第4話


 ーーーー決闘。

 これは騎士団における正統な戦いの儀である。

 実力主義を掲げる王都グランバルトでは基本的に隊長格の入れ替えに決闘が用いられるのだが、現隊長格の五人は現在の地位に就いてから今日に至るまで常にその座を守り続けていた。

 つまり隊長という名は、実力そのものを体現するに相応しいと言えるだろう。


「おやおやセルディア殿、なんだか面白い事になってますね〜」

「む?」


 騒ぎの最中、場の空気とは似つかわしい緩い声がセルディアの背に投げられる。

 振り返るとそこにはウェーブの掛かった淡い青の髪を襟足付近で束ね、中性的な顔立ちの男性が壁に寄りかかっていた。


「いつの間に帰還していたのだフェルスよ」

「えーと、新米くんがマルクス隊長に注意された辺りですかね?」

「……んん、ほとんど最初では無いか。ではなぜ止めてやらんのだ」


 セルディアの言葉にフェルスと呼ばれた男は「状態はよして下さいよ」と苦笑して続ける。


「だってマルクス隊長ってすごーく根に持つでしょう? 僕みたいな貴族でもない人間なんて簡単に権力で捻り潰されちゃいますから」

「だから尚更なのだが……な」

「あはは、貴族でない方が軋轢を生みにくいと? つまり僕は無敵の人って訳ですか。なるほど確かに、騎士団長含め、他の隊長達は貴族の出ですし」


 そう言ってフェルスは地面に腰を下ろすと、頬杖をついて模擬刀を眺めるユーリを見据えた。


「面白い子ですね」


 懐から取り出したリンゴに歯を突き出て、素振りをするユーリの太刀筋に目を細めた。


「彼の詳細は?」

「そこに書いているだろう。田舎出身の冒険者だが、実力は確からしい」


 騎士団に所属する人間の中でも、手練れであれば剣を振る姿でその人間の技量を測る事は容易い。ユーリは模擬刀の重さを確かめただけのつもりだが、その所作のひとつひとつがフェルスとセルディアの認識を改めるだけの材料にはなっていた。

 これまでマルクスの挑発に乗った人間も少なくは無いが、結局は皆、直前で尻込みして辞退してしまい、決闘まで漕ぎ着けたのはユーリが初めてと言えるだろう。


「もう大丈夫です」


 素振りを終えたユーリは立ち位置に着くと、欠伸をしているマルクスを見据えた。


「マルクス隊長、よろしくお願いします」

「かッ、瞬殺してやんよ」


 マルクスの模擬刀はレイピアを彷彿とさせる細身のものだ。そして彼自信、筋肉隆々とは程遠い華奢な身体をしている。


「すみません、魔法は禁止ですか?」

「魔法? ふん、別に俺は構わないぜ」

「ありがとうございます」

「魔法剣士か……ますます気に食わないな、お前」


 ギリっと奥歯を鳴らすと、マルクスは模擬刀を低く構えて前傾姿勢を取った。


「いつでもかかって来い」

「ーーーーはい」


 先程までの緩い空気は息を顰め、いつの間にか冷たくピリピリとしたものへと変化する。

 軽口を叩いていたマルクスの表情も既に引き締まり、騎士の名に恥じないものへとなっていた。

 ーーーーザリッ。

 ユーリは肩幅に足を開き、深く長く、息を吸った。見開いた目はマルクスの剣先に結んだまま、斬りかかるタイミングを伺っている様にも見える。


(あれだけ余裕を見せていたのに、剣を構えると全く隙が無くなった……)


 流石は騎士団隊長と呼ばれるだけの剣士だと、ユーリはマルクスに対する認識を改めた。

 だとすれば本気を出さない理由は無い。持てる全てを出して、その剣に応えようと前に出る。


「はあああああ!」


 地を蹴り、二歩、三歩、一気に間合いを詰めていく。


「一撃で沈めてやるよ!」

「負けません!」


 激しく剣がぶつかり、決戦の幕が開かれた。

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