

「だからこーして責任をもってむしくんの勧誘に取り組んでるでしょ?」

 ばちっとウィンクをされた。

「それは責任をとっていることにはならんだろ……」

「いーじゃんベツにー。入る部決まってないんでしょ? 絶対たのしませるからさ~」

「入るにしても、自分の為になる部に入りたい。勉強部とかはないのか?」

「そんなの知らないって~。キョーミないし」

「あ、そういえば英会話部とかがあったような」

 うろ覚えだが、初日にそんな感じの部を見かけたような……。

「え、でもアレって実はビッチの巣窟ってウワサだよ?」

「なんだそれは、お前じゃあるまいし……」

「は? 何ソレ? どういう意味?」

 ややキレ気味にこちらへ詰め寄る荒木。どことは言わないが豊満なものがデデンと迫る。(お、お前は自分の身体の恵まれているポイントについてもう少し自覚し貞淑にしろ! 現在進行形でビッチ感が出てるんだよ! 気付け!)

「どういうもなにも、どう見ても……、」

 心では色々思いつつもさすがに言葉に詰まる。

 そんな時だった。

 俺が彼女の高校生にしては『女』過ぎる身体と、まだそれについてきていない彼女の心によって幻惑されていると、


「――って、せんぱーい、こんなとこにいたんですか~?」


「うわっ」

「げっ、昨日の淫乱ピンク?!」

 自分のかわいらしさに自覚的過ぎるあのピンク髪女が、ぱたぱたとこちらへ、これまたかわいらしい小走りで近寄ってきた。

「んん~、その声はギャル先輩? なんともまあ、今日も下品な乳ですねー」

「下品……。こ、コーハイちゃんだって中学生の癖に大きいじゃん! ばーかばーか!」

「や~ん、こわ~い! せんぱーいたすけて~!」

 上圓は俺と荒木の間に無理矢理自分の細身な身体をずいっと割り込ませるなり、俺に抱きついてきた。ぶわっと甘い匂いが弁当の匂いをかき消す。

「その気持ち悪い声と気安いボディタッチをやめろ」

「あっはー、照れてるんです~? かわいいな~。まあ、私の足元にも及ばないですけど」

「何の用だ?」

「せんぱいに会いたくて……」

 彼女はわざとらしく目元を潤ませて俺を上目遣いに見つめた。

「嘘をつくな」

 しかし俺がそれを呆れた顔で見やると、ケロッとした顔で。

「そこは素直に喜んだほうが人生楽しいと思いますけどねぇ……」

「やっぱり嘘なんじゃないか」

「べつにウソとは言ってないのがミソです」

「で、ホントはなんの用なワケ? 今、むしくんはアタシと話してんだけど」

「すみませ~ん。でも今からせんぱいは上圓と話すのでー、ギャル先輩はもう帰っちゃって大丈夫ですよ?」

「ふざけんなぶりっこピンク!」

「せんぱーい、うわーん」

 荒木の怒声に上圓が泣きついて、俺が箸を持っている方の腕を取る。

「うわっ、ちょ、やめろ! まだ食事中なんだぞ俺は!」

 しかも、獲物を狙う豹の様な目で俺の弁当を見て――。

「あ、そのハンバーグおいしそ~。上圓にもくださいよ~」

「断る。……って、おい!」

 上圓は掴んでいた俺の右手を引き寄せて、それが握っていた箸につままれていたハンバーグの切れ端を自分の口の方へ勝手に向けると、自分の頭もをそちらへと動かして、なんの躊躇もなくぱくっと人のおかずを食らった。

