第十話 祝福
目の前に黒水晶がある。ここに手を添えると魔法があると光り輝くのだ。記憶の中での
転生前の記憶があるくらいじゃ、光らないかもしれない。ただ、転生ものの主人公と言えば、人にはない能力を持って生まれてくるものである。魔法の力があると夢の中で神様は確かに言ってたんだ。
数分手を置いたままにするが、黒水晶は無常にも、いつも通り無反応だった。
水晶の上にかざしたり、触ってみたりする。恐る恐る振ったりもしたけれども全く光らない。一時間程、悪戦苦闘したが、無理だった。神様が言った言葉が嘘だったのか。それとも、
その日から毎日、水晶に触れてみたけれども、何度やっても僅かにさえ光ることはなかった。
これでは運命に
完全に諦めかけたある日、書庫の整理をしている時に魔法の書を見つけた。大した本ではない。ルクセンブル公国ほどの大公国の書庫ならばあっても別に珍しくもない本だ。
古びた初期魔法ばかり並べた初心者向けの魔道書だ。水晶に触れて能力がなかったから、魔法が使えると思わず、読んだこともなかった。
ページをめくって魔法の詠唱方法をざっと1ページ目から読んでいく。まずはマジックミサイル。追尾性のある魔法のミサイルを相手に向かって飛ばす。レベルが上がると操れる本数が増えていく。
こっちはファイアーか。炎を相手に向かって投げる魔法だ。範囲魔法なので、多少外しても爆風により、ダメージを与えられるが、味方にも被害が出るため、狭い場所では唱えるの大惨事になる。
ウォーター。水を出す魔法で、攻撃だけでなく、色々と利用価値がありそうな魔法だ。
あれ……、頭の中に魔法の詠唱方法が浮かんできた。手が光り輝いてくる。わたし、この魔法を全て知っている。それだけじゃない……。
千年前に勇者が封印した古代魔法の数々。それら全てが頭の中に浮かんでいく。バラバラだったパズルのピースが、適切な箇所にはまっていく感覚がした。もしかして、今なら魔法が使えるかも……。
わたしは唾を飲み込んだ。今、確かに強い魔法の力を感じた。それも衝撃的なほど強力な魔法だ。これが本当に出来るのであれば、人前で使ってはダメだ。
強すぎる力は、自身を滅ぼす。今は婚約者と言うことで済んでいるが、能力があると知れば、もっと高い地位を狙うだろう。諦められているから、強制されない貴族との社交も強制的に出なくてはいけなくなる。
今はハインリッヒ王国の三男の王子と婚約するだけで、両親も喜んでいるのだ。
その証拠に……。
「何、何があったの……、今凄い魔法の力を感じたんだけれども……」
学園の休みに帰ってきていた姉のアリアが、
「さあ、気のせいじゃないです?」
ここでバレたら、
「そう? おかしいわね。気のせいなのかしらね。まあ、あなたが使えるわけないわよね」
不思議そうな顔をしてアリアは、自分の部屋に戻って行った。
◇◇◇
「カノン様、どこに行かれるのですか?」
少し前までは、
父は昔から、
本来なら、魔法の使えない次女など、召使いなどつかないのに、
特にアリアが、
「ちょっと、野草を探してきますね」
野草を使って首飾りを作るのだ。ハインリッヒ王国の中で流行っている遊びだった。
「じゃあ、僕も一緒に行きますよ」
「セルジオ、それには及ばないですよ。いつも行ってる湖までならば庭ですし……」
「大丈夫かな?」
ここで、ついて来られたら魔法を使うことができない。軽く大丈夫と笑いながら、湖まで歩いてきた。
「さて、どうでしょう」
手のひらを上に向けて、魔法を詠唱しようとする。あれ、水が湧いてきた。もしかして、想像しただけで魔法が使えるの。
これは驚きだった。無詠唱魔法は、通常魔法の最上位に位置する。瞬時に使うことができるために、危機的状況でも使えるためだ。ただ、詠唱魔法に比べて相当難易度が高かったはずだ。
火の魔法、水の魔法、土の魔法……、
凄いよ、
大きな祝福の魔法がハインリッヒ全土にばら撒かれたのは言うまでもない。
やばいやばい……。
「凄い祝福魔法が大陸全土に広がっているそうだ。一体、誰が使ったのだろうか? 王国の魔導士がそんなことするわけないし……」
「そんなことがあったのですか?
「だよなあ、うーん……」
どうやら、
それにしても、気軽に使うとやばいわ……。ひきつった笑顔で答えたのだが、バレなくて良かったよ。
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