第15話 作戦指令5、アネラさんを外に連れ出せ!

 夏が終わりを迎える夏休みの終わりでもあるある日。


「しゅん! デンシャのことは知ってます! ―――痛っ♡」

「電車内ではお静かに!」


 隣の純白のワンピースを着たをした美少女が大声を出したので、俺はそっと彼女の頭に遊園地のパンフレットを載せた。

 すると、脳内お花畑が露呈してしまうような声色で、彼女が大袈裟に反応する。


 まさか、手すりに掴まって電車の振動をこの身で感じていると、アネラさんが傍から見たらド田舎者と思われるような台詞を口にするとは思わなかった。

 おまけに、どこで電車というものを知ったのか、彼女は見よがしにドヤ顔を俺の視界に潜ませてくる。


 下を向いたら、彼女も腰をかがめて俺の顔を覗くついでにドヤ顔を、上を向いたら、彼女も背伸びして俺の顔を見上げるついでにそのドヤ顔をひけらかしてくる。

 だから、俺が目的地の遊園地のパンフレットで彼女をいさめるのは仕方のないことだと思う。


「ユウエンチ楽しみです! ジュウとかありますか? ―――痛っ♡」


 平和の象徴遊園地物騒なワードを混ぜるな。

 周りに白い目で見られるから危険だ。


 そう、俺は今アネラさんと電車に乗って市内最大の遊園地に向かっている。

 もう、俺たちの戦いは終わったのだ。




 アネラさんを外に連れ出すための最終決戦は男子高校生の夜の漆黒の弾丸とともに終結した。

 家に帰ったら、アネラさんは燃え尽きたかのように大の字で横になっている。


「しゅん……私もうだめみたいです……」


 顔をベランダのほうに向けたまま、部屋に入ってきた俺に気づいた時はぞっとした。

 目に見えて落ち込んでいるアネラさんを、もちろん励ましたりはしない。


 戦争は犠牲を伴うもの。

 だから、それを無意味にしてしまうような行動を、俺はしない。


 間違っても、「たった一回だけキルkillされただけじゃん。気にするな」なんて口が裂けても言えない。

 それは再び戦争の火種になると俺は知っている。


 ゆえに、非情とは分かっていても愚かなことはしない。

 正直もっかいアネラさんと対戦したら勝つ未来が見えないのだ。


 アネラさんは最初から俺だけをロックオンしていた。

 その習性を男子高校生の夜が利用したまでの勝利。


 再現性はない。

 第一、掲示板で人を集めるのも困難になった。

 

 男子高校生の夜の名は、姫大佐に死を突きつけたことによって『グランドオブガン』の隅々まで轟いたが、戦慄の黒騎士もある意味有名になった。


 本来、恐怖の象徴になるはずだった戦慄の黒騎士は世界ランカー達を率いて善戦したが、姫大佐に裏をかかれたと掲示板ではもっぱらの噂だ。

 そんなやつに再び付いてくる者はもういない。


 石田三成でも一戦関ヶ原の戦い負けただけで、やつに付いていく者はいなくなった。

 俺と同じだ。

 

 でも、作戦は概ね良好。

 現にこうしてアネラさんが黄昏たそがれている。


 あとは俺が巧妙に彼女を外に誘い出すだけだ。


「お前に銃は似合わないさ」


 なぜか、無性に格好つけたくなったので、考えていた台詞撃たれる側の気持ちを思い知ったか!?と違うものが出てきた。

 これでアネラさんがもしまた「ジュウ?」なんて聞き返してきたら、俺は今すぐトイレにこもる自信がある。


 やはり、敗者の前に勝者が現れるというシチュエーションは人々を狂わせるようだ。

 

「そ、それって私にシュリュウダン手榴弾のが似合うってことですか!?」

「違う!! ゲームから離れろ!!」

 

 ったく、この廃スペックゲーム脳お姫様は。

 普通の女の子なら、「そ、それは花のが私に似合うということでしょうか?」と頬を赤らめて返事するところだろうが。


 なぜ俺とアネラさんの間にそういうロマンチックな会話が生まれないんだろう……。

 

「もう『グランドオブガン』なんか見たくもないだろう?」

「いいえ、まったく?」

「もうポテチ咥えながら銃で人を撃ちまくるのが嫌になっただろう?」

「いいえ、まったく?」

「いや、もっと落ち込めよ!!」


 なぜさっきまで大の字で寝ていたアネラさんが今ちゃっかりコントローラーを握っている?

 バトル漫画の主人公が一回負けた後に再び立ち上がる展開はいらないから。


 お前はもう戦わなくていい。

 お前さえいなければ世界『グランドオブガン』は平和だ。


「撃たれて痛いだろう?」

「いいえ、アバターが痛いだけですね!」

「また撃たれるんじゃないかって恐怖で震えるんだろう?」

「次こそ撃ってやろうとわくわくして震えますね!」

「違う!! 俺が描いた展開はそうじゃない!!」

「しゅん!」


 そもそも俺が描いた展開はこうだ。


『負けたのね』

『はい、負けました……』

『外にはゲームよりいい物があるよ? 気分転換にどう?』

『行きます!』


 負かしてやったのは俺だがな!


 というふうに内心でドヤ顔するはずだった。


 なんでこのお姫様はそんなに打たれ強いの?

 普通温室育ちのはずのお姫様がここまで打たれ強いの反則じゃない?


 あと、俺が別におかしくなったわけじゃないから、そんなに心配そうに俺の名を呼ぶんじゃない。

 なにちゃっかり正座して膝をポンポンしているの?


 辛いことあるなら聞くよ? みたいな感じで俺を膝枕に誘うんじゃない。

 なんで異世界の姫様が正座なんて知ってるんだ?


 もしベランダの向こう側の景色を見ていなかったら、どこかのマッドサイエンティストが以下略。


「なぁ、男子高校生の夜の強さに興味はない?」


 とりあえず疲れたから、アネラさんの膝を枕にして横になった。

 彼女からおもむろにラベンダーとジャガイモの香りが漂ってきて思考が麻痺していく。


「それ知りたいです!」

「遊園地にその秘密が隠されてるよ」

「ユウエンチに男子高校生の夜さんの強さの秘密が隠されてるんですか!?」

「……うん」

「そのゲーム今すぐやります!」

「ゲームじゃないよ!!」


 最後のあがきとして適当な話を作ったら、まさかアネラさんが食いついてきた。

 返事に間があったのは、こんた幼気いたいけな少女に嘘をつくのはよくないじゃないかという俺の良心だ。


 ただ、よくよく考えたら、嘘ついてでもこんなオタク廃人系お姫様を外に連れていったほうが彼女にとってもいいことなんじゃないのかと思ったから、言い切った。


「とりあえず、そのウィッグ洗濯しろよ」

「あと二日は使えます!」


 ……よしっ、嘘でもなんでもいいから、ジャガイモと融合しつつあるウィッグをまだ使っている異世界のお姫様を外に連れ出そう。

 俺は激戦の疲れに耐えながら立ち上がって、アネラさんのウィッグを洗濯しに行った。


 

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