第55話 あゆみが限界らしい・・・①



現在、アナログ時計がさす時刻は朝9時ごろ。


今日の天気は晴天に恵まれ、気分としても非常に上々である。

今現在、あゆみに勉強を教えるという契約を交わしてから、すでに二週間が経とうとしていた。

そしてテストまで残り今日を入れて二日にということもあってか、昨日くらいからテスト勉強も前以上に追い込みをかけている。


「あかりさん、最近俺の家に来ねぇな~」


そんな中、俺は目の前にある朝ご飯を食べながら何気なくそうつぶやく。

俺があゆみに勉強を教えるようになってから、なぜかいつも夜中になるまで俺の部屋に来ていたあかりが急に全くと言っていいほど来なくなってしまっていたのである。

また、来たとしても学校のある日の放課後に一時間だけ勉強し、ご飯を食べることなく家へと帰ってしまっていた。


「最近、親の帰りが早くなったってことなのかな~、それだといいんだけど…」


俺はそんな懸念を、死んだ目をしながら黙々と朝ご飯を食べているあゆみへとぶつけてみる。


「うん…まぁ、たぶん、そんな理由じゃないと思うわよ…」


しかし、あゆみはというとすべてを悟った眼をしながら、ゆっくり俺にそう述べる。

やはり女の子同士、気持ちが分かるというのだろうか。


「なんだよ、理由知ってんのか?」

「知ってるというか、たぶんただわたしたちから逃げっ……いや、まぁ一人で勉強してたほうがはかどるタイプなんじゃない?うん、そうよ、きっと」


すると、あゆみは俺の質問に対し、口ごもりながらそんなことをつぶやいている。しかし、果たしてそうなのだろうか。


「う~ん、まぁお前が分かってるならいいか」


俺はあゆみの反応に多少の疑問を持ちはしたものの、結局女心など分からない俺が何を考えたって無駄だろう。

考えたら考えた分だけ時間の無駄になるのは明白である。


「うまいこと逃げたわね…あの子。はぁ、私も何とかならないかしら……」


まぁ、続けてあゆみはなにか変なことを言っているようだが、俺がこれ以上その話を気にすることはよそう。


「ごちそ~さん、おい、あゆみもぼ~っとしてないで早く飯食べろよ。さっさと勉強始めないといけないんだから」


そして朝ご飯を食べ終わった俺は、いつものようにあゆみにそうつぶやきながら、さっさと食器を運んでいく。

今となっては休みの日は朝ご飯を食べたらさっさと勉強を開始しているため、今日もいつも通り、あゆみにそう指摘しているのだが、


「……」


あゆみはそんな俺の指摘に対し、何も返すことなくただ箸を止めるだけ。


「おい、聞いてるのか?箸止めるなよ。早く食えって」


そんなあゆみの行動に、続いて俺はそうあゆみに急かすのだが、やはり反応はない。

しかし数秒後、


「もう……かい…」

「はい?」


今度はあゆみが突発的に、小さな声でぼそぼそと何かをつぶやき始めた。


「もう……んかいなの・・・」

「だから何言ってんだよあゆみ、そんな蚊の鳴くような声しやがって」


俺はそんなあゆみのそんな行動に多少の違和感を覚えながらそう聞き返すのだが、今度は大きな声で俺にこう言ってきた。


「もう限界だって言ってるのよ!いい加減休ませてよ!お願い、ほんとお願いします!!今日だけ!今日だけでいいから!!」


このあゆみの発言はとても力強かった。

そのため、俺は急なあゆみの発言に一瞬ビクッとしてしまったが、とりあえず俺はそんなあゆみの発言に対し、強気で反応する。


「はぁ?お前何言ってんだよ?いいか?明後日にはテストが始まるんだぞ!?先週ならともかく、なんで今になって言ってくるんだよ!!」

「それはそう!!そうなんだけど……もう限界なの!!頭の中が数学の公式やら現代社会の単語やら化学の化学式やら英語の単語やらで頭がおかしくなりそうなのよ!!」


あゆみはそう言いながら頭をくらくらさせながらそう俺に訴えかける。


「ねぇ、知ってる?クラスのみんなはファミレスに集まって一緒に勉強したりしてるんだって。あ~あいいないいな~、どうせみんなで楽しくおしゃべりしながらやってるんだろうな~」


