第6話 契約成立・・・③


あゆみの力強い抵抗に根負けした俺は、とりあえず落ち着いて席に座りなおす。


とりあえずあゆみの動機は分かったものの、とんでもないことを頼まれてしまったものである。

いくら俺たちの通う高校が進学校ではないとはいえ、あと三週間で順位を百番上げてくれなんて言われて、ハイ分かりましたなんてどんな塾講師だとしても言えないだろう。

そんな理由により、ある意味冷静になった俺はふと前を見てみると、あゆみは腰を低くし、少し顔を下げてしゅんとした態度をとっている。


まぁ俺としては、このままうまく話を切り上げて、ハイさよならができれば万々歳だったのだが、短期間ではあるもののあゆみと一緒に過ごすことで一つ思ったことがある。


「かわいいな・・・」

「はぁ?」


あまり言いたくはないが、俺も男なのだなぁ。


そう、かわいいのだ。

たとえニッコリ笑顔でこっちを見なくても、あゆみの顔は非常にかわいく、きれいなのだ。

そして、一瞬でもそう思ってしまった俺は、こんな感情がふと頭によぎる。


あれ、勉強を教えるだけで美少女と付き合える、こんなうまい話これ以外にはないのでは?


自分で言うのもなんだが、煩悩の塊である。

あんまりよろしくないことなことくらい重々承知している・・・しているのだが、どうしても俺の中の天使と悪魔が戦ってしまう。

まぁ今回においてはあゆみに勉強を教えるのがめんどくさいという思いvs彼女が欲しいという欲望という、欲対欲の戦いなので正確には悪魔と悪魔である。


我ながら最低だな~。


…とにかくだ、次の俺の返答次第では、多少俺の人生に影響を与えることは容易に想像できる。


冷静に考えなければ。


そして先ほどつぶやいた俺のかわいい、という客観的に見ればわけの分からない発言以降、沈黙が続いているこの空間を何とかしなければならないと思った俺は、考えに考え抜いた末、一つの結論を導き出す。


「・・・分かった」

「えっ?」

「分かったよ。これからテストまでの間、俺が勉強を教えてやる」


そう、勝ったのは性欲であった。


というかさっきまで、悩んで悩みぬいた感満載であったが、実際はというと俺の頭の中は俺に彼女ができるという想像でいっぱいであった。


なんか悔しいなぁ・・・


「ほっ、ほんとに!」


そしてあゆみは俺の言葉を聞いた瞬間、そう言って満面の笑みで俺に顔を寄せてくる。

そして、そんな顔を間近で見てしまうと、俺は顔が赤くなるくらいドキドキしてしまう。


「ほんとだよ。だからとにかく離れろって、顔が近い!」


俺はそう言って、テーブルに手を付けて前かがみになっているあゆみを席に座らせると、あゆみは嬉しそうな顔を保ちながらこちらを見てくる。


くそ、かわいいな・・・


ここまでくると、さすがに俺としても笑顔だけで感情が揺さぶられてしまっている自分が嫌になってしまう。


「ありがとうケンジ、ほんと助かるよ」


すると、あゆみはそう言って俺に感謝を述べると、


「ねぇ、じゃあさ今週にでも本屋で参考書でも買おうかなって思ってるんだけど、一緒に来てくれない?」


話を早く勉強の方に持っていきたかったのか、俺にこんな提案をしてくる。


「何言ってるんだよ…お前は参考書よりもまずは教科書をだな…ん、待てよ」


俺はあゆみに対して真面目に意見をしようとしたが、途中で口を閉じる。

俺の頭の中ではこんな考えが浮かんだためである。


あれ、これって本屋デートのお誘いでは?


現在俺は恋愛のことに対して非常に敏感になっていた。


参考書を買うのに本屋デートもないだろう、好きな参考書でも語り合うとでもいうのかと、後々になって考えれば分かるはずなのだが、この時の俺は欲望まみれであった。


教科書の内容も分かっていないのに参考書に手を付けるべきではないと、ちゃんとした意見を言うことをためらってしまっているのである。


そして今回においては正真正銘、天使と悪魔の戦いだ。

あゆみの提案を遮り、一から教科書から勉強を始めた方がいいよとつぶやく俺の中の天使vsあゆみの提案を受け入れ、基礎が分かっていないにもかかわらず俺があゆみと本屋デートをするために、難しい参考書に手を出させようとする悪魔。


まぁこんなことを言っておいてなんだけど、今までの俺からしてこれから俺があゆみにどんな返事をするかなんて想像がつくでしょう。


「本屋だな、全然いいぜ」


そう、俺はほとんど悪魔と天使を戦わせることなく、すがすがしい顔をしながら、はっきりとそう言ってやった。

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