「はむっ! んん~、おいし~!」

 ぽぱーとほっぺたがおちちゃう~みたいなかわいらしい顔をしているが、俺は騙されないぞ……。

「うわっ……!」

 あまりの出来事に、荒木も絶句している。

「ふにゅー……、もう一口、いいです?」

「図々しいな……」

「ダメですか?(はあと)」

「そんなに食べたいのなら、、まあ、構わないが……」

「いいのかよ……。いや、それでいいんか、むしくん……」

 甘えた対応をしてしまった俺を、突然二十歳以上年下の女と結婚すると言い出した成金おやじを見るような目で荒木が見てくる。

 うむ、確かにお前が言いたいこともわかるぞ、荒木。

 だが。

「自分が作ったものを人に食べさせる機会はあまりないからな」

 母さんの為に覚えた料理だから当たり前なのだが、俺は他の人に自分の料理を食べさせたことがない。それ故に、きちんと美味しいものが出来ているのかどうかというのが、少々不安だったりする。なぜって母さんは優しいし非常に子煩悩なので、たぶんまずくても美味しいと言ってくれるであろうことが容易に想像できるわけで、毎日俺の作った料理を美味しいとは言ってくれてはいるものの、それがお世辞ではない正当な評価であるのかがやっぱり不安なのだ。自分の舌にも、あまり自信はないし。

 が、その点、この上圓なら、なんだかまずいものにはまずいとズケズケ言ってきそうな無神経さがありそうなので、あくまで研究の為にだな……。

 俺は心の中でそう言い訳をしつつ、箸で一口サイズに切り分けたハンバーグを彼女の口へと運んだ。

「あーん、あむっ。もぐもぐ……ごきゅっ。……はふー、いやー、せんぱいちょろかわ~。すき~」

 しかし、彼女のそんな甘え声と幸せそうな表情を見ていると、単純に自分の作った料理を美味しそうに食べてくれている上圓の姿に心を許してしまった自分がいないとは言い切れないなと思ってしまった。

「アタシはなんてもんを見させられてるんだ……」

 荒木なんぞはドン引きしている。

「……ん? というかせんぱい、いま、自分がつくったとか言いやがりました?」

 上圓は隣でドン引きしているギャルがいるのなんてまるで気にならないのか、平気な顔でそんなことを尋ねてきた。

「言ったな」

「え、まじで?」

「えっ……」

 上圓は媚の一切のない素だと思われる声を出し、荒木は言葉を失っていた。

 惨憺たる有様だが、取り敢えず頷いておく。

「ああ」

 いやしかし、なぜに二人共そんな呆然としているんだ?

 確かに料理は女性がするもの~みたいな固定観念が日本にはありがちだが、しかし職業として料理をしている人々は体感ではあるが男性の方が多いイメージもあるし、一概にそうは言えないわけで――――なぜそこまで驚く?

 俺が困惑気味に二人を見ていると、ぽかんと口を馬鹿みたいに開きっぱなしにしていた上圓がようやくスッとした顔になって(未だ取り乱し中のようではあるものの)話し始めた。

「は? せ、せんぱいがこのおいしいハンバーグを!? お母さんとかではなく? え、そんなバカな……!」

 目をくわっと見開いた上圓が、お前はアメリカ人かと言いたくなるほど大げさにそんなようなことを訴える。

 俺はむしろ母さんはチャーハンしか作れないんだけどなあと思いながら、反論。

「なにをそんなに驚いてるんだ? これくらい作ろうと思えば誰でも……」

 ところが、言い終える前に突如ブチギレた感じで荒木が割り込んできた。

「つくれねーし! アンタは、料理できない女子を全ロストさせる気か!」

「ほんとですよ! 上圓はかわいいので料理もそれなりに出来ますけど、そんな上圓より普通にうまいレベルですよこれは! ていうかこんなの店開けちゃうじゃないですか! もしこのおいしさとかわいいウェイトレスの上圓が組み合わさったとしたら、通年満員御礼なレベルじゃないですか!」 

 そこまで美味しいと思ってくれたのは嬉しいが、さすがに大げさ過ぎないか?

