第5話 Droop/ 遭遇
5.Droop/ 遭遇
異世界に行って、エッチだけしてもどってくる……。とんでもない生活を送ることとなった。
魔族によって滅びに瀕する世界で、勇者待望という空気が強い。そして、その勇者を生める子種をもつ男子をグランシールという鎧が守っている、という話も広く伝播するようだ。
説明せずとも、相手が理解してくれるのは有難いけれど、ボクが相手を選ぶ権利はない……という点が気がかりでもある。
でもこちらの世界に戻ってきている間は、ふつうの中学生だ。ふつうの……といってもイジメ、無視という状態であって、学校では同級生どころか、先生と話をすることもない。
異世界ではボクを守る鎧なのに、こちらの世界では大人の女性になって、メイドとしてボクの日常生活にあれこれ口をだしてくるグランシールにより、身嗜みも整えられ、それもまた薄気味悪がられる原因だ。両親が亡くなって、急に金回りがよくなったように感じるのだろう。
そんなボクに絡んでくる者がいた。あぶく銭をアテにする連中であり、昔なら不良という言葉を当てたのだろうけれど、今ではふつうの生徒でちょっとヤンチャと呼ばれるぐらいの、先輩たちだ。
「典君。オレたち、友達だろ?」
なった憶えもないけれど、親し気に話しかけてくる。
八人に囲まれ、ふつうだったら委縮するのかもしれないけれど、ボクにとっては関係なかった。
親にひどい暴力をふるわれたこともある。殴られ、蹴られ、それでもボクは抵抗せず、気持ちを無にする。耐えるのではなく、無になるのだ。
お金さえ渡せば、暴力は止むだろうけれど、そうする意味さえ感じていない。だって痛みからは逃れられない……と学習したら、人は抵抗する気を失う。学習性無力感というらしい。親からの暴力は、子供にとって抵抗してもムダ、と思わせるに十分は呪縛を与えるのだ。
体を丸め、防御するけれど、抵抗はしない……。
「ぐわッ!」
そのとき、先輩たちから悲鳴が上がった。ふと顔を上げると、そこにグランシールが立っていた。びっくりしたのは、一瞬にして八人が顔面を陥没していたことだ。物凄い力でなぐられ、鼻が高さを失うばかりか、眼球も破裂し、上あごもほとんど形を成していない。
全員が一瞬にして、再起不能の状態にされていた。
「この世界の人間は脆いですね」
グランシールは淡々と、まるで家事をこなした後のような気楽さで、そういって辺りを見回す。
ボクはグランシールの手をひいて、慌ててその場を離れた。
「何てことを……」
ボクも絶句するけれど、グランシールは他愛もない……と言わんばかりに「あちらの世界では、これぐらいの反撃は当たり前です。相手を攻撃する、ということは同じ目に遭う……ということ。その覚悟もなければ、他人を攻撃してはいけない。それが常識です」
「この世界では常識じゃないんだよ」
「分かっています。ですが、あなたは半分向こうの世界にも関わっている。しかも大切な人です。なので、向こうの世界の流儀でやらせてもらいました」
死んではいないだろうけれど、顔面の再生術を施さない限り、元の生活をとりもどすことはできないだろう。ボクのお金を目当てに暴力をふるってきた、彼らを擁護するつもりはないけれど、やり過ぎであることも確かだ。
「向こうの人間は、あんなパンチをしても大丈夫なの?」
「魔法で防御しますから、鼻血がでるぐらいですよ、せいぜい」
多分、グランシールはこちらの世界の人間が魔法をつかえないことを知って、魔力を籠めた拳を叩きこんだのだ。それが異世界のやり方だから……。
「大丈夫です。魔法で相手の目を奪って、その隙に拳を入れましたから、彼らも私をみていません。八人で一人を囲んで暴力をふるっていたら、飛びこんできた助っ人にやられた……との認識をもったはずです。これ以上の飛び火はしませんよ」
「……何で、ボクがやられているって分かったの?」
「私はアナタを守る鎧です。アナタの異変をすぐ察知できるように、感覚を共有しています。また位置も分かります。そうでもしておかないと、一人で学校に行かせていませんよ」
とんでもない過保護……というか、感覚を共有っていつの間に……? ボクも淡々と語るグランシールのことが、少し怖くなった。
ふたたび異世界――。
今度は岩だらけの山の中腹にいた。
「この世界には、エルフの他に、どんな種族がいるの?」
「色々です。私にも分かりません。ただ生活圏を別けていると、亜種が誕生しやすいのと同じです」
「もしかして、魔族が現れて、人々の生活圏が分断されるようになった?」
「それもあります。元々、大きな大戦があって人々の数も少なくなったそうですが、魔族によって分断がすすみ、生活が重ならなくなったので、森に暮らすエルフ……といった区分けになってきたのです」
人族には最初にアルティオーラと出会っているけれど、彼女も山の中に隠れるように暮らしていた。町をつくると魔族に襲われ、エルフのレマのように崩壊した町に一人でとり残されることもあるのだろう。誰もが少数で暮らすことが当たり前となっている。近親で婚姻をくり返すうちに、肉体的な特徴が顕著な差を生じるようになった原因かもしれない。
しかし、ここは並行世界のはず。エルフやドワーフが誕生するって、どれだけ分離した時期が早いのだろう……?
