56.vs魔王

「いよいよ明日だね」

「そうですね」


 王宮内の部屋を貸して貰えた。

 ヨシムラはなにやら別室で研究を行っており、寝ないようだ。


 メアは同室だが、既に眠ってしまっている。

 現在はコスモとユリのみが起きている状態だ。


 とは言っても、互いが天井を見ながらの寝る前の会話である。


「コスモさん……本当に大丈夫ですか?」


 ユリはコスモを何度も心配する。


「大丈夫だよ。私にはヨシムラさんの装備や魔剣、聖剣があるからね」


 コスモは信じているのだ。

 この強大な力を持った自分に勝てる相手は誰もいないのだと。


 それ故の安心感であった。


「それにしても……なんだか感動です」

「なにが?」

「スキルを持っていない私が、こんな大仕事に携われるだなんて……とは言っても、応援しかできませんけどね」


 ユリは静かに笑った。


「応援だけでもありがたいよ」

「そうですか?」

「そうだよ。それにユリがいなければ、きっと今私はここにいないからね」


 ユリがいなければ、コスモは自信を無くし、引きこもる毎日を過ごしていただろう。


「そう言って貰えると、なんだか嬉しいです。

でも、私の方こそ感謝しています。

スキルの無い私に、居場所を与えてくれましたから……」


 ユリはスキルの無い自分を残念がることがたまにある。

 人間皆持っているものを持っていないのだから、確かにそうなるのも分かる。


 だが。


「ユリは確かにスキル無しだけど、それ以上に私にはない物を沢山持ってるからさ、もっと自分に自信持ちなよ!」

「……そうですね! コスモさんがそう言うのでしたら、もう私一生スキル無しでもいいかもしれません」

「そこまで極端にならなくても……って流石に冗談だよね?」

「冗談じゃないですよ! スキルが無くても、コスモさんを支えることができます! というか、それが私のスキルです!」


 そうか……そう言う考え方もあるのか。


「足手まといになるので、私は行けませんけど、しっかり応援していますからね!」

「ありがとう! 最高のスキルだよ」


 そして、2人は眠りについた。



 翌日。


「さて……では、よろしく頼むよん♪」


 王宮の一室へと、コスモ、ユリ、メア、ヨシムラ、国王は集まった。


「メアちゃんの証言と記憶から、魔王の地点は割り出せたからねん♪

わざわざ壁を破壊しなくても、直接ワープできるよん♪」


 相変わらず規格外だ。


「こんなことを国王である私が頼むのもなんだが……頼んだぞ」


 と国王。


「英雄、計画を阻止して、真の英雄になれ」


 とメア。


「今回の壮大なる実験……結果が実に楽しみだ! コスモちゃんも楽しんで来てねん♪」


 とヨシムラ。

 楽しめる訳がない。


「コスモさん……生きて帰って来てください」


 と、ユリが言う。


 皆の想いを受け取ったコスモは覚悟を決める。


『私もいるからな!』


 脳内でコスモに語り掛けたのは、魔剣であった。


『死ぬ時は一緒だぞ!』

『残念だけど、死ぬ気はないよ』


 そう、これだけの強大な力を持っているのだ。

 なにかあっても、死ぬ訳が無い。


「じゃあ、空間に穴を空けるねん♪」


 ヨシムラがなにやらすると、空間に穴が開いた。


「ささっ♪ 行ってらっしゃい♪」


 コスモは覚悟を決めて、そこへと入る。


「よし……行こう!」


 出口は壁の向こうの、魔王が住む王都内のどこからしい。

 どこへ出るかまでは、流石のヨシムラでも指定できなかったようだ。


 だが、その出口は最悪な場所であった。


「いてっ!」


 出口に放り出されたコスモは、床に体をぶつけてしまうがすぐに立ち上がる。


「誰だ、キミは」


 なんと、魔王の部屋が出口へと繋がっていたのだ。


(特徴が一致している……この人が魔王……!!)


