第9話 Fount/ よりよく

   9.Fount/ よりよく


 ボクはこちらの世界ではふつうの中学生だ。ただ、小汚い恰好をしていたこともあって、未だに友達がいないどころか、話しかけてくる人もない。さらに両親が亡くなって金回りがよくなった。そう見なしてタカろうとした先輩たちが、再起不能になったことも、悪い噂を加速させる。

 ボクが両親を殺したのではないか、と……。

 両親の自動車事故は、テレビでも報じられたのでみんな知っているが、ボクが悪魔と契約し、両親を事故に巻きこんだ……と噂されるのだ。

 周りがどういおうと、ボクは気にしない。そもそも、悪い噂を立てられたところでボクの立場は変わらないからだ。

 両親に虐待をうけ、いつもみすぼらしい恰好をして、ほとんど会話すらかわさない怪しい子供……。

 今ではグランシールのお世話で、恰好はまともになったけれど、会話しない点に変わりない。ボクも人との接し方が分からず、どうしていいか、未だに分かっていないからだ。

 唯一話しかけてくるのは荒木という女の子だけれど、彼女とてボクの扱いには難儀しているはずだ。

「文化祭に協力してくれる?」

 そろそろ、そんな時期が近づいていた。でもボクは「ボクが参加すると、みんなが嫌な気分になる」と断った。

 彼女は正義感が強く、ボクが孤立するのをよしとしていない。でも、今さら友達になれるはずもなかった。互いにわだかまり、深層にある意識は変えられない。これはリセットされるまでつづく。

 ボクは早く大人になりたかった。これは小さいころからずっとそうだ。親に頼らずに生きる。大人になって、子供時代のことをすべてリセットする。だから絶望することなく、今まで生きてきた。


 異世界に行って、ボクは大人になった。

 それは女の子たちと関係し、肉体的に……というばかりではない。

 誰かと会話できるようになった。これまではそれすら、億劫で避けていた。でも女の子と関係するため……ばかりでなく、異世界では自然と会話できるようになっていたのだ。

 ここではリセットが必要ない。すべてがスタートだ。

 そんな中で、アルティと再会した。彼女とはリセットだった。初めて会ったときが童貞だったこともあって、彼女には悪いことをした……と思っていた。でも、それを改めることができた。

 彼女に良い思いをさせてあげることができた。まだ子種を授けられたかどうか、は分からないけれど、エッチが嫌いにならずに済むだろう。

 ただ、ずっと気になることもあった。

 相変わらず、グランシールは教えてくれない。魔族との関係だ。

 それに、この世界との並行世界という話だったけれど、こちらの世界にエルフやドワーフは、あくまでお伽話、フィクションの世界の登場人物だ。並行世界にしては、この世界とちがう点が多過ぎる。

 大人になったけれど、分からないことばかりだ……。


 異世界――。そこは美しい泉の近くだった。森の中だけれど、アルティがいたような魔獣が跋扈するような、そんな暗さ、張り詰めた緊張があるわけではない。むしろその美しい泉が、すべての緊張を弛緩させるような、誰もがここにいて居心地いい、と感じるような場所だ。

 人々は魔族の襲来を怖れて、個人がばらばらに、こうした自然の中で暮らすことが多いので、そういう人を探すのだと思って、ボクも森を歩く。

 そこは花も多く咲いており、まるで楽園のようだ。ボクも歩くだけで気持ちいい空間に、それほど嫌な気はしない。

 そんな花を愛でつつ、歩いていると、ふと動くものをみつけて目をやる。

 そこには背中に昆虫のような羽根を生やした、手の平にのるぐらいの人が花から花へと、まるで蜜を集める蝶々のように飛び回る姿があった。

「あッ!」

 向こうもこちらに気づき、隠れようとするが、焦ったのか、木の幹にぶつかって墜落してしまった。

 ボクも慌てて近づき、拾い上げる。

「妖精だ……」

 誰にいうともなく、ボクもそう呟いていた。


 全身が薄っすらと金色に輝くのは、花粉がついているため……ばかりではないようだ。

 全身がそうしたうっすらとした金色で、髪色もそうだ。さっき一瞬、ちらっとみた瞳の色もそうだった。妖精族はこれがノーマルらしく、アルビノというわけではないようだ。

「まさか……、今回は妖精とするの?」

「そうなります」

「でも、彼女……この子は彼か? 妖精とはサイズがちがうから、できないだろ?」

「それは妖精たちに聞いてください」

 グランシールはそっけない。ボクの手の上で横たわっている妖精は、全裸だけれど胸はやや膨らんでいるかな……という程度だし、下はつるんとしているけれど、排せつ器官と思しきものはない。つまり中性的で、そうした性的な印象をうけるものが何もないのだ。

 気を失っている妖精が目覚めるのを、しばらく待つ。

「う~ん……」

 目覚めた妖精が逃げようとするので、ボクも慌てて引き留めたけれど、その手を指でつかむと「痛い!」と、力加減をボクがまちがえて、強くつまんでしまった。

「ごめん……。でも待って。話を聞いて」

 話が通じることに安心しつつ、小さな妖精との会話に少し戸惑っている。相手が大きな声をださないとボクに聞こえないし、ボクが大きな声をだすと、相手には煩くて仕方ない。

 体のサイズがちがうと、こういうところで問題を生じるのだ。


「あなたは……グランシールを着ている……のですね」

「勇者の子種をもつらしい。今回、妖精族の子との子づくりを求められ、ここに来たんだ」

 事情を理解してくれたようだけれど、妖精はしばらく考えこんでいる。

「私たちとの子づくりは、できるかもしれませんが、正直分かりません。そもそも私たちは子を生さないのです」

 驚くことはない。その中性的な体には、生殖機能がないからだ。

「でも、子孫をのこせるのでしょう?」

「子孫をのこす……という発想がありません。生命と感応し、私たちは生まれるのです」

 ボクは最初、感応……を官能とカン違いしていたけれど、感じ合って、その生命の躍動に応じる、という意味らしい。

「つまり、アナタと私たちの魂が感応すれば、子ができるかも……とも考えられるのです」

 ただ、そんなことが起きたとは、聞いたこともないそうだ。

「感応って、どうするの?」

「こうすればいい、という決まりはありません。あなたがよりよく生き、私たちとの間で感じることがあれば……です」


 難しい話となった。それはセックスをする、という形での子づくりではなく、ボクの生き方に妖精たちが応じる形で、新たな妖精が誕生する。それが子どもという形になる、という話だ。

 妖精と別れた後も、ボクはこの泉で悩んでいた。

「何を悩んでいるんですか?」

 グランシールがそう尋ねてくるけれど、ボクは「それは悩むよ。どうしたらいいんだ……?」

「私には簡単に聞こえましたが……」

 文句を言おうと思って、ふと思いとどまった。

 これまではとにかく女の子とエッチをして、ボクの子種を相手に渡すことばかりを考えていた。それでも子供はできるのだろうけれど、その子が勇者になるのか? というと正直、よく分からない。

 ボクの子であるけれど、こうした二重生活で、現れる場所もまちまちとなると、ボクはその子を育てることに関われないからだ。

 妖精との間で生まれる子が、勇者になるかどうかは不明だ。でも、よりよく生きるという態度により、生まれた子なら悪い子にはならないだろう。それは自己満足であってはいけない。妖精がそう感じてくれないといけない、第三者によって判断される「よりよく」だ。

 今はただ、ボクが勇者の子種をもつから、女の子たちも受け入れてくれている。でもそれではダメなのだ。勇者の父親にふさわしい男になろう。妖精との出会いによって、ボクはそう考えるようになっていた。






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