20話 拙くも論理を組み立てる
ネットカフェの個室でリュックを雑にひっくり返し、荷物を広げる。
先日入手した茶封筒を手に取って、中身の紙切れに目を通す。
こいつにしよう。
今、考えすぎるのは良くない。
とにかく一人でも多くの参加者を死に追いやり、冷静さを取り戻す。
風間の思考はすでに錯乱状態で、サイコパスのそれになっていた。
死を身近に感じて落ち着ける人間は正常ではない。
風間は当初、このゲームにスリルを感じていたが、今はもうこれが日常になり感覚が麻痺しかけていた。
生死をかけていると理解しつつも、真にゲーム感覚の参加者となっている。
報酬として得る他の参加者の質問票も、運営からのミッション—————ターゲットリストとしか見ておらず、どうやってこれを凶器に研ぎ上げるかばかり考えている。
水木唯。
質問票の氏名欄にはそう書かれていた。
「・・・みずき・・・?」
聞き覚えがあったが、すぐに思い出す。
先ほど智広から聞いたばかりだった。
下の名前までは知らないが、プロフィールを見ると大学生らしく、おそらくは同一人物だろう。
「世間は狭いねえ・・・。こんな近くに参加者ばっかりじゃん。」
智広から情報を仕入れるのも選択肢の一つだが、ラインはブロックしたばかりで、解除して連絡を取りたいとは思えない、相入れない人物だ。
関わりたくない。
一度拒絶反応を起こしてしまうと、簡単には克服できない。
とはいえ、一番手っ取り早いのは水木唯との間を取り持ってくれる存在に頼ることである。
そうこう考えていると、水木に何かしらの仕掛けを打つのが、もう既に億劫で仕方なくなっていた。
どうしたものかとライン画面と睨み合いをしていたら、美希から連絡がくる。
『近いうち会えない?』
最近は特に、会おうと連絡してくる機会が増えた。
そんな気分でも暇でもないと、心底うんざりしつつ適当に返事をする。
『ごめん、ちょっと忙しくて。』
いい加減、美希も関係を切るべきか。
しかし元々交友関係の狭い風間が、唯一といっていいほど気兼ねなく会える遊び仲間の女性であるため、さすがに気が咎めた。
そうやって全て切り捨てていくと、最後になにが残るのか。
残り少ない風間の良心的ななにかが、そう訴えかけていた。
さきほどの返事に既読がつくとすぐ、美希から今度は電話がかかってくる。
そんな必死に何を連絡とることがあるんだ。
苛立ちが募り、電源を切ってスマホを放り投げる。
思い通りにいかない。
結局水木の件すら後回しにして、別方向から今後の方針を練ることにした。
樋口からの手紙に戻るが、照準を一旦樋口から外す。
手紙の内容そのものに注目すると、やはり樋口があの文面を把握しているのは不自然だ。
本当に田岡の関係者なのか、あるいは花田ってやつからの情報提供か。
念の為花田のこともSNS上で調べたが、樋口と同じ大学に通う大学生ということ以外はわからなかった。
本来あのメールを見れるのは会社の人間くらいだ。
だが、世間的に見れば田岡は行方不明者となっている。
この程度で警察が捜索対象にするとは思えないが、少なくとも家族あたりには情報提供として、最後に連絡を取っていたこのメールを知り得るのではないか。
家族・・・嫁か、確か田岡には娘がいたはず。
家庭を持ったことなどないので想像でしかないが、あのメールを見たからといって、それだけで「同じような文面で相手に手紙を出してやろう」などとは思わないのではないか。
手紙を出したのは参加者で間違いない。
となれば、嫁か娘も参加者、もしくは、そこから更に別の参加者へ情報提供されたか。
別の参加者、それが樋口ということか。
経緯は知らないが、田岡の家族と樋口がなんらかの接点を持った。
そしてその樋口は花田と共闘関係にある。
推測に推測を重ねた強引な論理だが、そう考えるとしっくりくるものがある。
最近になって繋がりができて、それぞれの情報を持ち寄って敵対してきた。
徒党を組んで、この状況を打破しようとしてくる。
田岡の家族は、田岡の行方を追って二人と協力している。
相手チームの輪郭がようやく見え始めたが、どうしても一つだけ引っかかる。
なぜ樋口は名前を出したのか。
ここにメリットを見出せないため、樋口の思惑が読み切れず不気味さがこびり付いて離れない。
罠を張っているとしか思えない。
しかし自ら仕掛けておいて、かと思えば迎え撃つような作戦は非効率だ。
相手が油断しているときに攻勢をかけたほうがいいに決まっている。
・・・理解が及ばない?
樋口京香の策を、看破できないっていうのか?
そんなはずはない、もう少し時間をかければ、必ず見破れるんだ。
・・・まずい、行き詰まって考えすぎている—————
風間の脳は一通の手紙によって堰き止められている。
進む思考ではなく、停滞する思考。
今まで散々攻めの姿勢で臨んできた風間だが、ここにきて初期の頃の弱っていた自分が顔を出す。
守りに入ると人の脳は消極的になる。
同じ場所を延々と走り続けて景色が変わらないと、視線が散り散りになりどうでもいい箇所に注意がいきがちだ。
思索に耽ることは通常悪いことばかりではないが、ゲームの参加者においてはそれこそが落とし穴で致命傷になりかねない。
風間はそのことを理解していたが、分かっていても落ちることがあるのが脳の怖いところだ。
そして、一度落ちると容易には這い上がれないことも理解していた。
時間をかけて考えることこそ、ゲームの敗北条件と言っても過言ではない。
風間はなりふり構っていられなかった。
スマホの電源を入れ直し、ラインを起動させて智広のブロックを解く。
『さっき話してた水木って子の連絡先、わかる?』
立ち止まったら負ける。
同じところをぐるぐると駆けても寿命を縮めるだけ。
自らしかけて前進しなければ、迫り来る記憶の照射に脳が焼き尽くされてしまう。
考えはまとまっていないが、ともかく行動しなければ。
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