 そう思っていると、上圓はとうとう俺の手から箸をもぎ取って、

「ほら、ギャル先輩も食べてみてください、これ!」

 いや、なんでお前が勝手に……。

「はい、どうぞ!」

 持ち主の許可も得ず、上圓は弁当の中を箸で攫って、荒木の口元へと差し出す。

「あ、ありがと……。あむっ……あぐっあぐ…………。なっ!?」

 荒木は差し出されたハンバーグを口に含むと、まるで世紀の大発見でもしたかのような顔で虚空を見上げた。

 そんな彼女の肩を、上圓が両手でがしっと掴む。

「やばいですよね?」

「こ、これは、男子が作っていいおいしさじゃない……」

「男女差別じゃないか、それは?」

「だまらっしゃい! せんぱいは、いま、やってはならないことをしているんです……」

「だ、だまらっしゃい……?」

 およそ彼女の顔には似つかわしくない言葉に、面食らう。

 硬直状態のの俺へ、上圓は続ける。

「つまりですよ、上圓よりも料理がうまいということ、それは上圓よりも女子力が高いということ。それすなわち、料理というフィールドにおいては、せんぱいのほうが、私よりもかわいいということ……。なんという……。身の毛もよだつ……」

「いやいや」

「これはもう、責任を取って私の部活に入るしかありません!」

「何を言ってるんだお前は」

 過程から結論まで全てが理解不能。

 しかし、次の一言で更に俺の頭は混線する。

「いや、もはやアタシと結婚して欲しい」

「荒木まで……。頭がどうにかなったのか?」

「だってこんなおいしいハンバーグとか毎日食べたいに決まってるし! アタシがゲームしてる間にご飯作ってくれる男の人が理想の男性なんだもん、アタシ」

「うわ、ギャル先輩……、思っていても言わない方がいいことってあると思いますよ。特に、女なら……」

「お前が言うか、それを」

 うげぇという三文字が背後に浮かぶのを幻視するほどに引きつった顔をしていた上圓に呆れ声を返すと、彼女はにっこりと笑って。

「ねぇせんぱーい? それってぇ、どう言う意味ですか~?」

「そのまんまの意味だ。胸に手を当てて考えてみろ」

「うわっ、キモッ……。セクハラは止めてください」

「なにがだよ」

 意味がわからん。

 なんて思っていると、

「うっは、むしくん! これ、ホントおいしーんだけど!」

「なっ、おま、何勝手に他のものまで食べてんだよ!」

 いつの間にか荒木が俺の弁当箱を膝においてバクバク中身を食いまくっていた。

「あっずる~い! 私も食べたいです~」

「ふざけるな! 俺の分がなくなるだろうが!」

「いいじゃないですか~、だってこんなにおいしいんですよ~? 独り占めなんて、ずるいですしー、もったいないじゃないですかー」

 口を尖らせる上圓。

 なにもずるくはないしもったいなくもないんだが――。

 まあ、いいか。

「…………ったく、じゃあもう残りはやるからその代わり二度と俺を勧誘するなよ?」

「はあ~? むしろこんな特技があるとなったら、俄然私の部に引き込みますけど。覚悟してください、せんぱい?」

 え。

「いや、渡さない! 渡してなるものか……! アタシの部だからね! ゼッタイだからね! むしくん!」

 え。

「…………勘弁してくれ」

 手打ち金というか保釈金というか賄賂というか、ともかくそんなつもりで本日の昼食を手放すに至ったのに、完全に食われ損だった。

 しかも、それどころか。

「ていうか~、あしたから上圓のぶんも作ってきてくれません?」

 未来の搾取カリキュラムまで組まれてしまう始末。

 まったく……、と思っていると、金髪ギャルは白米をほっぺにつけたまま。

「あ、ずるい! アタシも! アタシのも! お金なら払うから! 言い値で!」

「じゃあ上圓は~、身体で払っちゃおうかな~。くふふふ?」

「アホか」

 そうこうするうちに、昼休みは終わった。

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