第54話 期末テストが近づいてきたらしいよ・・・②


先ほどあゆみから出された案は、俺にとっても決して見逃すべきではない話であった。

学生という、はたから見れば決してお金があるとは言えない身分である俺にとっては非常に魅力的な提案だったのだ。


「よ~し、いいだろう。これで契約成立だ。俺はお前を絶対に十番以内に入れてやるから、お前は来月のお前と俺の食事代、全部払ってもらおうぞ」


あゆみの話を聞き、その提案を受けることにした俺は、そう言いながらあゆみと固い握手を交わす。

以前とは異なり、今回の契約においては俺にとってお金という非常に分かりやすく客観的に見ても利益と言えるものが手に入る。

中間テストの時より、俄然やる気出るといういうものである。


「な、なんか、また何か始まったな~」


俺とあゆみが固い握手をする隣で、場違い感を感じながらあかりがそうつぶやく。


「それにしてもあなた、中間テストの時以上のやる気ね。けち臭いというかなんというか。まぁ、あなたらしいって言えばあなたらしいんだけど」

「ふっ、合理的とでも言ってもらいたい」


そのようなしょうもない話をしながら、俺とあゆみはさっそく勉強の準備を始める。


先ほどまでは、どうにでもなってしまえという気持ちで適当にマンガを読んで過ごしていたが、報酬が出るというのなら話は違う。


「あっ、言っておくけど、お前の言う通りあと二週間しかないんだから、覚悟しろよ。生半可なもので済ますつもりはないなからな?」

「え…?」


あゆみには多少きついかもしれんが、頑張ってもらいましょう。





―――――うちは一体、何を見せられているのだろう…。


うちがなぜ今、こんなことを思ってしまっているのかというと、それは今目の前にうつる光景が原因です。


最近のうちの日常はというと、学校の空き教室で周りの部活が終わるまで三人でいろいろなことをして時間を過ごし、そのあとはケンジ君の家へとお邪魔させてもらっている。

正直、ケンジ君と出会うまでは友達とこんな風にとりとめのない話をしたりしてうちらだけの時間を過ごすなんてことしたことがあまりなかったから、結構この時間が好きだったりする。


しかし、今うちの目の前にうつる光景は、いつもと異なっており・・・


「ね、ねぇ…ごめん、申し訳ないんだけど、も、もう今日のところは終わりにしない?」

「は?お前何言ってるの?まだ十一時じゃねぇか。夜はまだまだこれからだぜ~~!!」


うちらはケンジ君とあゆみさんが勉強を教える約束?をしてから、今まで学校やケンジ君の家と場所を変えつつも、ずっと勉強を行っている。

そう…ずっとです。

正直、いつもと違って、とても居心地が悪いです。


勉強を始めたのが、たしか五時くらいだったから移動時間やご飯の時間を除いてもかれこれ、五時間は勉強をしているという計算になる。

その上、ただ一人でずっと勉強ができていたうちはいいとしても、


「おらおら、キリキリやらんかい!!二週間しかないって言ったのはあゆみの方だろうが!!いいか?期末試験対策は暗記あるのみ!!暗記こそ勉強の真髄だ!!覚えて覚えて覚えまくれっ!!」

「むっ、無茶言わないでよ!!最近授業でやった英語長文なんか何百語もあるのよ。それがテスト範囲だけで三文もあるの!全部覚えきるなんてできるわけないじゃない!!」

「バカ野郎!!実際にテストでは授業で使った長文の中の一文をそのまま英訳する問題だってあるんだぞ!!一語一語覚えないでどうする!!」

「それにしたって全部覚えなくたっていいじゃない!!先生が授業中に大事な文に線引っ張ってたでしょ!!そこを覚えるだけじゃダメなの?」

「違う違う違う!!先生が言ってた文以外にもな、初めてでてくる単語だってあるんだ!大学受験のことを考えたら覚えておく必要がある!!」

「そっ、そんな~!!」


目の前のあゆみさんは、もう限界のようで涙目を浮かべながらケンジ君に猛抗議している。

結局、ケンジ君はそれを突っぱねているのだけど…


「あっ、でもあかりさんはもう帰った方がいいか。さすがにこれ以上遅くなると、外でおまわりさんに声かけられたとき、塾帰りなんて言えなくなりそうだしね」


すると、今までずっとあゆみさんのことを見ていたケンジ君は、久しぶりにうちの方に目線をやり、うちに向かってそう提案してくれる。


「あっ、そうだね。じゃあうちはそろそろ」


そして、うちとしても、勉強自体はやりやすいけれど、このような第三者として居心地の悪いところに、これ以上居続けるのは得策ではないと感じたため、ケンジ君の提案を受けるようにそうつぶやく。

しかし、


「ねぇ!!お願い!!あかりさん、もうちょっといてくれないかな?今帰っちゃうと、私の精神がっ!!」


ケンジ君の隣に座っているあゆみさんは、そう言ってうちを引き留めてきた。


「何言ってるんだよあゆみ。これ以上遅く帰らせるわけにもいかないだろう?ほら見てみろ。あかりさんも困っているだろ?」


だけど、あゆみさんの隣にいる人がそう言って、あゆみさんの逃げ場をなくそうとしている。

困っているのは、目の前にうつるこの状況のせいだとは言えなかったうちは、苦笑いで帰る準備を整える。


「じゃ、じゃあうちはこれで…」


そして、場違い感の強いこの場からとりあえず逃げだしたいと感じたうちは、すぐに荷物をカバンに詰め込み、さっさと玄関の方へと歩いていく。


「うん、送っていくよ」


すると、ケンジ君はいつものようにうちに気を使って、そのような提案をしてくれる。

うちとしてもいつもならありがたく、その提案を飲んでいたのだけど、いつもと異なりこの場から離れたいと思っていたうちは、


「い、いや、今日は大丈夫かな。あゆみさんのこともあるだろうし、うちよりあゆみさんのことを見てあげて」


申し訳ないけれど、ケンジ君の相手が、あゆみさんになるように仕向けてしまった。


「そっ、そうか?なんか悪いな」


すると、ケンジ君はもっとあゆみさんの勉強を見たいと思っていたのか、あっさりその案を受け入れてくれ、うちを玄関で見送ってくれた。


「じゃあ、また明日、学校でな」

「うっ、うん。じゃあまた、これでっ!」


うちを見送ってくれたケンジ君の後ろには、絶望を感じているかのようなあゆみさんの顔が映っていたが、うちはこれを気にすることなく、勢いよく玄関の扉を開け、振り返ることなく、そのまま階段をかけおりた。


(ご、ごめん、あかりさん。うちには何も、何もできそうにないよっ!!)


うちは頭の中で、そうあゆみさんに歩まりながら階段を駆け下りると、そのまま一直線で家へと返っていく。

今までこんなことはなかったのだけど、やはり今日のあの空間はうちにとってはいい空間ではなかったのだろう。


一気に家へと到着したうちは、荒かった息を整えると、他人事のように小さく、こうつぶやいた。


「うん、やっぱり今日も平和だな~」


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