第2話 どうやら、異世界に名前はないらしい

「アネラさん、一つ聞いてもいい?」

「はい、なんでしょう?」


 俺はビジュアル的にオタクではないが、オタクである。

 アニメをはじめ、マンガ、ラノベ、ゲームをこよなくたしなんでいる。


 だからこそ、落ち着いたらどうしても彼女に聞きたいことを思い出した。

 そう、どうしてもだ。


「お前の世界の名前はなんて言うんだ?」

「私の、世界?」

「そうだ!」

「それってじょせいき―――」

「―――そっちじゃない!!」


 隙あらば下ネタをぶち込んでくるこのムッツリドスケベ美少女はほんとに油断ならない。


 銀色の髪と水色の瞳に、ラベンダーの香り。

 なのになぜその持ち主の口からそういう言葉が出てくるわけ?


「ほら、地球とかそういう名前とかないのか?」

恥丘ちきゅう?」

「なんか発音が同じでも、それって地球人にすごく失礼なやつだよね!!」


 なぜかアネラさんの思考回路が読めてしまう自分が悲しくなった。

 出会ってから10分そこらしか経っていないのに、なぜこうも心が通じてしまうのだろう。もちろん悪い意味で……そして、一方通行で。


「お前のエメラルドリア王国がいる場所の名前が知りたいんだよ」

「えっと、そのまんまですよ?」

「なんちゃら大陸とか、かんちゃら半島とかそういうのでもいいんだ」

「うーん、うちの国と周辺国はローヨッパと呼ばれる地域にあります」

「お前はほんとに異世界から来たのか!?」


 今本気で俺のベランダが別の場所に繋がっているのは、どこかのマッドサイエンティストが空間に関する狂気的な実験の場所を俺の部屋に選んだのではないかと思ってしまった。

 彼女はその実験に巻き込まれてしまった俺のような一般人のリアクションを見るために、マッドサイエンティストに臨時招聘しょうへいされた大根役者のように思えてくる。


 先程の城下町を見ていなかったら、今頃はそのマッドサイエンティストが作ったであろう付け焼き刃の脚本にダメだしをしていたところだ。

 それほど、ベランダの向こう側の景色は今の地球ではまず見られないようなものだった。


「まあ、それは置いといて、その……ローヨッパがいるのはどこだ?」

「ローヨッパはローヨッパですよ?」

「だから、惑星の名前とかないのか?」

「ワクセイってなんですか?」


 小さな頭を傾げて、本気で分からないような顔をするアネラさん。


「ほら、そっちにも朝と夜があるだろう?」

「ありますが?」

「それはお前が住んでいる世界、つまり星が自転しているからだ」

「ジテン?」

「俺の世界もお前の世界も実は丸いボールのような形をしていて、それが不思議と回転するんだよ―――その丸いボール、つまりお前のいる惑星の名前が知りたいんだ!」

「ふふっ、しゅんって面白い話を考えますね! たまに王宮に来る吟遊詩人みたいです♡」


 なぜだか、無性に腹立たしい。

 可愛らしい口調だが、小馬鹿にされているのはよーく分かる。


 今なら、あなたの気持ちが分かりますよ!! ガリレオさん!!


「いやんっ♡」

「だーかーら、お前の世界もこれと同じような形をしているって言ってんだよ!!」


 怒りのまま、さっきまでアネラさんに揉まされていた彼女の胸を思い切り掴んでみせた。

 だが、俺の浅慮とも言えるその行動が事態をもっとややこしくする。


「やはりしゅん、あなたは私の見込んだ殿方ですわ! ずっと優しく私の胸を揉みながら色々と話をしてくれていると思ったら、それも今こうやって私の注意を逸らして、激しく私を高潮させるためのフェイクですね!!」

「俺の行動を全部お前の性的欲求を満たすためのものだと思うな!!」

「んーっ! そんなこと言ってるけど、さらに力を入れてるんじゃないですか♡」


 アネラさんの言動にいらいらして、ついつい胸を掴んでいる手に力を入れると、逆に彼女を増長させるようなことになってしまった。


「しゅん、わ、私もう我慢出来なくなってしまいました……」

「その前に帰れ!!」

「しゅんが離してくれないじゃないですか♡」

「あっ!」


 残念なことに、胸を鷲掴みにしている俺の手は彼女を引き止めるためのものと思われているらしい。

 なんなら俺が帰れと言ったのも照れ隠しだと認識されている可能性がある。


「これは違う!!」

「どうしたのですか!? しゅん!」


 誤解の原因である俺の手を急いでアネラさんの胸から離すと、自分が考えていた理論が間違っていることに気づいて発狂しだしたマッドサイエンティストを見るような目で、彼女は俺を見据えた。

 

 まじでやめてくれ……。

 そんな俺を信じているようで、実は否定しているような視線はやめろ……。


「お前の世界に名前がないならもう用はない」

 

 俺のオタク心をくすぐる異世界への知的好奇心を満たせないのなら、もうアネラさんに用はないのだ。

 

「気をつけて帰れよ」

「何を言ってるのですか? しゅん」

「え?」

「ここは私の秘密基地です!」

「今すぐ帰れ!!」


 どうやら、アネラさんは本気でこの部屋にいる正当な権利を主張しているらしい。

 そんな盗賊がするような理論を、このムッツリドスケベお姫様が提唱している。


「これが先払いです♡」


 まるで俺とこの部屋の所有権について取引しているような言い方で、アネラさんは再び俺の手を掴んで自分の胸に当てた。


 いつになったら、この姫様をベランダの向こう側に帰せるのだろうかと考えたら、ため息がこぼれてしまった……。


―――――――――――――――――――――

お待たせ致しました!!


『アネラさんが可愛い』と思って頂けたらぜひ☆を入れてくれると執筆のモチベーションが上がります!!笑

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