第53話 期末テストが近づいてきたらしいよ・・・①


あかりに俺にとっては全く不本意な朝帰りをさせてしまってから数日後。

最近の俺はあゆみとの話を受け入れ、今の学校生活が以前と変わることのないように努めていた。


そして今の俺はというと、雲一つない晴天が窓に映る放課後の空き教室の中、俺は家から持ってきていたマンガを読み込んでいる。

今読んでいるシーンは、今まで当たり前の日常を送っていた主人公たちの村が魔物に襲われたことがきっかけで村を出て、魔物たちを倒すための冒険に出かけるという、まぁ異世界ものではよくある典型的なワンシーン。


何の変哲もないようなシーンではあるのだが、俺はこのときいつも思うことがある。

人生の中でこんな転換点のようなことがあることはある意味幸せなことではないのかと。


短い時間ではあるが俺も十数年か生きてきて、こう思うことが増えてきた。

小さい頃は特撮ヒーローものなどで主人公たちが力を手に入れて悪と戦うというのを何気なく見てきたが、今思うとその人たちは豊かな人生送ってるなと思うようになってきてしまっていた。

別に、命の削り合いをしたいとか言いたいわけではないのだが、やはり密度の濃そうな人生を送っている主人公たちを見ていると、申し訳ないのだがそういう気持ちが俺の中で生まれてきてしまう。


正直、これからの俺の人生を思うとよりその気持ちが濃くなってしまう。

生々しい話にはなってくるが、実際これからの人生何十年とあるだろうが、その中で人生の転換点というのは数えるほどしかないだろう。


(まぁ、大きなもので言えば、大学受験くらいか…)


俺はそんなことを想像すると、何とも複雑な気持ちになってしまう。

おそらく、こんな風に考えること自体、贅沢なものだということが俺でも何となく想像がつくからだろう。

実際、何気ない日常が続くというのはとてもありがたいものだ。


頭の中で俺はそんなことを考えながら、感慨深くマンガのページをめくっていると、


「ねぇ、もういい加減にしてくれない?」


先ほどまでトランペットや掛け声といった、様々な部活の活動音しか聞こえなかったこの教室にあゆみの声が追加された。


「なんだよあゆみ、俺は今人生において非常にふか~いことを考えていたのによ」

「何よ、どうせケンジに考えることなんて、はたから見ればしょぼ~いことなんでしょ!」

「なんだよそれ、失礼だな。どうせお前だってこれからしょうもないことを言ってくるんだろ?かっこつけて立ちながら机をたたきやがって」


俺はそう言ってあゆみの話を切り上げようとする。

そう、俺からすればあゆみの言うことなんてある程度想像がつくのだ。

時期的にもある程度辻褄も合う。


「しょうもなくなんかないわよ、いい?分かってるの?もう期末テストまであと二週間しかないの!少しは危機感ってものを持ちなさいよ!!」


思っていた通りである。

やはりあゆみは期末テストまで残り時間が少ないことに危機感を覚えていたらしい。


先ほどの話に戻るが、やはりあゆみの言うことから分かる通り、いつもの日常と違う出来事など、最近だと期末テストくらいしかないのだ。


「なんか、お前の今の一言でやる気なくなったわ」

「なんで!?」


俺はこの時、先ほどまで自分が考えていたことがある意味実証され、何とも言えない気持ちになってしまう。


「でもケンジ君、あゆみさんの言う通りじゃない。実際にテストまで残り少ないんだしさ、ちょっとでも勉強したら?」


すると、今度は俺から見てあゆみとは真反対に位置していたあかりが、俺にそうつぶやく。


「そうでしょそうでしょ、あかりさん。やっぱり普通そう思うわよね。やっぱりこの時期にテストのテの字も出ないなんてやっぱりおかしいわよね?」


そして、あゆみはあかりの言葉に乗ってくる始末である。

両隣で俺に意見しないでほしい、これだとなんか俺が悪者みたいではないか。


「何だよ、二人そろってよ~。いいじゃね~か、俺は勉強は家に帰ってから一人でやる派なんだ。何が悲しくて友達がいるにもかかわらずわざわざ勉強なんてしなきゃならんのだ!」


そのため、俺は言い返すように二人にそう言い放つ。

友達がいるということを当たり前に思っている二人はどう思っているのか分からんが、俺としては二人に言ってやりたいのである。

友達がいるという状況の希少さを。


現在、俺のいる空き教室にはあゆみとあかり含めて3人しかいないという、何とも青春アニメを彷彿とさせるようなシチュエーションである。

この場を楽しまないでどうするというのだ。


「なんでよ、あなた私に勉強を教えてくれるっていう約束じゃない。さすがにもう二週間しかないんだからいい加減約束を守りなさいよ」


すると、今度はあゆみは中間テスト後にしてきた契約を持ち出してきた。

確かにこのままだと、契約通りあゆみは周りに俺の良くない噂を流されるだろう。

友達が欲しかった俺にとって、それは大きな痛手となるのは言うまでもなかった。

だがしかし、今の俺は違う。


「はっはっはっ、言うじゃないかあゆみさんよ~。お前は俺の弱みを握っているつもりだろうがな、今の俺は違うぜ。見てみろ!今の俺にはあかりさんがいるんだぜ!!」

「えっ!わ、私?」


すると、あかりは急な俺の指名に驚愕する。

そう、今の俺には友達であるあかりがいる。

だからといって、これ以上友達がいらないというわけではないが、最近あかりと過ごしてきてやはり友達がゼロとイチではやはり全然違うということを実感していた。

俺としてはもうある程度満足しているのである。

俺は、あゆみに勉強を教えるくらいなら、あかりだけと友達でいることを望むのだ。


「や、やっぱりね。あかりさんと友達になった時点でそんなことを言ってくるだろうなとは思っていたわ。正直、ケンジらしいと言えばケンジらしいけど…」

「ふっふっふ、褒めてもらえてうれしいよ」


あゆみは俺に対し悔しそうにそうつぶやく。


しかし、数秒後あゆみは急に真面目な顔をして俺を見つめてきた。


「じゃ、じゃあケンジ、これならどう?」


なにやら別の手段を取る気なのだろうが、正直俺は何か弱みを握られた記憶はない。


(なんの提案をする気かは知らんが、どんな提案だろうと突き返してやる!!)


俺は拒否する前提であゆみの提案に耳を傾ける。

なんの報酬もない労働などまっぴらごめんなのだ。

そしてそのあと、あゆみはゆっくりと俺に向かって覚悟を決めたように、こうつぶやくのだった。


「私がまた十番以内に入れたら、いつも折半してた一か月分の食費、私が全部払うわ…これでどう?」

「……伺いましょう?」

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