第2話

「だってコレ、


 少女はフードを目深に被ると、温度の無い声でぴしゃりと言い放った。その言葉に店主は沈黙し、数秒ほど呆気に取られた表情を浮かべると、なんとも気の抜けた返事を溢した。


「…………は? お嬢ちゃんの作品じゃない?」

「そうだけど?」

「ぶッ……わははははは!」


 店主が吹き出したのを皮切りに、いつの間にか集まっていたギャラリーも堰を切ったように笑い声を上げた。


「おいおい、冗談キツいよお嬢ちゃん。そりゃそうだこのミスリルソードはシルキスの作品なんだからよお」

「まあ伝説の鍛冶屋に憧れているのは分かるけどねえ……」

「よりによってシルキスを名乗るとは度胸あるけど、流石に無理があるだろうな」

「あ、あの……」


 周りが笑い声に包まれる中、ユーリは不安げに少女の姿を見上げた。

 少女は店主らの声にたじろぐでも無く、否定する訳でも無く、その視線はただ、ブロック堀に突き立てたミスリルソードに向けられていた。

 あの虚空を見据えるような不思議な瞳。一体彼女は嘲笑の最中で何を考えているのだろうか。


(でも、流石にこれはーーーー)


 ユーリは居ても立っても居られず、気が付けば無意識に前に出ていた。


「あ、あの!!」

「あン? 何だよ兄ちゃん」

「えっと、その……」


 勢いだけで前に出たが、それに続く言葉が上手く喉から出ない。彼女が笑いものにされているこの状況をどうにかしたい。その一心だったが、結果として妙な空気を作り出しただけに終わった。


「えーと、人を見た目で判断するのは……よくないと思いますよ?」


 自分が視線を集めれるのならそれでも良い。そのまま事態を収束するのを待とうとしたユーリだが、少女は相変わらずの冷めた声で「茶番は済んだ?」と溢した。


「え?」

「見てるといいわ。この剣に使われているミスリルがデオドールのものなら、容易く耐えられる筈よ」

「うわッ!?」


 刹那、ミスリルソードから光が溢れた。

 光は揺らめきと共に増幅し、刀身は肉眼で捉えられない程の輝きを帯びている。まるで太陽を手中に収めたかの様な眩しい光だ。


「おい、何をした!」

「簡単な事よ。ミスリルにわたしの魔力を流し込んでいるだけ」

「ミスリルに……魔力を?」

「……そろそろね」


 ピキッ!


 少女の前髪が揺れると、それと同時に乾いた音が短く響く。光が収まった次の瞬間、辺り一面には粉々に砕けたミスリルが散らばっていた。


「よ、40万のミスリルソードが……コココ、コワレタ!?」

「てめぇ! ウチの商品に何してくれてんだ!!」

「どの口が言っているのかしら」


 少女は下に降りてくると、砕けたミスリルの破片を摘み上げ店主の目の前に突きつける。鋭い破片の先端が眼球の直前でピタリと止まるが、僅かに帯びた魔力の残滓となり淡い光を宿してる。


「ひ、ひィっ!」

「魔力の滞留量から推測するにこのミスリルの純度はおよそ74.1%、対してデオドール産のミスリルの純度は最低でも97%よ。つまりデオドール産というのはウソ」

「な、何を言ってーーーー」

「それにこの刀身と刃を繋ぐ構造、わたしの技術では有り得ないお粗末な仕事よ。こんなもの細部まで見ずともすぐに分かる、是非これを作った職人に会ってみたいものだわ」

「馬鹿を言え! 現にそれにはシルキスの刻印が……」

「刻印なんて真似れば誰でも彫れるでしょ? 確かなのは、手に持って確かめたものだけーーーー誠実な仕事には魂が宿り、有りの侭の事実だけを具現化させるわ」

「……魂が宿り、有りの侭の事実を具現化させる?」


 ユーリは少女の言葉を反芻するが、遠くから聞こえる足音にハッとする。


「やばい、衛兵がこっちに来てる!」

「あらそう」

「『あらそう』じゃなくてキミ捕まるかもしれないんだよ!」

「ご心配には及ばないわ」


 懐から小さな球状の物体を取り出し、軽く口付けをしてから地面にばら撒く。火薬が詰まっていたのだろう、球体は地面に接触した瞬間、短く炸裂する音と共に弾けた。


「うわ!? あの嬢ちゃんなんてものばら撒きやがる!」

「衛兵はやくコッチに来てくれ!」

「げほげほ! とりあえず煙の外にーーーー」


 煙に覆われながらユーリは壁際に逃れると、頭上から先の少女の声が降ってきた。


「少しグダグダしたけど、シルキスの名を汚すモノは排除できたわ」

「ちょっとキミ! さっきから全部いきなり過ぎるんだよ」

「アナタ、名前は?」

「名前? ユーリ……ユーリ・ルクスだけど」

「……ルクス?」

「ん? どうかした?」

「……何でもないわ。でも田舎者がバレるとさっきみたいに足元を見られるわよ、用心する事ね」

「田舎……ッ、余計なお世話だよ!」

「またね」

「え、ちょっと……うわッ!?」


 そう言い残し、少女は最後の一球の火薬玉を落としていった。


「何だよ……あの子は」


 煤けた臭いに包まれながら、ユーリは少女が居た場所をぼんやりと眺めた。

 厚手のローブから垣間見えたのは長い赤い前髪と、それに負けない程の熱を帯びた真紅の瞳。

 華奢な見た目とは似つかわしい雰囲気を纏った少女は、ユーリの脳裏に鮮烈な記憶として焼き付けられた。


「……あ、早く城に向かわないと!」


 この少女との出会いがユーリの人生を大きく変える事など、彼はまだ知る由もなかった。

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