第23話 ミッション3、公爵令嬢オブセイラン

「さっきの話はほんとか?」


 衛兵のおっちゃんから離れたあと、俺は男子高校生の夜に聞いてみた。


 この思考の読めない友達はもしかしたらほんとにこの世界のヒノモトという国の貴族かもしれないと思ったからだ。

 この世界の命名はとにかく杜撰ずさんだ。


 日本と同じような国がこの世界にあって、その名前が『ヒノモト』という可能性も捨てきれない。

 男子高校生の夜はひょっとしたら、アネラさんのようにこの世界から地球に来た人間―――なぜか、俺はこの筋書きに納得している。


「嘘も時として方便だ」


 おーーーい!!

 なにことわざをちゃっかり改変して自分の言葉のように話してんだよ!!


「つまり、嘘ということだな」

「そういう言い方もできる」


 …………。


 内心で黙ったのはいつぶりだろう。

 なぜ「そうとも言う」という言葉までカスタマイズしてるんだ?


 さすがは男子高校生の夜、俺の常識に囚われない男だ。


「街に着いたな」

「そのようだ」


 城がある丘を降りると、先程遠目に確認できた城下町にたどり着いた。


 大きめな街道を馬車が次々と通り過ぎてゆく。

 日々の営みで精一杯なのだろう、高級な服Tシャツを着ているにもかかわらず、誰も足を止めて見ようとしてこない。ちょっと寂しい。


「これからどうする?」

「うーん、帰れなくなったし、とりあえず今晩泊まれる場所を探さないとね……」

「金はあるのか?」


 男子高校生の夜のその言葉にドキッとした。


 なぜ彼は俺の懐事情を知っている!? と一瞬思ったが、この国の通貨はあるのか? という意味で言っているのだろう。

 正直ややこしい。


質屋国際為替取引所……に行くしかないか」

「文字は読めるのか?」


 またしても一瞬悪口を言われたかと思ってしまった。

 よくよく考えたら、この世界の文字は読めるのかという意味なのだろう。


 男子高校生の夜は俺と同じ学校だ。

 俺の国語の成績の高さは当然彼も知っているのだろう。


 まさかアネラさんと同じことをする羽目になるとは、すごく不本意だ……。


「人に聞くよ……」

「それが賢明だ」


 なんだろう。

 今度こそ正真正銘の褒め言葉のはずなのに、すっと腑に落ちない。


 噛み砕けば噛み砕くほど、俺を複雑な心境にさせてくれる。


 そう思った時、馬のいななきが至近距離で耳に入った。

 急いでその方角に振り向いたら、やたらと豪華な装飾を施されている馬車が俺らの前に止まった。


 どうやら立ち話して通行の邪魔になったらしい。


 俺は男子高校生の夜と少し道端に寄り、馬車に道を譲る。

 だが、道が出来たにも関わらず、馬車は動こうとしない。


「ちょっと!! わたくしの道を塞いだのはどいつよ!?」


 御者ぎょしゃにより、馬車ばしゃの扉が開かれた。

 そこから真紅のドレスを着たいかにもお嬢様みたいな女の子が耳をつんざくような声とともに姿を現した。


「あちらの方々でございます」


 御者の人は執事もやっているのだろう。

 ご丁寧にそのうるさいお嬢様の質問に答えている。


 その言葉遣いは非常に洗練されているが、本質的には俺らを犯人として差し出したに等しい。


「貴方がこの私―――ルビー公爵家の長女、セイラン・Mエム・ルビーの馬車を止めたやつね!」

「俺のことを忘れてるぞ?」


 馬車を降りたと思ったら、セイラン・Mエム・ルビーというらしい女の子がつかつかと俺の前まで歩いて指を俺に突きつけた。


 そんな彼女の言動は男子高校生の夜をイラッとさせたみたい。

 男子高校生の夜は自分の存在をアピールすべく一歩前に出る。


 分かる、分かるぞ!

 自分の存在を無視されたら寂しいよね!


「なんですか?」


 セイラン長いから以下略……セイランさんが俺に突きつけた指を丸めたと思ったら、今度は手のひらを開いた。


 俺に何か求めているとも取れるその行動を見て、俺は瞬時に理解した。

 こいつは俺に金をたかっているのだ。


 だから、とぼけて分からないふりをした。

 こんな脅迫紛いのことに俺は屈しない。


 公爵令嬢ともあろうものが、こんなみっとも―――


「コセキを見せてちょうだい」


 はい?

 俺の聞き間違いだろうか?


 今この公爵令嬢のく―――


「早くコセキを見せなさい!」


 おーーーい!!

 身分証みたいに言うんじゃない!!


 この国はどうなってるだ!?

 なぜコセキを身分証代わりに使っているんだ!?


「ない」


 おい、待て!

 それを言ったら―――


「貴方たちはムコセキシャなんだね」


 ほら、絶対言われると思ったよ!!


 男子高校生の夜の言葉を聞いて、セイランさんはほくそ笑んだ。

 それは名探偵が犯人の自白を聞いた時の、所詮こんなもんかと思ってる時の顔だ。


 俺の心境はいますごくふくざ―――


「アネラさんは―――」

「待て!!」

「なんだ? 公爵令嬢ならアネラさんのこと知ってるかもだろう」


 頼むから、俺に思考する時間を与えてくれ……。

 お前はもっと冷静で落ち着いてるやつだと思っていたぞ、男子高校生の夜よ。


「アネラ? 貴方たち今『アネラ』と言ったわね」

「言ってま―――」

「言った」


 おーーーい!!

 今度は喋る隙も与えてくれないのか!?


 ちゃっかり俺と男子高校生の夜の会話を聞いたセイランさんは興味深そうに質問してきたから、すぐさま否定しようとしたが、男子高校生の夜の声によって遮られた。


 ここで情報漏洩してどうする!?


「貴方たちがアネラ様の知り合いというの? 信じられ―――いや、信じるわ」


 どこTシャツ見て自分の疑い否定確信肯定に変えたのだろう。

 今自分の価値がTシャツ以下に思えてくるわ……。


「ちょうど王宮に行ってもアネラ様に会えなかったから、愚痴が言える人が欲しかったのよ」

「はあ」

「今日は私の屋敷に泊まりなさい! 朝まで話聞いてもらうわ!」


 なぜか、期せずして今夜の宿をゲットしたらしいが、俺の心は晴れなかったのだった……。

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