叛逆禁忌のマテリアライズ 魔法剣士と鍛冶屋の少女の物語
名無し@無名
第1話
▪️剣と出会いと軋轢と
「これが、噂の……ッ!」
「残り一点、早い者勝ちだよ兄さん」
人の行き交う道すがら、こじんまりとした露店で声を唸る様な上げる青年。透き通る翡翠色の刀身を眺め、彼は思わずごくりと生唾を飲んだ。
ーーーー大陸最高峰の純度を誇るデオドール産のミスリル。その原石から削り出して精製された、剣士なら誰もが憧れる至極のロングソードである。
「ほ、ほんとに40万ゴルドでいいの、オジサン!?」
「ああ、ここだけの特別サービスだよ。兄さんが即決してくれるならその値で譲ろう」
「……40万ゴルド」
通常のミスリルソードの相場は約50万ゴルド。
それがデオドール産となれば値段は大きく跳ね上がる。その理由は高純度のミスリルが魔法に対して破格の適応力を持っているからだ。
普通、魔法を扱う場合は大気中のマナを体内に取り込み、魔力に変換させて放出するというプロセスを基本とする。この過程にミスリルが介在すると、ミスリルそのものに魔法が反応して威力を引き上げるとされていた。
故に魔法使いが一人前の証として師より受け取る杖にはミスリルが用いられており、この世界の常識でもあるのだが、この青年ユーリ・ルクスもまた、剣士でありながら魔法を扱う冒険者だった。
「いやあ、これはまさに運命としか言えない。魔法剣士が現れ、その魔法剣士用に作成されたミスリルソードがたまたま入荷したときた。長年この仕事をしてきたが、こんな巡り合わせは初めてだ」
「そ、そうなんですね!」
ユーリは鼻息を荒くした。
父親が剣士、母親が魔法使いといった冒険者家系で育ったユーリは、幼い頃より剣と魔法の鍛錬に励んでいた。出身が大陸の遥か東の田舎だった為、娯楽も少なく、唯一の楽しみといえば両親との鍛錬の日々だった。
剣と魔法が上達する度に両親が喜び、それがユーリにとっても幸せだった。強くなる事に貪欲に取り組んだ結果、彼は僅か十七歳という若さで王都の騎士団への入隊を許された。
そしてまさに今、ユーリはその騎士団への入隊式へ向かう道中だ。内心どこかで田舎者だと馬鹿にされるかもと危惧していたが、ここでデオドール産のミスリルソードを腰に下げていれば拍がつくと考えた。
「ううう……」
「ささ、どうするよ兄さん?」
(40万ゴルドは高いけど……今の俺なら)
「売るアテは他にもあるんだぜ? 買うなら今しかチャンスはないよ?」
「!? じゃあやっぱり買いーーーーあたッ!」
そこまで言い掛け、コツンと後頭部に痛みが走った。
足元に転がるのは小さな石ころ。何だと思いつつ、ユーリはゆっくりとその石が描いた放物線の先を辿る。見ればそこには、何やら厚手のローブを纏った少女がひとり、長い前髪の隙間から険しい目をこちらに向けていた。
「……馬鹿じゃないの?」
「え?」
開口一番に吐かれた言葉に、ユーリを含めた周りの視線が集まった。
「それって、俺に言ってる?」
「どっちにも、よ」
吐き捨てる様に言うや、少女はこちらにヅカヅカと歩み寄ると、ユーリの手から乱暴にミスリルソードを奪い取った。
「あ、ちょっと!」
「……ふざけんじゃないわよ、これがデオドール産のミスリルですって?」
「それは俺が買うんだ、返してーーーー」
慌てて手を伸ばすが、ミスリルソードと少女の姿はユーリの視線から消えた。タンと軽い身のこなしで地を蹴り、露店の裏のブラック塀に登る。そして相変わらずの不機嫌そうな表情のままミスリルソードを顔の前に掲げる。
「これはどう見ても偽物。素材もお粗末なら加工方法もカスね。サイアクったらありゃしない」
「偽……物?」
あまりの唐突な出来事に店主も呆気に取られていたが、商品を愚弄されたと理解すると、激怒して言葉を荒げた。
「おいおい、言っていい事と悪い事があるぜお嬢ちゃん! そいつはまさにデオドール産の最高級ミスリルを使った業物だ」
「ふうん、で?」
「ッ!? じ、じゃあ柄の側面を見てみろよ! あの名工【シルキス】の刻印入りだ!」
「シルキスって……あのシルキス?」
ユーリは驚いた。
名工シルキスと言えば、今この世界の鍛冶屋の中でも指折りの職人と呼ばれている。しかしその素性は隠されており、全てが謎に包まれた人物だった。
彼が武器を作るのは稀であり、基本的にはオーダーメイドでしか仕事を受けないと聞く。そもそもコンタクトを取る手段すら確立されていないが、名うての冒険者の一部は彼の武器を手にしている。
彼に認められた者のみが武器を作って貰えると、その界隈では有名な話だ。
「その剣は偶然、知り合いから買い取ったモンだ! いやあシルキスの業物とくれば苦労したぜ」
「……刻印ねえ」
剣を傾け柄に視線を落とす。
確かにそこには【シルキス】の文字が刻まれていた。
「どうだ! ぐうの音も出ないだろう!」
「やっぱ偽物」
「なに!?」
「だってコレ……」
少女は剣を塀に突き立てると、フードを深く被って店主を嘲笑った。
「ーーーーコレ、わたしの作品じゃないもの」
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