第九話 銀座での惨劇

◇カノン視点―ハインリッヒ王国に異世界転生する前のお話です◇


 今日はホワイトクリスマス。私―白鳥奏音しらとりかのんは、かじかんだ手の平で雪を受け止めながら、空を見上げた。パラパラと降る雪は日の光に照らされてキラキラと輝く。


 息を吐くと白い色に変わった。このままだと心の芯から凍えてきそうだ。


「寒い……、まだかな」


 銀座の和光本店の時計がウエスターミンスターの鐘を奏でだした。手もとの時計を見るとちょうど12時になったばかりか。


 前を向くと歩道の向こう側から、こちらに向かって走ってくる男子がいた。背が高く髪の毛を小綺麗にまとめている。わたしの幼馴染だ。本当に告白まで長かったな。お互いが好きになってから足掛け八年。本来ならタイムオーバーだよ。


神居かむい、遅いです」


 私が少し不満そうな顔をして手を振ると神居も手を大きく振って走ってくる。


「ごめんな。遅くなった」


 白い息を吐きながらこちらに近づいて来た。


 後10メートル……、5メートル、3メートル……。もうすぐ……。神居が来るのを今かと待っていると視界の端に何かが飛び出してくる姿が見えた。なに、あれ。


 わたしは、ただならないことが起こっていると感じ意識を集中させる。周囲の時間はゆっくりと流れスローモーション撮影のように感じられた。視界の端から中央に向かって男が近づいてくるのに気づいた。中年の男だ。男の手には刃物が握られて、神居に向かって走って来ていた。なに、これ……。


 わたしは思わず神居に近づいた。そのまま、通り過ぎ神居の前に立つ。男の刃物は神居の前に飛び込んだわたしに刺さる。良かった、これで神居は助かる。そう思った瞬間、身体中に激痛が走った。痛いと言うよりも焼かれるように熱かった。


「奏音、奏音、しっかりしろ!!」


 神居の叫び声がした。逃げてと言おうとするが声が出ない。代わりに口から赤い液体が飛び出した。わたしは逃げてと手を左右に動かした。神居がわたしに走り寄る。近づいたらダメ、そこにはまだ犯人がいる……。


 わたしは見上げようと顔を上げると、刃物を持った男は腕を振り上げて、そのまま下へ振り下ろした。


 わたしが倒れている上に神居の身体が覆い被さる。神居、ごめん……、ふたり一緒に死んじゃうなんてね。わたしは声を絞り出そうとした。代わりにゴボッと言う音ともに血が出て咳き込む。


 右手に暖かい感触がした。見ると神居がぎゅっとわたしの手を握っていた。ごめん、守れなくて、と聞こえてきた。神居、わたしもごめんね、守れなくて……。


「救急車だ。救急車を呼べ!!」


 薄れゆく意識の中に人の叫び声が響く。神居の手から滑り落ちたケースが地面に転がる。外に出たオルゴールが音色を奏でる。これを買うために遅くなったのか。ちゃんとした形で受け取りたかったな。


 あの傷ではふたりとも助からない。生まれ変われたら、神居と同じ世界に生まれ変わりたいな。できれば神居を守れるような最強の魔法使いになれたら……。

 そう思った瞬間、わたしの意識は途切れた。



◇◇◇


 

 熱い……、熱いよ。額に手を当ててみると焼けるように熱かった。


「カノン……大丈夫?」


 ゆっくりと目を開けると女の人の顔が目の前にあった。金色の髪に中世のワンピース。わたしの額からタオルを取って、水に浸したタオルと交換してくれる。ひんやりとして気持ちいい。


 周りを見てみると広々とした天蓋に綺麗なシーツ。わたしの名前を思い出すとルクセンブル リッツ カノンという名前だった。


 目の前の女性は母親のゼマだ。父親はルクセンブル公国の君主ラグナルだ。わたしはこの歳まで親のことをよく聞くいい娘。悪く言えば、主体性が全くなかった。


 それにしても最悪なのは、わたしはハインリッヒ王国の王子と婚約していることだ。記憶が戻る前の私は、この条件に心躍るような気持ちだった。昔の自分の前に立って、本気で叱りたい気分だ。


 わたしには好きな人がいる。運命の人だ。神居くん以外の誰のものにもなりたくはない。


「大丈夫……。もう少し寝れば、きっと良くなる……」


 そのまま、わたしは夢の中に沈んでいった。


 

◇◇◇



 夢の中でわたしに話しかけてくる声がする。全ての時間を集約している空間だ。そこで、誰かがわたしに声を掛けていた。


「お前たちにかかった呪いは、神であるわたしにもどうにもならない。無責任かもしれんが、二人で解決しないとならない。お前と神居をもう一度転生させる。これが最後の転生になる。お前には……最強魔法使いの能力を……そして神居には……勇……」



 

◇◇◇




 わたしは飛び起きた。この夢が本当ならば、わたしと神居はハインリッヒ王国の何処かにいるのだ。そして、わたしには最強魔法使いの能力があるはず。


「ねえ、お母さん?」


「なあに、カノン……」


 母親のゼマはずっと昔からわたしの味方だった。性格のキツイ地雷女の姉に魔法の力が全くないと馬鹿にされた時も守ってくれた。


「わたしに魔法の力が全くないって、本当?」


「そうだよ。ずっとそのことを気にしてたのかい」


 別に気にしていたわけじゃない。思い出す前のわたしには、それが嫌だったということもないのだ。姉に馬鹿にされた時は、能天気だった私でも流石に落ち込んだけども。


「そんなこともないよ」


「気にしなくてもいいよ。ハインリッヒ王国の王子様に見そめられたんだよ。こんな栄光なことはないよ」


 思い出す前のわたしはそれを盾に姉と喧嘩をしたっけ。今を考えたら、馬鹿馬鹿しい話だ。そんな結婚は絶対したくはない。わたしは母親が寝静まるのを待って、魔力が本当にあるのか調べるため、地下の魔法部屋に降りた。

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