 メアが魔王の似顔絵を描いてくれたが、実にそっくりだ。

 この人が魔王なのだろう。


 確かに覚悟はしていた。

 だが、いきなり魔王のいる所へ放り出されるとは思ってもいなかった。


「コスモです。壁の向こうから来ました……」

「コスモちゃん……? というか、ここにはどこからどうやって入って来たのかな?」

「えーと、空間を破って……ってもう閉まってますけど……」


 気まずい。


「スキル……では無さそうだね。

へぇ、君達の世界でもこんなことできる人がいるんだね」


「まぁ、そんな感じです。あはは……」


「実に興味深い……俺達だってそんなことできないんだけどな。

まぁいい、それよりも……なにしに来たんだ?」


 途中まで軽い口調だったが、最後の問いの際だけ、どこか冷たさがあった。


「……遠くの惑星の生物を絶滅させる計画をやめてもらいたいかなぁ……なんて」

「ああ、コスモちゃんは、メアちゃんの仲間か。駄目だよ。もう決めたことなんだから」


 いきなりのことで上手く喋れない。

 コスモがそう思っていると、通信石が反応した。


 通信石とは、ヨシムラが開発したアイテムである。

 これにより、遠くにいても会話が可能だ。


「あ、あのっ! 国王様が話をしたいって言ってます!」

「国王が……? まぁいいや、聞いてあげるよ」


 すると、通信石から国王の声が響く。


『魔王殿、私が国王だ。単刀直入に言う。無関係の惑星の生物を滅ぼすのをやめてもらいたい』


 ストレートに国王が言った。

 それに対し、魔王は……。


「なんでやめなきゃいけないの? 無関係だったら、それこそ気にしなくてもいいんじゃないの?」


『だが、魔王殿の計画には私達の協力が必要だと聞いた。大切な国民が大量絶滅に関与し、その罪悪感で自ら命を絶ったらどう責任を取るつもりだ?』


「うざいよ。大体、この計画は何百年も前から計画されていたんだ。それがようやく実現できる! だからこそ、俺の計画の邪魔はさせない!」


『頼む! 国民に罪を背負わせたくないのだ!』


「はいはい、そうですねー」


 それ以降、魔王は国王の言葉を無視し続けると、国王も黙った。


「ねぇ、どう思う?」

「私ですか……?」


 魔王が突然、コスモに訊ねた。


「うん。俺の夢をさ、なにも分かってないのに、止めようとしてる。本当にウザいよね!」

「魔王様の夢ですか」

「そうだよ。魔王一族が代々受け継いできた夢だ。それがようやく叶えられるって言うのに、まったく……」


 コスモは口を開く。


「それは、魔王様の夢なんですか?」

「そうに決まっているだろう。君にも夢くらいあるだろう?」


「私の夢ですか……私は、特にないです」

「では、キミはなんの為に生きているのかな?」

「なんの為に……」


 コスモは首を傾げる。

 深く考えたことは無かった。


 楽しく生きたい

 皆に凄いと言われたい。


 そういう思いはある。

 これは夢と言えるのだろうか?


「まぁいいや、どうせキミも利用されているだけなのだろう?

別に殺す気もないし、さっさと帰るんだな」


「待ってください!」


「む?」


「メアちゃんから聞いた時も思いましたけど、魔王様は本当にこれがしたかったんですか?」


「どういうことだ?」


「代々受け継がれて来たという計画なのは分かります。

ですが、それをすることが、魔王様の夢なんですか?」


「当たり前だろう! 一族の夢は俺の夢でもあるからな」

「そう、ですか。私だったら自分の好きなことしちゃうなぁ」

「ははっ、そうも言ってはいられない。死後の世界で一族も期待しているだろうからな」


 死後の世界。

 人によって考え方は様々だが、コスモはメアと同様に存在しないものと考えている。


 全ての生物は死んだらそこで終わり。

 物が壊れるのと同じで、死んでしまえばその後はなにもない。


 そう考えている。


「死んだ後、一族の皆に誇れるような自分になっておきたいからな」


 もしかすると、魔王も自分達となにも変わらないのかもしれない。

 コスモはそう考えていた。


「魔王様は、死ぬのが怖いんですね」

「は?」

「私もです。私も怖いです」


 死ぬのが怖い、だからこそ、毎日を生きている。

 死んでしまえば、そこで終わりだから。


「あのさー……なに言ってんの? メアちゃんもそうだったけど……本当に意味不明だよ。死んで終わり? な訳ないだろ? だったら、それこそなんの為に生きているんだ? ってなるだろう?」


 怒らせるつもりは無かったのだが、コスモのコミュニケーション能力の低さのせいで、魔王がどんどんと不機嫌になっていくのが、その表情から分かる。


「ちょっ! 別に私は怒らせようと思ったんじゃ……」


 魔王は言う。


「キミは、ここで潰す。運が悪かったと思うんだな」


 魔王が指パッチンをすると、天井が解放された。

 そして、そこに長い階段が現れた。


「光栄に思え、今からキミをこの天空闘技場で処刑する!」


 凄い、確かに上った先には、物凄い大きさの闘技場がある。

 魔王はここで、コスモを処刑する予定のようだ。


「魔王様と、戦えってことですか?」


 ただ処刑するだけならば、ここで殺せばいいだけだ。


「そうだ。戦いを通し、キミを処刑する!」


 戦い……なるほど。


「私に勝てますかね?」

「随分と大口を叩くな」

「私は強いですからね」


 そう、今のコスモは強い。

 確かに強くなる過程は、他の人と大きく異なるのかもしれない。


 人によってはズルかもしれない。

 だが、今ここにいるコスモが強いこと自体に変わりはない。


「ふんっ、その言葉、ハッタリでなければいいがな」


 その後、魔王はコスモについて来いと言い、階段を登っていった。

 コスモは言われた通り、後に続いた。


「それにしても……久しいな!」

「さっきぶりですよね?」

「キミじゃない。腰にある魔剣に言ったんだ。ま、久しいというのも、俺自身ではなく、一族としてだがな」


「え!? 魔剣さんのこと知ってるんですか!?」


「当然だ、それは魔王の一族がお前達の世界に封印した……魔剣だ。

ウザすぎて封印したとの伝承が残っている。

封印した際に偽りの記憶を植え付けておいたらしいからな。

当然魔族のことは知らないだろう」


 まさか、魔族の武器だったとは……。

 一体何百年前なのだろうか?


