第17話 作戦指令7、地球の重力に抗え!

「フィールドに来たらまずは高地に行って敵情視察です! ―――痛っ♡」

「ゲームとリアルを混同するな!」


 遊園地に入って少し歩くと、やたらデカい案内板があった。

 そこに書いてあるマップを概ね把握したあと、俺は左の方を指さした。


 アネラさんもきっと同じ方向を見て心を踊らせ目を輝かせているものかと思ったが、彼女は俺の予想に反してお姫様に相応しい凛としたポーズを取って右を指さした。


 そこはこの遊園地のトレンドマークでもある高さ50mメートルもあるジェットコースターだ。

 別にジェットコースターはいい。ロマンと希望とアクセルが詰まっている夢のようなアトラクションだと思う。


 だが、ここ遊園地フィールド戦場じゃないし、あれに乗ってたら加速で敵情視察どころではない。


「メリーゴーランドはだめなのか?」

「メリーゴーランド?」

「馬とか馬車に乗ってぐるぐる回るやつだ」

「馬は回転しませんよ? しゅんってたまに王宮に来る吟遊詩人みた―――」

「そいつは今後王宮に入れんな!!」


 女の子なら、メリーゴーランドに興味を惹かれると思っていた。

 でも、アネラさんが『メリーゴーランド』という言葉自体を理解していない時点で、彼女はそういうメルヘンチックなものには興味がないと察した。


 俺の部屋に入り浸るようになってから、アネラさんは興味あるものについて学習しているし、ある程度現代のものを把握しているが、興味がさほどないものに対してはノータッチで、いつも通り俺に聞き返してくる。

 それは嬉しくもあるが、今みたいに俺の調子を狂わせるときもある。


「だいたい、お前は自分が乗ろうとしてるアトラクションの恐ろしさを知っているのか?」

「アトラクション?」

「遊園地にある娯楽設備のことだよ」

「それってジュウのことですか? ―――痛っ♡」

「どこにそんな物騒なものがあるんだ!!」


 まじでそのワードジュウはやめろ。

 期せずしてまた周りの人の視線を集めてしまったではないか。


 もう無理。

 早くこのゲーム脳オタクお姫様にリアルの楽しさを知ってもらわないと俺が職務質問に遭ってしまう。


 日本の警察は決して銃刀法違反の恐れがある者を見逃さない。

 アネラさんに至っては身分を証明する術すらないしね。


「どうしてもあれに乗りたいのか?」

「はい!」

「お前は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

「エメラルド語ですが?」

「そっちじゃない!!」


 誰も言語の話をしているわけではない。

 そもそも俺からしたら日本語なのだ。


 エメラルド語と日本語の発音が同じだからややこしい。

 それにこのムッツリ廃スペックお姫様が言うと更にややこしくなる。


「いいか、あれは悪魔の乗り物だ」

「しゅんって面白いですね! それはおとぎ話に出てくる空想の生き物です!」

「これはあくまで例え比喩表現だ!!」


 いつも教えられる側のアネラさんに教えられている気分でちょっと複雑。

 でも、「アクマ?」って聞き返されていないだけマシとしよう。


 そこから説明するのはさすがに勘弁してほしいから、アネラさんの世界にも悪魔の概念があって助かった。


「高さ50mメートルの上空から70kmキロメートルのスピードでかけ下りるから人間には危ないぞ?」

「なるほど、ビル20階分の高さに加え、センシャ戦車並の速度ですね……」

「基準がおかしいけどその認識で大丈夫だ」


 ちなみに滅多にないが、『グランドオブガン』のイベントでは戦車も出てくる。

 廃人であるアネラさんがそのイベントを逃すはずもなく、ちゃっかり戦車の概念性能を理解していた。


「高いところは好きだから、乗ってみたいです!」

「後悔するなよ……」


 どうやら、アネラさんバカと煙は高いところが好きらしい。

 これ以上何を言っても彼女の耳には届かないだろう。




「や、やめろ……!!」

「やめてさしあげま―――せん!!♡」


 上空50mメートルに達したと思ったら、いきなりアクセルを掛けられて、地面に叩きつけられるのではないかという勢いでジェットコースターが落下した。

 死への恐怖で無様にも命乞いをしてしまったが、アネラさんは許してくれない。


 彼女の声は落下の衝撃で一瞬切れたが、勢いを巻き返して俺に襲来した。

 アネラさんの願望を聞いたのを今になってすごく後悔している。


「うわぁぁぁ―――ぁぁあっ!!」

「これ楽しいですね! しゅん!」

なぜお前は恐れないっあぁぁっ!!!?」


 おかしい!!

 こんなのおかしい!!


 恐ろしいとは思っていたが、こんなにも命の危険を感じるアトラクションだったのか!?

 俺の生存本能が叫んでいるぞ!?


ジュウ並の速さですねっ!!」

「それを言うなら弾丸のほ―――うわぁぁぁあ!!」


 ダメだ。

 いつものように会話しようとしても生存本能が許してくれない。


 重力加速度Gは味方だと思っていたのに、まさかこんな形で裏切られるとは……。

 今なら地球に文句を言っても許されるのではなかろうか。


 辛うじて見えたアネラさんの横顔はすごく楽しそうだった。

 それだけが唯一の救いだ。




「はあはあ……」

「しゅん! もっかい乗りましょう!」

「やめろ……いや、まじでやめて……!?」


 ジェットコースターの長い旅からやっと解放されて、ベンチで休憩しながら肩で息をしている俺に対して、アネラさんは死の宣告をしてきた。

 強気の拒絶がいつのまにか懇願になっているのは、しっぽを猛烈に振っている子犬のように俺の手を引っ張るアネラさんへの恐怖からだ。


 恐怖の象徴戦慄の黒騎士が聞いて呆れるくらいの押し物理的には『引き』の強さに俺は内心で脱帽した。

 これからは間違っても戦慄を恐怖とは呼ばない。それは姫大佐に捧げる敬称だ。


「と、とりあえずカバンから水を取ってくれ……」

「今日は特別ですよ?」

「うん?」

「私のコーラをあげます!」

「やめろ!! この以上俺の内臓を刺激するな……!!」


 アネラさんは手ぶらだが、俺はちゃんとカバンを持ってきている。

 その中にある俺の水を求めたら、アネラさんはカバンの中をまさぐってにやにやしながら自分のコーラを取り出した。


 ここまで気前よくされて気分が悪くなるのは初めてだ。

 そのコーラだって俺がコンビニで買ったやつだがな。


 でも、その様子だと、アネラさんがすごく楽しんでいるのが分かる。

 いつもならコーラは絶対俺にくれない、まるでコーラを自分の子供のように死守していたあのお姫様がこうやってぬるくなったコーラを差し出してくれるとは、ちょっと感心だ。


 やはり遊園地に来てよかった。


「しゅん! あれはなんですか?」


 だが、達成感を味わっている暇もなく、俺はアネラさんが指さしたところを見て再び戦慄した。

 

 

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