第7話


 ▪️剣が語るもの


「…………あ」

「起きましたか?」

「えっと……俺は、たしかーーーー痛ッ!?」


 虚げな視界の中、見慣れない天井に違和感を覚えた後、腹部にズキリと痛みを感じた。

 ああそうだ。入隊式の最中にマルクスと決闘になり、斬撃を受けた末に敗北したのだと少し前の記憶を辿る。

 模擬刀であの威力、きっと普通の剣だったらこんな怪我じゃ済まない。安堵と冷や汗が混濁する中、相反する様な柔らかな声が響いた。


「無茶をしますね、相手は貴族で隊長ですよ〜」

「あ、すみません」


 起きあがろうとするユーリに対し、女性はあまり興味がなさそうにしつつ背中に手を添える。


「この城でヒーラーを務めているフラルです。久々に無謀な挑戦を観させていただきましたよ」

「あはは、はは」


 やや皮肉めいた言い回しだが、改めてマルクスの太刀筋を脳裏に浮かべる。刹那に見せた憎悪の表情。怨恨すら彷彿とさせるマルクスの変化に、ユーリはひとつの疑問を投げかけた。


「そもそもマルクス隊長はなぜ、あんな風に激怒したんですかね……あ、いや、俺が粗相をしたのもあるんですけど」

「あー、ユーリさん魔法使いましたよね?」

「……と言っても下級のものですが」

「十中八九それですね〜。あ、動かないで下さい」


 納得した様に頷くと、フラルは追加で治癒魔法を施し始めた。


「マルクス隊長、魔法の素養がゼロなんです」

「はあ……でもそれって特別珍しいものでも無いですよね? ある程度は家系というか、血筋で傾向が変わると言われますし」

「だからですよ」

「?」

「あの方は貴族の出ではありますが、そもそもフォーゼベルグ家は魔法使いの家系なので……あ、フォーゼンベルグはマルクス隊長のファミリーネームです」

「魔法の家系なのに、魔法の素養が無いと」

「かなりのコンプレックスらしいですよ。なので誰も、マルクス隊長の前で魔法の事は口にしません」

「……なのに俺が、魔法を使ったから」

「半分は当たりですね、まあ付け加えるならーーーー」


 フラルは窓際に立つと、ゆっくりと人差し指に魔力を込めた。


「遠巻きでしたが貴方の魔法の才能は素晴らしいものです。下級の魔法といえ、本当の意味で魔法の基礎が出来ている人間は少ないものなので。ユーリさんのあの魔法は誰から教わりました?」

「母親です。もう亡くなりましたが」

「そうですか。きっと素晴らしいお母様だったのでしょうね。あのフレアショットを見れば、お母様が貴方と魔法、そのどちらも愛していたのが伝わってきます」

「そう言ってもらえると嬉しいです。基礎練習は一番大事だって母さんの口癖だったので」

「何事も基礎は大切ですからね」

「はい、先日会った人も同じ事を言ってました。誠実な仕事には魂が宿り、有りの侭の事実だけを具現化させると。剣も魔法の鍛錬も同じ事が言えるのかなって」

「素晴らしい言葉ですね。私も自分の仕事には誇りを持っていますし」


 指先の魔力をユーリの鼻先に向ける。


「これで治療はおしまいです、ヒール」


 ほんのりと温かなものが弾け、擦り傷が跡形もなく消え去った。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」

「えっと、この後は俺、どうすればいいんですかね?」

「今日は休むようにとセルディア騎士団長から仰せつかってます。この部屋は自由に使って下さい。城の中もある程度までは自由に出歩けますので、散歩でもしてゆっくりしてみては?」

「……じゃあそうします。でもまずはーーーー」


 背伸びをすると、ユーリは窓の外に視線を移した。


「マルクス隊長と、少し話がしたいです」

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