第22話 ミッション2、アイアムムコセキシャ?

31ⅢⅩⅠ32ⅢⅩⅡ33ⅢⅩⅢ……」

「喋ると舌噛むよ?」


 いや、集中させてくれ……。


 俺は今石と石の継ぎ目を数えてそれをローマ字に変換するのに忙しいんだ。


 ……だって、怖いじゃん!


 30mメートル以上もある城のベランダからロープ一本で降りることのある日本人は果たして何人いるのだろうか。

 そんなのニュースで見たことない。


 さっきまで異世界に行くという非日常的なイベントを前にしてテンションがおかしくハイになっていたが、今は非常に冷静だ。

 自分の立ち位置高度をよーく確認できる。


 腕が釣りそうになりながらも決して諦めることを許さない。

 まさに苦行。


 これを乗り越えたら、いや、降りられたら、俺は一皮剥けそうだ。

 手の皮はすでに剥けているが……。


「ちょっ! ゆっくり降りろよ! 揺れるって!」


 そんな俺の作業数えて変換を邪魔するように、男子高校生の夜は軽快な感じで降りていく。

 そのせいで縄が揺れて恐怖が俺を襲う。


 アネラさんに会うのは命懸けとは思っていたが、まさか方向性の違う危機が待っているとは思わなかった。

 俺が考えていた危険はあくまで生命維持酸素、H2Oなどに関するもので、重力加速度は対象外だった。


 まさかジェットコースター以外で重力加速度を敵に回す日が来るなんて……ダイエットしたら良かったのかな。


 俺は太くはないが、細くも……って違う!!


 なにちょっと幽体離脱みたいな感じになって、自分自身を客観視しているんだ!?

 俺はまだ死んではいないぞ!!


「あっ、着いた……」


 気がつけば、足に懐かしい感じがした。

 母なる大地とはまさにこのこと、俺は今半端ない安心感に包まれている。


 おい、男子高校生の夜よ、なにちゃっかり自分の体に付いてるホコリを振り払っているんだ?

 俺の初ミッション達成への賞賛はないのかな。


「ロープは、回収できそうにないね」


 おーーーい!!

 そんなことことより、帰る方法について考えろよ!!


 そんな地球に優しいリサイクルはいいから、今夜の宿について考えろ!!

 あっ、ここは地球じゃなかったっけ……。


 てか、この世界の名前を知らないのは不便だな。

 指示語の多用を指摘されそうだ。


「うわーーー」


 またしても言葉にならない言葉を発したのは、落ち着いてやっと目の前の光景を確認できたからだ。


 灰色を基調とした石造りの建物群が秩序を感じさせるような配置で建っている。

 どれもGoog〇eで検索したら出てくるようなヨーロッパ中世を彷彿とさせるようなものばかりだ。


 屋根は尖っているものが多く、道は長方形にかたどられた石がたくさん埋め込まれている。

 石と石の隙間は恐らく下水や雨水を処理するためのものだろう。建物の前から蔓延はびこっている。


 人の住む街は城から少し距離はあるが、ここ城の真横から見ても日本との違いが分かる。


「仕方ない……諦めよう」


 まだロープの回収について考えていたのか!? 男子高校生の夜よ!!

 お前はこれほどの景色を目にしても感動が湧かないのか!?


「おい、いい加減に諦めろよ」

「諦めた」

「……そうか」


 とりあえず急いでここから離れよう。

 城の周辺に長居しては不審者と思われかねない。


 俺もいい加減に男子高校生の夜に呆れるのを諦めよう。

 彼とは長年の親友だが、正直イマイチ何考えているのかが分からない。


「アネラさんはどこだ?」

 

 おーーーい!!

 俺らは不審者と思われても不思議じゃないぞ!? なによりにもよって人にアネラさんの居場所を聞いてるんだ!?


 目を離した隙に、男子高校生の夜は離れた場所にいた。

 しかも、あろうことか、鎧を着た中年男性に話しかけている。


 どう見ても衛兵じゃん!

 俺ら捕まる運命じゃん!


「見ない顔だなぁ」


 ほら、やっぱり疑われてるじゃん。


「その服装はここじゃ見ないものだけど、相当高級そうなものだなぁ」


 すみません……。

 ただのTシャツです……。


 あなた方の世界からしたら何百年も後の叡智が詰め込まれているだけです……。


「ところで―――」


 でも、案外人懐っこそうな人だな。

 これなら、ほんとにアネラさんのことを話してくれるかもしれない。


 衛兵のおっちゃんが持っている長槍を地面に突っ立てて気さくな感じで男子高校生を見比べている。

 その感じだと敵意はなさそう。


 ならば、俺もそっちに行って話を聞こう。


「コセキは持っているのか?」


 耳がおかしくなったのだろうか。


 俺が衛兵のおっちゃんの前に着いた瞬間、信じられないような言葉が彼の口から聞こえてきた。


「やはり持っていないのか、コセキ」


 やめろ!!

 その言葉を聞くと発狂しそうだ!!


 呆然としていると、衛兵のおっちゃんは察しがついたのか、ゆっくり自分の判断を述べた。


「お前らってムコセキシャだな」


 だからやめろ!!

 なぜ俺はその言葉を言われなきゃいけないんだ!!


「コセキがないとアネラ殿下の場所は教えられないなぁ」


 まじでやめろ!!

 その怪しい宗教の勧誘みたいな言い方!!


 ここはほんとに異世界なのだろうか……。


 俺は今激しくそれについて議論したい……。


「俺らはヒノモトという国の貴族だ」


 あれ?

 男子高校生の夜は何を言っているんだ?


 なんでそんな平然で嘘がつけるんだ?


「ッ!! これは失敬!! どうりで見ない顔立ちだと思いました!!」


 なにちゃっかり言い方を変えてるんだ?

 俺をさりげなく人間から人類ホモ・サピエンスに格下げするんじゃない!


 そっちのがよほど失敬だよ!!


「実はアネラ殿下は今保護されております」


 本気で俺と男子高校生の夜を、この国へと招かれたヒノモトからの国賓かなにかと思っている衛兵のおっちゃんは、態度を変えて礼儀正しい感じになった。

 話していることはあれだが、やはり悪い人には見えない。


「保護?」


 その態度に釣られて、俺は思わず聞き返す。


「左様です。実はここ最近、アネラ殿下の寝室から宝石類が盗まれる事件が頻繁に起きていて―――」


 あれ?


「アネラ殿下の身を案じた陛下はその寝室の場所を変えて警備を固めており、事件が解決するまで保護するお考えです」


 俺の予想とは違うぞ?


「ここだけの話―――」


 なにか重大なことをこれから話す雰囲気で、衛兵のおっちゃんが声を潜める。


「まだ犯人は捕まっていないそうです」


 そりゃ捕まらないわ!!

 疑うべき相手を保護してるからだよ!!


 ったく、コセキというのも気になるが、アネラさんほんとになにしてんだ?


 俺は思わず額を手で覆った……。

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