第16話 作戦指令6、遊園地に入場せよ!
「このウィッグっていい香りがします!」
「そりゃラベンダーの香りがするシャンプーを使ったからな」
それはアネラさんの本来の香りでもあり、失われつつある香りでもあるのだが、さすがに面と向かって言えなかった。
人は自分自身の匂いに気付かないというが、他人の匂いに敏感らしい。
少なくとも俺は初めてアネラさんに会った時から、彼女のラベンダーの香りに気づいた。
彼女もこうして自分の匂いに気づいたということは、アネラさんは本格的にジャガイモになりつつあるのかもしれない。
現に、彼女は右手で手すりに掴まり、左手でウィッグの端を鼻の方に持ってきては、匂いを嗅いでる。
俺からしたら彼女とそんなに変わらない匂いだが、
それを褒めることが自分を否定することに繋がるのに気づくまで、どうやらあと少し時間が必要みたい。
「しゅん! 私って綺麗ですか―――痛っ♡」
「何度も言わせんな! そのワンピースは似合っている」
匂いを嗅いでると思ったら、次の瞬間アネラさんは俺の方を見て良からぬ笑顔を貼り付けた。
これで六回目だ。
『私って綺麗ですか』と聞かれたのは。
家を出てからアネラさんはことあるごとに、いや、何もなくてもこうやってワンピースの裾を掴んで上目遣いで見てくる。
アネラさんはもの凄い美少女だが、それを何度もやられると馬鹿に見えてくるからほんとに不思議。
そんなにこのワンピースが気に入ったのなら、頑なに部屋着として着ていたそのぶかぶかのTシャツで外に出ようとするんじゃない。
ちなみに彼女のそのTシャツにはデフォルメされたちびっ子のお姫様がプリントされている。
製作者は絶対に本物のお姫様がそのTシャツを着たまま、コントローラーを握ってゲームしているとは夢にも思わないだろう。
ちびっ子のお姫様の天真爛漫の笑顔は決してゲームを楽しんでいるからのものではない。
同じお姫様でありながら、二人の笑顔の本質は決定的に違うのだ。
そのTシャツをなんとか脱がせて、アネラさんにこのワンピースを着せてあげた。
今は黒髪のウィッグも被って、立派な
瞳は水色のままだが、そういう色のカラコンを付けてることにしとこう。
節約のためにも清楚系ギャルという路線で行こう。
もちろん、このワンピースは俺がこの日のために貯めていた軍資金から捻出したものだ。
アネラさんを外に連れ出す作戦のうち、
それで得た金は今日だけのために使うと決めている。
間違っても、焼肉味のポテチは買わない。
なにせ、レジャー施設という名の課金ゲーは俺のお小遣いだけでは立ち向かえそうにないから、この日まではこの金の存在をアネラさんに明かしていない。
やつに嗅ぎつけられたら、今日の計画は破綻するだろう。
遊園地の入場料金ももちろん調べてある。
たくさんアトラクションに乗るならフリーパスのほうがお得。
「アネラさんって今何歳?」
「
「よくやった」
よし、これで二人して高校生料金で入園できる。
そんなに不思議な目で見るんじゃない。
これは決してお前が結婚適齢期に達しているかどうかを確認しているわけではない。
だいたい、異世界に結婚適齢期があるかどうかも知らないし、今はもっと
「学生証を提示してください」
「ガクセイショウ? ―――痛っ♡」
「スタッフさんに聞き返すんじゃない!」
しまった!
高校生料金は年齢を制限するものではなく、身分を制限するものだったとは……。
電車を降りてしばし歩くと、家族連れや恋人同士で賑わっている遊園地の入口が見えてきた。
そこでチケットを買おうとスタッフのお姉さんに高校生二人と言ったらいきなりのピンチである。
俺は四六時中学生証を財布に入れてるからいいけど、アネラさんに日本の学生証なんてあるはずない。
いつも制服を着てるから、特別に学生証を求められたことはないが、今は違う。
俺もこの日のために服を新調したのだ。
アネラさんが外にいいイメージを持つように、その
「ここは一時的戦略的撤退を―――こら、離せ!!」
「まだ男子高校生の夜さんの―――痛っ♡」
「その
ここは一旦家に帰ってじっくり計画を練り直そうと思った俺の裾を、アネラさんは掴んで離さない。
あげくに、人が聞いたら俺が誤解されかねないような言葉を口にしようとした。
俺も男子高校生だが、別に強くはない。
別に夜になると
だから、くれぐれもその
だいたい、それは俺が適当に作った話でしかないのだ。
心無しか、入場口のスタッフのお姉さんが少しクスッと笑った気がする。
ご丁寧に手で口を抑えている。
それは余計に俺に恥ずかしい思いをさせてしまうのだとも知らずに……。
「……高校生一人、大人一人……でお願いします」
屈辱だ。
自分のことを高校生と、アネラさんのことを大人と言うのがこんなにも耐えがたいこととは思わなかった。
それはまるでこんな頭お花畑廃スペックお姫様を自分よりも大人と認めるようなもんじゃないか。
しかもそれをスタッフに申告しなければならないという拷問まで付いてくるとは実に残酷だ……。
「しゅん! この中にだんし―――」
「ありがとうございました!」
スタッフのお姉さんに一礼して、俺は素早くアネラさんの手を取って遊園地の中へ向かう。
後ろに待ってる人がいるから長居は迷惑だ。
これは決してスタッフのお姉さんに変な誤解をされたくないからではないぞ?
なんなら最近は恥ずかしくてアネラさんのおっぱいすら揉んでいないのだ。
そうこう考えている間に、俺の真の戦いが始まろうとしていた。
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