第6話


 ▪️仮面と職人


 鬱蒼とした森の中。

 鳥の囀(さえず)りだけが響き、深緑に覆われた空間はどこか幻想的な雰囲気に包まれていた。

 そんな人里から離れた森に、ポツリと佇む一軒の小さな小屋がひとつ。蔦が伸びて老朽化も進んでいるらしく、お世辞にも綺麗とは言えるものではなかった。

 厚手のローブを纏った少女は小屋の扉を開け「ただいま」とポツリと溢す。誰が返事をする訳でもないが、少女はローブを壁に掛けると、ベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。


「…………」


 部屋に充満する薬液と無機質な香り。

 部屋の大部分を占めるのは、鉄や鉱石、作りかけの武器である。

 工房と呼ぶに相応しい空間だが、通常なら落ち着かない環境でも少女にとっては特別なものだった。肺いっぱいにその匂いを溜め込むと、やっと緊張の糸が解れたかの様に、長い前髪の隙間から見える表情を緩めた。


「や、帰ってるかい?」

「……ジグルド」


 いつの間にか壁に背を預けていたのはひとりの男だ。百八十センチ近い長身、そして顔は真っ白な仮面で覆われていた。全身をローブで包んでおり、外見だけ見れば少女の同業者を彷彿とさせる。


「おかえりマキナ。今日は街に行っていたんだっけ」

「ええ、ゴミをひとつ片付けてきたわ」


 小さく温度のない声で答える。


「ゴミとは酷いじゃないか。その武器を作った人が可哀想だと思わないかい?」

「シルキスの名を語らなければ、ね」

「それもそうだね。シルキスの名はそれ程に価値があり、誉の象徴でなければならない」


 少女にジグルドと呼ばれた仮面の男は懐から二枚の紙を取り出すと、その内の一枚を少女に見せた。


「仕事だよ、彼に見合う双剣を作って欲しい」

「……今は気分が乗らないわ、今回は断って」

「それは困るよ。彼は君の武器を扱うに足る、素晴らしい人材なんだ」

「ふうん」


 少女は横になったまま乱暴に紙を奪うと、眠そうな瞳を左右に巡らせる。


「……分かったわ。素材は?」

「最高のモノを用意するよ。準備期間は二日ほどもらえれば充分かな」

「了解」


 紙を突き返し、少女は男に背を向けて身体を縮めた。その背中はまるで「もう眠るから邪魔をするな」と言わんばかりの傍若さを醸し出しており、男もそれを察してか踵を返した。

 やがて出口の前で一旦立ち止まると、仮面の奥で笑顔を浮かべて呟く。


「じゃあ商談成立だ。よろしく頼むよーーーーマキナ・シルキス」

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