それにしても、この岩だらけの山なら隠れ住むのに十分だろう。
ただ、今度はどんな女性と会うのだろう……? そう思って歩いていくと、岩の上にいる小柄な男性と、ばったりと出会った。
それはこの世界にも、男だっているだろう……と思ったら、グランシールが「逃げて!」と、鋭く頭の奥で叫んでいた。
「グランシールを纏いし者……。そうか、キサマが!」
小さな杖のようなものを向けてきた。その瞬間、激しい雷撃が襲ってくる。ボクは逃げるのではなく、それを手で払ったけれど、バチッと鋭い痛みに、思わず手を引っ込めざるを得なかった。
「あれは……?」
相手にロックオンされており、また手の痺れものこる。ボクもここから逃げることは難しい……と悟った。
「魔族です。まさか、こんなところで遭遇するとは……」
これは後で知ることだけれど、グランシールは勇者の母親候補をさがしだす力はあるけれど、魔族を感知する能力はない。つまり、こうして不意に遭遇することも往々にしてあるらしい。
魔族――。初めてみるけれど、まだ少年のようだ。要するに、ボクとそれほど歳の差があるわけではない。
ただ、杖をもって黒いコートに身をつつむ姿は間違いなく魔法使いであり、テンプレのつばが広いハットも被る。この異世界は、並行世界であるため、こうしたイメージの共有は想定していたけれど、まさかここまで……と驚いていた。
「勇者の父親……。まさか、こんなうだつの上がらない、退屈そうな男だとは思わなかった」
この世界にも『うだつ』があるんだ? 妙なところに感心しつつ、ボクも「キミは魔族か? 随分と古典的な恰好だけど……」
「古典? オマエたちノマドは魔族と呼ぶが、強い魔力をもつ我々にとって、それを制御しつづけるのが如何に大変か……。このスタイルは、その叡智のゆえだ。変える気もない」
ノマドは遊牧民という意味だけれど、ここでは魔族以外をそう呼ぶらしい。魔族の攻撃に怯え、定住することがないからだろう。
「叡智? そんなものがあるなら、他種族を滅ぼそうなんて、愚かなことはしないだろ?」
「愚か? それはノマドたちのことだ。オレたちが何のために、ノマドを滅ぼそうとしているのか? オマエは知らないのか?」
グランシールがまだボクに隠していることがある? ボクも気になったけれど、今は無口になっているグランシールに尋ねている場合ではない。何しろ、彼らにとって強敵となる、勇者の父親と目されるボクを生かしておく道理は、彼らにもないからだった。
ボクはグランシールをまとうけれど、魔法とか、攻撃系はもっていないし、聞いてもいない。先ほどの攻撃をはじいたときだって、痛みはかなり襲ってきた。それぐらいで済んだことを喜ぶべきか? ただ次の攻撃をかわせる、と自信をもっていえるほど、余裕がある状況ではなかった。
そのとき、どこからともなく弓矢が飛んできて、魔族の少年を襲う。ボクはグランシールの「今です。逃げて!」という声と同時に、走ってその場を脱していた。
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