第5話
決闘の合図を皮切りに、ユーリは砂煙を上げて駆け出した。
正面でレイピア状の模擬刀を構えるマルクスに対し、撹乱する訳でも無く、ただひたすら真っ直ぐに突っ込む。
「粋がった割には単純だな新米ッ!」
「ーーーーどうですかね」
カクンとユーリの体勢が崩れる。
バランスを崩した? ーーーー否、脱力から身体をやや右方向に倒し、更に前傾姿勢をとってマルクスの後方に抜けた。そのまま距離を置き、即座に切り返して背後から斬りかかる。
「もらいました!」
「…………その程度かよ」
「!?」
突如として視界に模擬刀が入り込む。
マルクスは前を向いたまま、後方を確認せずにユーリの一撃を受け止めてみせたのだ。
「くッ!」
「……興醒めだな」
そう吐き捨てると、マルクスは土埃を払いながら此方に向き直る。相変わらずの怪訝な目をユーリに結んだまま、険しい表情を崩さない。
(なんだろう……この人、何か俺に恨みでもあるのか?)
ユーリが違和感を覚えるのも無理はない。
入隊式に粗相を働いただけで、これ程までに嫌悪感を抱かれるだろうか? いやおかしい。マルクスのユーリに対する感情には、何か別のニュアンスが含まれている。
「……それなら」
「ッ!」
「ーーーー弾けろッ」
剣を逆手に持ち、左手を柄に掲げる。
短い詠唱を唱えると、左手の中央に圧縮された熱が生まれた。熱は膨れあがり小さな球体となると、一直線に、マルクスを目掛けて放たれた。
「すげえ、魔法だ!」
「新米なのに魔法も扱えるのか?」
「ふむ」
「ふーん、やるじゃない」
ギャラリーが驚きを露わにするのと同時に、セルディアとフェルスも思わず目を見張った。
剣士の中で魔法を扱う者は少ない。その理由は単純で、剣技と魔法の相性が良く無いからである。
剣を扱うには相手の動き、つまり瞬時の判断力が求められる。対して魔法もその発動には膨大な集中力を要求される。冒険者がパーティを組む際、前衛と後衛の概念が生まれるのもこれが理由だ。
両立させようとすれば必ずどちらかが疎かになる。一瞬の隙が死に繋がる戦いの中で、そんなデメリットを抱えて戦うのは、普通なら愚かな行為と言えるだろう。
しかしユーリは、それを感じさせない動きを見せた。
剣技から魔法発動までの無駄の無い動き。相手の僅かな隙を的確に突き、戦闘において有利を維持している。
頭では理解していても、それを実践で可能に出来る冒険者がどれほどいるのだろうか。
ユーリの手から放たれた【フレアショット】は火属性の下級魔法だ。魔法使いが覚える初歩中の初歩だが、魔法を扱う上で基礎とも呼べるものである。
熱量、大きさ、速度。それらを任意で調整できるとあらば、応用力と汎用性に長けていると言えるだろう。
それを目の当たりにしたマルクスは刹那、短く歯を食いしばり、突然怒号を上げた。
「陳腐な魔法で俺を倒せると思うなよッッッ!」
剣先を地面にあてがい、そのまま下段から上に向けて振り抜く。地面をなぞる様に描かれた剣尖は空を裂き、そのまま斬撃となってフレアショットを両断した。
「ッッッ!?」
火球を斬り裂いた衝撃はユーリの模擬刀にぶつかるが、形を持たない斬撃を受け止めるのは不可能だろう。
ユーリは中庭の端まで吹き飛ばされると同時に、視界が大きく揺らぐ感覚に襲われた。
(……あ、これ、ダメだ)
意識が朦朧とする中、微かに遠くで叫ぶマルクスの声が聞こえる。そして再び衝撃が頬を撫でるが、それは新たな痛みとならずに駆け抜けていった。
「……?」
「はいはーい、そこまでだよ」
目の前に揺らぐ束ねられた青い髪。
倒れたユーリを庇う様に立ちはだかったのは、先程まで観戦していたフェルスだった。
「てめぇフェルス! 邪魔してんじゃねえよ!」
「少しは落ち着きなよマルクス隊長、新米くん相手に本気になるなんて大人気ないよ?」
「うるせえ!」
「……あっそ、でもあんまり聞き分けが無いとーーーー」
「ッ!?」
「そこまでだ」
張り詰めた空気にユーリはゾクリとした。
しかしその空気は仲裁に入ったセルディアの一言で一瞬で影を顰めた。
「マルクス隊長、もう気は済んだだろう?」
「……セルディア殿、しかし」
「おほん、フェルス隊長も止めに入るなら挑発する様な発言は控えるように」
「はーい、すいません」
「……全く、困ったものだな」
溜息をつくと、セルディアは倒れたユーリの前で片膝をつき、手を差し伸べた。
「ユーリ・ルクスよ。手荒い歓迎となったが、ようこそ我が騎士団へ」
「……あ、えっと」
混濁する意識の中で、ぼんやりと答えるのが精一杯だった。
「よろしく、お願いします」
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