そしてあゆみはその上、何かを悟ったかのような顔をしながら、そんなことを俺に言い始めた。

俺はこの時点で、あゆみは勉強のストレスで頭がおかしくなってしまっていることは、勘の鈍い俺でも容易に想像できた。


(まっ、そりゃそうだよな。毎日毎日勉強漬けだといつかおかしくなるわな…)


そのため、あゆみのそんな発言に対し、さすがにやばいかと思った俺は、


「う~ん、まぁいいか。今日くらいは息抜きでもするか?教える側の俺も、結構疲れてきたし」


あゆみの提案に乗り、今日一日は息抜きをすることにした。


「えっ!!いっ、いいの?」


しかし、当の本人はその提案が通ると思ってなかったのか一瞬困惑したかのような表情を見せるが、


「あっ、やっぱやめとく?」

「い、いやいや、息抜きします。息抜きしたいです!!」


そんな俺の発言により、願いがかなったと理解したあゆみはそう言うと、今までにない喜びの表情を俺に向けてきた。


「まっ、正直ここまでやれただけで十分だな。正直、今のお前なら十番以内どころか五番以内に入れるんじゃないか?」

「…は?」


しかし、あゆみのご機嫌な様子は、そんな俺の気軽な発言により、一気に覆ることとなる。


「ねぇケンジ、それはどういうこと?十分って、一体どういうことなの?」

「どういうことって、リスクヘッジだよリスクヘッジ。どうせいつか、あゆみ今日みたいに音を上げる時がくるって分かってたから、早めにテスト範囲を終わらせたんだよ」

「何それ!!私そのためにあんたにあんなに何時間も勉強させられてたの?その上五番以内って…」

「そりゃそうだろ。俺自身正直びっくりしてんだから。お前、公式や単語どころか化学反応式や英語長文、その上まで丸々暗記したんだぞ。どこにそんな奴がいるってんだ。ある意味、勉強の才能あるよお前」


俺はあゆみに向かって、今さらながらあゆみにそんなことを笑いながら暴露する。

俺自身不思議に思ってたのだが、あゆみはどんな気持ちで一言一句英語長文や数学の解法を暗記したのだろうか。

やらせた俺が言うのもなんだが、正直丸暗記なんてできるとは思ってなかった。

ある程度の暗記でも、理解さえできていればそれでよかったのだ。

もっと言うと、五番どころかもっと上に行けるのではなかろうか。

まぁ、丸暗記だから今回のテストに限るのだが…


「うっ、嘘でしょ。ちゃんとケンジに丸投げせずに自分で考えていれば、のんびりどころか、暗記もしなくてよかったなんて…」


すると俺の発言により、あゆみはそう言いながら両手を地べたにつき、肩を落とす。

その上、あゆみが俺の言うことを聞いてくれたことで多少調子に乗ってしまったという理由もあるのだが、それは言わないでおこう。


「ま、まぁ、いいじゃねぇか。一日オフだぞ、今日は一日ゆっくりしようぜ」


そして俺はあゆみの機嫌を直してもらおうと、そう言ってあゆみをなだめるのだが、


「いいえ、ゆっくりなんてしないわ…」


当の本人はというとそう言いった後に、残った朝ご飯を一気に口にかきこむと、食器を流し台にいた俺のもとへと持ってくる。

そしてそのまま部屋に戻ることなく、そのまま玄関の方へと歩いていった。


「おっ、おいっ、どこ行く気だよ」


俺は急なあゆみの行動に多少焦りながらそう尋ねるのだが、あゆみはそんな俺の発言に対し、迷うことなくこう言い放った。


「何って、出かけるのよ!!さぁあんたもさっさとついてきなさい!!」


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