第3話
▪️騎士団
「えー、諸君らは数々の功績を認められーーーー」
「……ふあ、あ」
先の少女の一件は呆気なく幕を下ろした。
店主は衛兵に対し見知らぬ少女にミスリルソードを破壊されたと嘆願したが、結果として捕縛されたのは店主の方だった。
どこも産地や刻印の偽装が流行っているらしく、あの店は元々目をつけられていたらしい。
武器は跡形も無く破壊され、偽物を流通させようとした店主もお縄についた。
全てが少女の目論見通りなのかは定かでは無いが、悪が淘汰される様は何とも胸が空く思いだとユーリはホッと胸を撫で下ろした。
「おいそこ!」
「は、はい!」
とある部隊の隊長らしき騎士が声を張り上げる。
ユーリは現在、招集があった騎士団への入隊式の最中だった。冒険者として実力を認められた青年らが各地より呼び寄せられ、騎士として経験を積んで国を守る立場に就く。
剣の道を歩む者の憧れとも言えるだろう。その第一歩と言える舞台で、ユーリは手痛い失態を晒したのだった。
「騎士団長の話の最中に惚けるとは無礼な、名を名乗れ!」
「ええと……ユーリ・ルクス、です」
「ユーリ・ルクス……ふむ、トルネル村の出身だな。十七歳、冒険者ランクはBか」
手元の資料を読み上げつつ、男はユーリの足元から頭にかけて訝しげな目を向けた。
「多少の実力は有るらしいが……クク、どうにも田舎の空気が拭い切れていないらしい。そんなんじゃ立派な騎士にはなれないぞ?」
「……ッ!?」
「そうすると冒険者ランクもホンモノか怪しいな? 中にはいるんだよ、ニセモノの実力を鼓舞する連中が。なになに……剣は父親に習ったのか。おいおい待て待て、剣技は全て我流だと? 随分と笑わせてくれるじゃないか」
隊長が詰め寄りユーリの顔を覗き込む。
その光景に周囲の騎士達は気の毒そうに目を逸らし、口々にユーリに対して同情を述べた。
「またマルクス隊長の新人イジメが始まったよ」
「騎士団長も止めないんだよなアレ」
「マルクス隊長は貴族の出だろ? 流石の団長も扱いが難しいんじゃないか」
「あー、そりゃ確かに」
周りの言葉を他所に、マルクスはユーリの肩に肘を乗せた。
叱咤に次ぐ侮辱の数々。これまで数多くの新米はここで剣を抜き、不敬を働いたと即退団を余儀なくされていた。マルクスは騎士道に反する者を篩(ふるい)にかけているのだと豪語しているが、傍目から見ればただの虐めが関の山だろう。
彼のストレスの発散法に騎士団長セルディアも手を焼いているが、マルクスは貴族の中でも位の高いスリーヴァ家の出身だ。いくら騎士団長と言えど、下手にスリーヴァ家に目を付けられれば立場すら危うくなるだろう。
今の彼が願うのはユーリが素直に謝罪し、マルクスの機嫌を取ってくれる事だけだ。
しかしそんなセルディアの心配を他所に、マルクスは嬉々としてユーリを煽る様に見回していた。おおかた怒りに震えているだろうとほくそ笑んでいたが、覗かせたユーリの表情は限りなくフラットなものだった。
「おいお前……なにが可笑しい?」
「いえ、少し思い出していただけです」
「は?」
「誠実な仕事には魂が宿り、有りの侭の事実だけを具現化させる」
「魂だと? そんなものが何だ。せめて魔法なら少しは現実味がある言葉に聞こえなくもないがな」
「ええ、どの道アナタにはこの言葉の意味は分からないでしょうけど」
「……なんだと?」
マルクスの瞳は火が付いた様に熱を宿す。これまで向けられた事のない眼差しに、嫌悪を超える不快感が全身を駆け巡った。
しかしユーリは淡々と、あの出会った少女の言葉を自分に置き換えて口にする。
「父さんと母さん、二人と積んできた鍛錬の日々は決して俺を裏切らないと言ったんです」
「クク、こりゃ傑作だ。じゃあ俺にも勝てるつもりでいるのかよ?」
「勿論です」
「ほう……吐いた唾、飲むんじゃねえぞ?」
マルクスはユーリの肩を押し除けると、剣を抜いて切先を露わにした。
「セルディア騎士団長! この男の無礼な態度を許すわけにはいきません。ここは五番隊隊長として、このマルクスが指導をしてもよろしいでしょうか?」
「……ふむ」
セルディアはやや困った顔をするが、宥めたところでマルクスが収まると思っていなかった。他の隊長格が助け舟を出してくれるかと期待したが、五番隊を除いた一から四番隊の隊長らは任務で出払っている。
新米のユーリという青年には気の毒だが、セルディアはマルクスの機嫌を損ねない回答を選んだ。
「ユーリよ、マルクスに謝罪の意を述べる気は?」
「ありません」
「ハッ、即答かよ」
先程まではオドオドしていたユーリだが、あの少女の言葉を口にした途端、形容し難い気持ちが体の奥底から沸々と湧いてきた。
(俺の欠点は自信の無さ、それは自覚してるし直そうともしている。でもどうしようも無くて諦めかけていたけれど、あの子の言葉……なぜか、不思議と心に残ってる)
使い古したロングソードに手を掛け、ユーリは目を見開いてマルクスに視線を結んだ。
「胸をお借りします、先輩」
「上等だ……骨の二、三本は覚悟しておけよ」
一触即発の空気が張り詰める。
セルディアは両者の同意を確認し、ここに模擬戦という名目の決闘を宣言した。
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