第9話
▪️侵入者
いつの間にか陽が落ち、城内を覆う空は夕闇に染まろうとしていた。
人通りの多い通路にはランタン状の照明(火属性魔法を応用したもの)で照らされており、無機質な風景に温かみを添えていた。
任務を終えた騎士達は交代の時間らしく、夜間の者へ交代すると夕食を摂るために食堂に介している。ユーリと同期の騎士達もまた、挨拶回りを終えて同席しているに違いない。
殆どが食欲旺盛な成人男性の集まりだ。この時間になるとメイド達は夕食の支度で慌ただしさのピークを迎えている。
そんな風景を横目に、ユーリは医務室から出て離れに伸びる道を歩いていた。フラルから聞いたマルクスの部屋に向かう為だ。
(うーん。とりあえず向かってはいるものの、俺の話をちゃんと聞いてくれるのかな?)
魔法に確執のあるマルクスにとって魔法剣士は忌むべき対象でしかない。模擬戦で見せた毛嫌いを通り越した嫌悪に似た眼差し。それはユーリの瞼にしっかりと焼き付いていた。
「それでも、ちゃんと話がしたい」
自分を忌み嫌う相手だが、ユーリはどうしてもマルクスを悪く思えなかった。はっきりと理由は分からない。ただ、あの一振りの斬撃に乗し掛かった重みだけがそうさせる。
「やあ」
「うわッ!」
「驚かせた? ごめんね」
「あ、貴方はたしか……」
「僕はフェルト・スルーズ、こう見えて三番隊の隊長だよ。皆んなは親しみを込めてフェルスって呼んでくれているんだ」
「はあ……」
フェルスは息を整えるユーリに対し、改めて笑みを作った。
「いやあ見事だったよ。君の魔法のセンスは騎士団の中でもピカイチだ」
「……どうも」
「おや、浮かない顔だね? 魔法が扱える騎士は出世が早いのがここの常識だ。僕から見れば、君も例に漏れない逸材だと思うよ?」
「とんでもありません、俺はまだまだです」
僅かに痺れる手を見て、なぜかユーリは口角を上げた。
「マルクス隊長みたいに、世界にはすごい人が沢山います。村で居たままでは決して出会えなかった」
「負けたのに悔しくないのかい?」
「悔しいですけど、今は嬉しいが勝ってます」
「ふうん」
やはり気持ちのいい青年だ、とフェルスは肩を叩き、やがて視線を上へ向けた。城壁の遥か上ーーーーそこに誰かの気配が張り付いている。
「え?」
やっとユーリも人影に気付くと、影の主はなんの躊躇も無くその場から降りてきた。
高さは二十メートルはあるだろう。そんな場所か人影は建物の壁を蹴り、勢いを殺し、ガシャリと重量感を感じさせる音と共に着地してみせた。
「やあこんばんは、侵入者さん」
「…………」
返事は無いが、フェルスは笑みを浮かべたまま、スルリと腰から剣を抜いた。やや長さの違う二振りの剣ーーーーどうやら彼は双剣使いらしい。
「目的が何かは知らないが運が悪かったね。よりによって隊長格に出くわすなんてーーーー」
「……いいえ、お前でいい」
「?」
ローブから見えたのは長い前髪。その下には、いつかの顔が薄く笑みを浮かべていた。
「わたしの武器を扱うに足る男か、自分で確かめたくなったの。お前の剣を見せてみろフェルト・スルーズ」
「!? もしかして君はあの時のーーーー」
ユーリが口を開くより早く、少女は地を蹴りフェルスの懐に潜り込んでいた。
「おやおや、速いね」
バチィッ!
何かが破裂した様な音が響き、フェルスは衝撃で後退しながら距離を取る。少女は軽快に屋根に着地すると、目深に被ったローブの隙間から八重歯を除かせた。
「やるじゃない」
「それはどうも」
形勢を立て直したフェルスはやや表情を引き締め、未だ手に残る魔力の残滓を振り払った。少女はそんなフェルスを横目に、驚きを露わにするユーリを捉える。
「あら、何処かでみた顔ね」
「君は……この前の」
「ああ、あの時の剣士クンじゃない。まさかここの騎士だったとはね」
ローブと前髪で表情は見えないが、どこか愉しげにしているのだけは理解できた。
状況が理解できない。突然の奇襲ーーーーしかも王国の内部に?
「お願いだから邪魔しないでね。うっかり間違って殺しちゃうから」
「おお怖い怖い。随分とバイオレンスなお嬢さんだね」
「褒め言葉として受け取っておくわ、フェルト・スルーズ」
「ふむ。そういう事か」
合点がいったとばかりにフェルスは納得した表情を浮かべ、剣を構え直した。
「君がそうなんだね」
「ええ」
「いやあ僕は運がいい。依頼だけならまだしも、直接本人に会えるなんて考えてもみなかぅた」
嬉々として語りつつ、双剣の刀身は彼女を捉え続ける。
「僕の実力を測りにきたのかい、シルキス?」
「その通りよ。やっぱり書面だけで判断するのは辞めたの。最近は“外”も随分と楽しそうだし」
再び炸裂音が響き、シルキスーーーーマキナの手に魔力が収束した。
「さて。わたしの武器は、貴方に相応しいのかしら?」
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