第26話 正真正銘のデート・・・③
(あ、あゆみのお母さん!?)
俺は背中を向けているため、詳しくは理解することは出来ないのだが、あゆみのその“お母さん”というワードには驚きを隠せない。
そんな中俺はというと、ずっと立っている状態のため、聞き耳を立てていることがばれてしまいそうだが、席の後ろが通路であり、席と通路にちょっとした仕切りが存在しているため、幸いあまり目立つことはない。
そして、この時間は非常に人であふれており、通路にはたくさんの人で混み合っている。
そんな状況の中、たった一人の人間が席の後ろの通路で一人突っ立っていても、ばれることはないだろう。
「私は、お洋服を買いに来たのよ。あゆみには分かると思うけど、家の近くの店だとあまりお洋服の種類が多くないから」
一人暮らしをしていることから分かるとは思うが、俺たちはもともとこの市の住人ではない。
地元はここよりもっと田舎であり、人口も三万人ちょっとととても小さな市。
そのため、俺らの中学の同級生やその親は、大きな買い物をする際にわざわざ車を一時間ほど走らせてこのショッピングモールへとやってくる。
そんな状況であることから、ここに来る理由は分かるのだが……こんなきれいなタイミングで鉢合わせるか?ふつう。
「それはそうと、あゆみこそ勉強はどうしたのよ。私との約束、忘れたんじゃないでしょうね?」
すると、先ほどまで静かな雰囲気を保っていたあゆみの母親は、少し強めにあゆみにそう問い詰める。
「忘れてないよ、ちゃんとやってる」
しかしあゆみはそんな中、態度を変えることのなく、冷静な口調でそうつぶやく。
このような会話、あゆみはもう慣れっこなのだろうか。
「そういえば、最近中間テストがあったんじゃないかしら。この前真琴が言ってたし、そっちもそろそろじゃないの」
あゆみの反応を見たあゆみの母親は、次に、そう言って話の内容を変えてくる。
確か、真琴というのはあゆみの姉であったはずだ。
最後に見たのは小学校低学年であったため、あまり顔は思い出せないが、名前は合っているはず。
(そうか、真琴さんが中高一貫に合格したのか。すげぇな)
そして先ほどの会話から、俺は話題とは全然異なる、変なところに注目してしまった。
「そ、そう…今週終わったの。だから今日は気分転換に来てるだけ」
するとあゆみは“中間テスト”という言葉に反応してしまったのか、その戸惑ったような口調から動揺しているのがうかがえる。
しかし、あゆみの母親はそんなあゆみの発言により、不快を込めてこう発言するようになる。
「終わったのなら、その復習をちゃんとやりなさい。真琴もちゃんとやっているでしょう!」
ここが公の場であることから、ちゃんと自重しているのだとは思うが、もしここが家だとしたらおそらくもっと大声で叫んでいることだろう。
これから親子喧嘩が始まりそうで、少し怖い。
「わ、分かってる…帰ったらちゃんとするつもり。だから落ち着いて…」
そしてあゆみも、それは肌で感じ取ったのか、少し声が小さくなり、口調も柔らかくなっていた。
「いいえ!分かっていません!あなたはいつも私の期待に応えてくれない!だからあなたは真琴と違ってダメなのよ!!分かってるの!?」
しかし、逆にあゆみのそんな態度にストレスを感じてしまったのか、あゆみの母親は今までより少し大きな声でそう言ってくる。
流石に自分の母親がそんな状況であるため、娘であるあゆみはそれをなだめるべきなのだろう。
しかし、今回の母親の発言は、あゆみにとっては起爆剤であったらしい。
今まで下手に回っていたあゆみだったが、母親のその発言により、
「だから、わたしとお姉ちゃんを比べるのやめてよ!いつも言ってるじゃない!!」
そんなことを、少し大きな声で言ってしまう。
(おいおい、ここ公の場だぞ!あゆみの奴、何言い争ってんだよ!!)
流石にここまでヒートアップするのなら、俺も割って入った方がいいかと思ったが、あゆみも自分の大声に自覚したのかそのあとすぐに、ごめんなさい、と小さな声でつぶやいた。
「…ま、まぁいいわ、とりあえず、約束は覚えてるでしょうね?ちゃんとテストで十番以内には入りなさいよ。それが私との約束。わかったわね?」
公の場でのこんな娘の発言に、母親も少しはびっくりしたのか、そのあと多少は口調を柔らかくして発言し始める。
「う、うん、わかってる。それはちゃんと守るから」
「まっ、それならいいでしょう。あなたの学校はそこまで偏差値は高くないけど、十番以内にでも入れれば真琴と近いレベルの大学には入れるでしょうから……」
すると、あゆみのお母さんはそう言いながら席を立ち始め、
「もし、十番以内に入れなかったら、即刻家に戻ってもらうわよ」
娘の隣に立ってそう言い放つと、最後に
「あなたは真琴とは違うんだから……」
そんな言葉を引き際に言い残していって去って行った。
しかし、あゆみは母親の発言に対し、ただうつむいて黙っているだけ。
最後の言葉が、相当聞いたのだろうか。
(おいおいとんでもなくどきついお母さんだな…)
こんなやり取りを一部始終聞いた俺は、ただただ自分が部外者なのだということを実感しながら、しばらくの間、その場でじっと無言を貫くしかなかったのだった。
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