『異世界のお姫様の世界へ遠征する』編

第21話 ミッション1、レットゴートゥ異世界

 俺はごく普通の男子高校生だ。

 数学と英語は出来ないし、運動もあんまり得意ではない。


 ゲームと漫画とかが好きで、歴史や物理は物語を理解するためにある通り調べた。

 それ以外は特筆すべき点がない。


 女子にモテないし、高校生になってからほとんどまったく女子と会話していない。

 どこにでもいる普通のオタクだ。


 唯一特別な点があるとすれば、それはお母さんが面白いと言ってくれるくらいだ。


  瞬  お母さんは当然俺の名前の漢字を覚えているはすごく面白い子だから、きっと女の子をいっぱい笑わせることができるよ」


 そう言われたのは何年も前だ。

 過去の記憶だから、美化されているかもしれない。


 女子とろくに話したことがないような人間に女子を笑わせることができるのか、その時の俺は半信半疑だった。


 でも、二ヶ月ほど前に、アネラさんが現れた。

 すごい美少女で、俺が今まで見た中でも一番美しかった。


 でも、残念だが空き巣なら俺がやるべきことは変わらない。

 追い払うだけだ。


 そんな俺に対して、彼女はすっと俺の部屋に入ってきた。

 俺の言葉でたくさん笑ってくれた。


 お母さんの言ってたことはほんとだと、アネラさんに出会って初めて分かった。

 アネラさんが俺の言動で笑ってくれるのはほんとに嬉しかった。


 アネラさんと一緒にいる時間を重ねたら、俺はいつの間にか彼女のことを好きになっていた。

 そんな俺を彼女も好きになってくれた。


 漫画とかラノベを読んでいると、恋はなにか特別なきっかけが必要だと思っていたが、案外そうじゃないのかもしれない。

 お互いに惹かれて、共通の時間をたくさん共有すると落ちるものだと、アネラさんに出会ってから知った。


「準備はいい?」

「もちろんOKオーケイさ」


 だから、俺は今異世界へと旅立とうとしている。

 もちろん、家出ではない。


 アネラさんと最初のキス次はまだしていないをした翌日から、彼女は俺の部屋に現れていない。

 そんな告白逃げ紛いのことを俺は許さない。


 アネラさんが初めてベランダの向こう側に帰った時の寂しさを俺は忘れていない。

 まして、今度は彼女が俺に告白してきたあとだ。


 彼女がいなくなって、初めて気づいた。

 アネラさんと一緒にいるのはすごく楽しい。


 だから、今度はちゃんと彼女に会って、俺の気持ちを伝えるんだ。

 たとえ、彼女がいるのが異世界だとしても。


 俺が頑なにオタク心を刺激する異世界に行っていないのは理由がある。

 そう、怖いからだ。


 大気成分が分からない上に、水もほんとにH2Oエイチツーオーかどうかも怪しい。

 酸素濃度も気になる。果たして二割以上の水準に達しているのだろうか。


 他にも紫外線を防いでくれるオゾン層の有無が生死を分ける。

 というわけで、俺は真の理解者アネラさんのことは話してあるにして戦友ともに姫大佐に挑んだでもある男子高校生の夜に同行してもらっている。


「酸素缶は持ってきてる?」

「問題ない」


 なんと心強い返事だ。

 男子高校生の夜もちゃんと異世界の環境を踏まえてしっかりと準備してきているのが分かる。

 

 アイドルがライブの後に使う酸素缶は、異世界に行く時に必要不可欠なものだ。

 俺は一瞬だけベランダの向こう側にいたから分からないが、長期滞在で人体に悪影響をきたす可能性も考慮しなければならない。


 水も500mlのやつを二本カバンに入れている。

 2Lのやつはさすがに重いから、やめといた。


 あとは夜の活動に備えて懐中電灯と、紫外線が怖いから日傘を。お腹空いた時のために保存食も少し。

 なぜか、買い物する時に「バナナはおやつに入りますか?」という質問が頭をよぎったので、バナナも買っておいた。


 いざというときにバナナがなかったらという不安がなかなか消えないためだ。

 人生、いつバナナが必要になってくるか分かったもんじゃない。


 「バナナはおやつに入りますか?」の質問に対する俺の答えは決まっている。

 バナナの皮までもがおやつだ。


 少なくとも、俺はバナナを主食として食べたことがない。

 やつに白米と同じ地位はあげない。


 想定できるだけの不安要素は全てクリアだ。

 今度こそ異世界に行って、アネラさんに告白の返事をする。


「いくぞ!」

「はいよ」


 ふふっ、男子高校生の夜らしい返事だ。

 

 彼は異世界に行くこの過酷な旅を目前にしても、平然でいる。

 いざというときにバナナがなければなんて不安はきっと彼にはない。


 さすが男子高校生の夜といったところか。


「うわー……なんじゃこれ」


 窓を開けて、ゆっくりとベランダアネラさんの寝室のベランダでもあるに足を踏み入れる。

 だが、目の前に広がっているのは前見たアネラさんの寝室ではなく、その入口を断固に塞いでいる木の板の壁だった……。


「これは酷いね……」


 男子高校生の夜が呟くのも無理はない。


 この複数枚の木の板で出来ている壁は暴力的なまでに無造作に打ち込まれている。

 整然と造られた周りの石塀と比べたら突貫工事だったのが分かる。


 おそらく、アネラさんが俺に会っているのが彼女の父親国王にバレたのだろう。

 それで急いでこのような措置を取ったのかもしれない。


 よく考えてみれば、あそこまで体臭ラベンダー→じゃがいもが変わっていればそりゃいずれ気づく。

 目も濁っていたし、髪もぼさぼさだったから、よく今まで気づかれなかったと褒めてやりたいくらいだ。


 その過保護な父親国王が気づいたら何もしないわけがない……。


「どうする?」


 呆れていると、男子高校生の夜が俺の選択を聞いてきた。

 だが、やつは勘違いしている。


 俺の告白の返事をはばんでいるのがたとえこの国の王様国王だとしても、前に進むだけだ。

 俺の言葉で笑ってくれた女の子……俺の行動を喜んでくれた女の子に、今はただ会いたい。


「もちろん前に進むだけだ」

「いや、どう考えても進めないだろう」


 こんな時に正論を言うんじゃない!!

 俺が言ってるのはあくまで例え比喩表現だ!!


 ったく、高度な格好つけた表現はいつも理解者が少ない。


「こんな時もあろうかと……」


 男子高校生の夜はまさかこの状況を予想していたのか!?

 さすがは『グランドオブガン』で姫大佐にデスを突きつけただけのことはある。


「ロープを持ってきた」


 男子高校生の夜は自分のカバンを開いて、中から太い縄を取り出した。

 そしてあろうことか、片方の端を石塀に結んでもう片方の端を城壁から下ろした。


「これで降りようぜ」


 彼はいつも俺の予想を超えてくる……。


 前にこのベランダで下を見た時は、軽く30mメートルを超える高さだとびっくりしていたのに、それを今からロープ一本で降りろというのか……。


「俺に続いて」


 そう言って、男子高校生の夜は躊躇なくロープに掴んで石塀を飛び越えた。

 呆然としていると、彼が「まだか」と急かしてくる。


 異世界に来て、俺にエージェントのような真似をしろと言うのか……。

 でも、男子高校生の夜も降りてるわけだから、俺も男を見せないと。


 ここからが俺―――『シュン』のミッションの始まりだ。

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