第18話 作戦指令8、お化け屋敷を脱出せよ!

「そこだけはやめてくれ……」

「やめて差しあげま―――痛っ♡」

「今はそのノリはやめろ!」


 俺がこうも握りしめていた遊園地のパンフレットを理不尽にアネラさんの頭に載せたのは、ちゃんと理由がある。


 そう、彼女が指さしているのは俗に言うお化け屋敷だほかの言い方は知らないが

 雰囲気から察するに廃病院風のものなのだろう。


 何を隠そう、俺は幽霊とかお化けがほんとに無理。

 廃病院なんて加えたらもはや心臓が止まるレベルだ。


 小さい頃遊園地のお化け屋敷から逃げ出したエピソードは当時の同級生の間ではまだまことしやかに囁かれているのではないかと思うくらい、俺はお化け屋敷がだめなのだ。


「行きましょう!」

「行きたくない……」

「しゅん! 私それ知ってます!」

「なにを……?」

「嫌い嫌いも好きのうちってやつですね!」

「どこでそんな間違った使い方を覚えてきたんだ!!」


 アネラさんが「痛っ♡」と言わなかったのは、俺の手が震え出して彼女の頭にパンフレットを載せることもできなくなっているからだ。

 

 俺の手を引いてるアネラさんは案外力強く、俺をお化け屋敷地獄の入口へと少しずついざなっていく。

 いや、彼女の力は決して強くはない。俺が脱力しているだけだ。




「楽しみですね!」

「……」


 なすすべも無く、俺はアネラさんにお化け屋敷の中へと引きずり込まれた。


 しかも、ここのお化け屋敷は乗り物ではなく、自分で出口まで歩くやつだ。

 何が楽しくて自らの足を引きずって、恐怖の代名詞お化けが蠢く中へと踏み入れないといけないのだろうか。


「ちょ、ちょっと離れるなよ……」

「一生離れて差しあげません♡」


 不覚にも深く、アネラさんのその言葉に安心感を覚えてしまった。


 普通ならその言葉自体に恐怖を覚えるはずなのに、今はその言葉に安心感を感じるのはほんとに皮肉なもんだ。

 俺はアネラさんの腕にしがみついて、一歩一歩前へと進む。


 繰り返すようだが、俺はほんとにお化けがダメなのだ。

 それとは対照的に、アネラさんは胸を反らせて鼻歌交じりに嬉々と歩いてる。


「部屋が見えましたね」

「こら、実況すんな……」


 アネラさんの声で目を開けたら、暗い廊下の行き当たりに、『手術室』と書かれているプレートの下にはドアがあった。

 

 嫌な予感しかない……。


「引き返そうか……」

「いや、あの部屋に男子高校生の夜さんの強さの秘密が隠されているかもしれないです!」

「そんなところにあってたまるか……!!」


 今ほど、男子高校生の夜の強さの秘密というワードで騙すような真似で、アネラさんを外に連れ出したことを反省した瞬間はない。


「ちょっ! なんで開けるんだよ!」


 気づいたら、アネラさんはその部屋のドアを開けてしまった。

 一瞬目を閉じて再びおずおずと開けると、そこには手術台以外何もなかった。


 なんだ、肩透かしにもほどがある。


 怖いものは何もなかった。

 お化けとか存在しないし、ましてこんな所で油売ってたりもしない。


 そんな暇があったら、映画の製作に携わっているだろうしね。


「ほら、男子高校生の夜の強さの秘密なんてないだろう?」


 言わんこっちゃない。

 こんなところ廃病院の一室に男子高校生の夜の強さの秘密が隠されてたまるか。


 男子高校生は夜忙しいから、こんなところに来たりはしない。


「ここで死んだのはぁ……確かに高校生の……男の子だったなぁ」

「お前何言って―――きゃぁぁぁあっ!!」


 アネラさんが変なことを言ったのかと思って振り返ったら、何かが立っていた。


 肌が酷くただれて緑色になっており、目玉が片方はみ出ている。

 なのに、白衣を着て聴診器を胸の方にぶら下げていた。


 どう見ても―――


「ゾンビだ!!」

「ゾンビ? ―――いやんっ♡」

「こんな時に聞き返してんじゃない!!」


 手が震えてパンフレットが落ちたから、仕方なくアネラさんのおっぱいアネラさんコントロールスイッチを掴んで彼女を制止した。


 そう、俺の目の前にいるのは、幽霊とかお化けのような雑魚ではない……ゾンビキングだ。

 薄い明かりに照らされて半端ない貫禄を呈している。


 『全米が泣いた』というフレーズはきっとやつが原因だ。


「イチャイチャはぁ……終わりかなぁ……?」


 やめろ……。

 こっちに来るんじゃない……。


 俺が一歩後退するごとに、医者のゾンビが一歩前進してくる。

 おまけに物々しい口調で気遣いの言葉までかけてくれる。


 今ほど、こんなに協調性のあるやつを恨んだことはない。


「イチャイチャではありません!」


 すごい!

 こんな局面でもアネラさんは堂々とゾンビに反論している。


 その姿はなんと凛々しいことやら。


「ラブラブです♡」


 おーーーい!!

 こんな時までゾンビのいる前で赤くなった頬に手を添えるんじゃない!!


 アネラさんに羞恥心があったのは正直予想外……出会った時にいきなりおっぱいを差し出すようなムッツリドスケベお姫様がここに来て照れているではないか。


「……って違う!!」

「しゅん!」

「その無駄に緊張感のある目付きはやめろ!!」


 アネラさんについて考えている場合ではないと叫んでみたものの、なにがあった!? というような目でアネラさんが俺を見据えた。

 なんなら、今がチャンスなのか!? みたいなウキウキ感までかもし出している。


 彼女は知らない。

 ゾンビに挑んだ人々の末路を……。


「逃げるぞ!!」

「しゅん、手が……」

「今はそんなことを論じている場合ではない!!」


 隙を見て、俺はアネラさんの手を掴んで一目散にドアの方に向けて走り出した。

 アネラさんのワンピースは空気抵抗により靡いて、綺麗な曲線を描く。


 そんなことを考えるくらい、俺はパニクっていた。


「ごゆっくりぃ……」


 心なしか、ゾンビのおっさんが道を譲って手を振ってくれたような気がする。

 

 こんなところでゆっくりできるか!?


 内心で返事代わりに叫んで、俺はアネラさんとお化け屋敷の中を走り抜けていった。


 

 


 

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