第45話 あかりへの疑問・・・②
「まだだ、まだあと数分は粘れる…」
俺は暗く狭い空間の中で小さくそうつぶやく。
現在の時刻は午後五時過ぎ。
この時間は学校の授業はとっくに終わっており、みんなは部活をはじめたり、帰宅部の場合はもうとっくに帰っているころだろう。
そして俺としても当然、いつも通りなら空き教室に入りびたり、あゆみに勉強を教えさせられているか、何もすることなくただぼ~っとしているはずである。
しかし、今の俺はそんなことにはなっておらず、暗く狭い空間の中でただただ一人ぼっちである。
「う~ん、でもさすがにもう出た方がいいか。いい加減ここにいるのも飽きてきた」
またそれから数十分後には、俺はこの何もせず、ただただ座っているだけの状況に限界を感じ始める。
まわりに人がいないことにより、この空間はとても静かな状況であり、俺としてもあまりの静けさに、人がいないとは言ってもあまり騒ぐことは憚られてしまう。
そのままこんな狭い空間に静かに引きこもっていても、楽しいことは何一つないのである。
「あぁ、もういいだろう、もうヤダ!これならそのまま家に帰った方がマシだ!」
そしてついにしびれを切らした俺は、そう叫んでこの狭い空間の扉を開ける。
放課後になってすぐにこの場にやってきていた俺は、ここに引きこもっていた時間はとうに三十分を上回っていた。
俺としてもよくもったほうだと言えるだろう。
そして勢いよく扉を開けた先には、壁床一面に貼られたタイルと、五つほど並んだ小便器が目に映る。
「もうきついって。このままずっと便器に座りっぱなしっていうのは…」
そして俺は誰もいないこの空間に思わずこんな苦言を呈する。
そう、俺が今まで引きこもっていたのは学校の一階にある男子トイレ。
俺は今までずっと、ここで時間が過ぎ去るのをただずっと待っていたのだ。
「はぁ~、まぁさすがにここまで粘ればもう大丈夫だろう。さっさと空き教室に行こう」
そして俺はそうつぶやきながら、手を洗ってトイレを後にする。
今まで俺がしていたのはただの時間稼ぎ。
ここは生徒がほとんど使わないトイレであり、時間を稼ぐにはうってつけの場所なのである。
とはいっても、ただただ時間稼ぎのために学校のトイレに引きこもるというのは、陰キャぼっちだというふうに思えるだろう。
うん、まぁそれは正解である……
何とも悲しいものではあるのだが……
まぁそれはさておき、ではなぜこんなことをしていたのかというと、それは朝のあゆみとの会話が原因であった。
今日の朝、どちらがあかりに相手の家庭環境を尋ねるのかというので言い合いになってしまった俺たちは、結局お互いが押し付け合うという形のまま終わってしまった。
つまり、お互いが助け合うということにはなることはなく、どちらかがあかりと話ができる状況になったら聞いてみるという、行き当たりばったりな結論に落ち着いてしまったのである。
そのため、俺は朝の宣言通り、あえて遅れて空き教室に行こうとしているのだ。
この時間までにはさすがにあゆみのほうがしびれを切らし、あかりに事情を聞いていることだろう。
しかし、これだけを聞けば俺がただ空き教室に行かず、まっすぐ家に帰ればいいという意見があるかもしれない。
だが、贅沢な話にはなるものの、俺だって知りたいのである、あかりの家庭環境を。
「おつかれ~。ちょっと遅くなったわ~。ごめ~ん」
そして空き教室にたどり着いた俺は、さぞ用事があったかのようなそぶりをしながら教室の扉を開け、そうつぶやく。
「あっ、ケンジ君。ほんとに遅かったね~。何があったの~」
そして中には、俺の予想通りあかりと……
「……あれっ?」
しかし、俺の目の前には俺の予想と反し、あゆみの姿は見られずあかりのみが教室の席に座っている。
「えっ、えっと~……あゆみは?」
俺はこの時点で、大体の予想はついていたのだが、俺は思わずとっさにあかりにそう尋ねてみる。
「いや~それがね。ケンジ君と同じで、うちが来た時からずっと来てないんだよね~」
(やっべ~、負けた~!!)
俺はあかりのそんな発言を聞いた瞬間、俺は心の中でそう叫ぶ。
俺は負けてしまったのだ、あかりとの勝負に。
実際は勝ち負けなどはないのだが、俺が今までトイレでずっと粘っていたにもかかわらずしびれを切らし、結局あゆみより先にここに来てしまったせいで、事実上あかりの粘り勝ちである。
「どうしたんだろ、あゆみさん。今日何かあるって言ってたかな?」
「いや、どうせあとちょっとで来るさ。それだけは確約できる」
俺はそんなあかりの心配に対し、自信をもってそう切り返す。
あゆみがここに来ていないということは、どうせ考えていることは俺と同じだろう。
時間がたてば、俺と同じように何もなかったかのように元気よくここにやってくるはずである。
(ん~でも、あいつはどこに引きこもってるんだ?俺と同じくトイレってわけじゃないだろうし……)
しかし、俺はあかりのあゆみへの心配とは別に、そんな疑問が脳裏に浮かぶ。
その上、時間ももう一時間へと突入しつつある、もし今もトイレに引きこもっているのなら、相当な忍耐力だと言えるだろう。
「ん?あれ?」
そして俺はそんなことをずっと考えていると、急に目の前にうつるロッカーに対し、俺はかすかな疑問を覚える。
はたから見れば、それはただの普通のロッカーであり、中にはせいぜい掃除用具が入っているくらい。
しかし、そんな空き教室でほとんど使われていないロッカーに、なぜか扉に物が挟まっているのが見て取れるのだ。
その上、その挟まっている物は、たしかこの前あゆみと行ったショッピングモールであゆみがかわいいと言って買っていたうさぎのキーホルダー。
(いや…そんな……んなわけないよな……)
俺は心の中で自分にそう言い聞かせる。
そんなわけない、そんなはずないのだ。
たしかにここのロッカーは普通のロッカーより多少大きく余裕はある。
しかし、16歳にもなろうという女子高生が、一時間もこんなことをするはずがない、ないと言わせてくれ!
「あれ、どうしたの?ケンジ君」
しかし、俺は結局自分の中の疑惑を払拭しきることはできず、ちゃんと確認をしようと、目の前のロッカーに近づいてしまう。
(そんなわけない、そんなわけないんだ!!そうだよな、なぁ!!)
そして俺はロッカーの取っ手を強く握ると、心の中でそう叫びながら俺は覚悟を決め、勢いよくその扉を開いた。
すると、
「……何やってるんだ?……お前は」
「あはは……やっほ~……」
そこには、汗をダラダラとかきながら、目の前の俺を見つめるあゆみの姿があるのだった。
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