 いや、もしかして何千年前かもしれない。


『私はウザくないぞー!』


 魔剣がコスモの脳内に語り掛けた。


『まぁ、私はいいけど……うん』


 他の人なら耐えられないかもしれない。


『それにしても……偽りの記憶だと……!? 許せない!!』


 魔王は笑う。


「ちなみにその魔剣の正確な名前は、デスクロスダークブレードだ。

略してDX《デラックス》ダークブレードだそうだが……今から死ぬキミに教えても仕方がない話だな」


 略しても長いので、これからも魔剣さんと呼ぼうと思うコスモであった。


「さぁ! 始めようか! キミを見せ締めとして処刑すれば、もう2度と俺の計画を阻止しようなどと、馬鹿なことは言えないハズだ!」


 コスモ対魔王の勝負が始まった。


(出し惜しみは、無しだ!)


 相手は殺しに掛かって来るのだ。

 最初から本気で行こうと、コスモはチョーカーのボタンを2つ押す。


 これにより、メタルウイングとメタルアームがコスモに同時に装備される。


 背中には鉄の翼、腕はコスモの腕をおおうように、巨大な鉄の腕が取り付けられた。

 その腕、メタルアームで、右手に魔剣、左手に聖剣を握り締める。


「キミ……いや、キミに力を与えた人は、本当に何者なの?

突然出てきたけど、一体その装備はどこに収納されていたのかな?」


「私も詳しいことは分からないよ」


 魔王の方も腰の剣を抜く。

 見た目は、初心者冒険者が装備していそうな剣だ。


 しかし、なにかとんでもない性能が備わっているに違いない。


「まぁいい、すぐにその首を切り落とす!

私を惑わせるようなことを言う奴にはお似合いの結末だ!」


 首を跳ねようと接近してくるが、実際に首を跳ねることは不可能であった。


「なに!?」


 魔王はコスモから距離を取る。


「その凄まじい身体能力……装備だけの力ではないな?」

「まぁね! スキルのおかげですかね!」


「スキルだと? はっはっはっは! これは驚いたな!

ここら一体はキミ達が攻めてきた時に備えて、スキルを生物の体内から察知し、それを無効にする目には見えない電波のようなものを放出しているハズなのだがな!

さては……外部からスキル情報を受け取っているな?」


「どうですかね!」


 当たってはいたが、それに正直に答える必要はない。


「まぁいい! だが、見た所キミの能力は身体能力の向上だけみたいだな!

とは言っても……こっちも似たようなものだがな!!」


 なんと、余裕で決着がつくかとコスモは思っていたのだが……。


(互角!?)


 完全に予想外であった。

 コスモはメタルウイングとメタルアーム、そして魔剣に聖剣。


 持てる力を全て出しているというのに……。


「焦っているねぇ!!」

「そっちは楽しそうですね!!」

「ああ! 楽しいさ! この剣の力を持ってしても、互角なんだからな!!」


 どうやら、あの剣が身体能力を向上させているらしい。

 だが、それだけでフル装備コスモと互角とは、なんとも恐ろしい。


 その後も、互角の戦闘は続く。

 何度も何度も剣と剣がぶつかり合う。


(もしかして……)


 コスモは考えた。

 ヨシムラは地球人、つまりは魔族だ。


 そして、ヨシムラ自体の力は人間と大して変わらなかった。

 むしろ、人間より弱いくらいだ。


 つまり、この魔王も装備に頼っているだけで、本体はそこまで強くないのでは……?


(剣を弾き落とせば、勝てる!!)


 コスモは聖剣に【剣聖】の力を全て込め、メタルアームの出力を最大にする。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 その聖剣で、魔王の剣を攻撃した。

 これを使ってしまえば、メタルアームは壊れてしまうだろう。


 だが、これが決まればそれで十分だ。


「くっ! 装備の出力を上げたか……!」


 魔王の剣が折れ、持ち手も手離され、遠くへと吹っ飛んでいった。


「私の……勝ちです!」


 メタルアームは崩れ落ち、コスモの手が露出した。

 聖剣もその力に耐え切れず、折れてしまったので、地面に置いた。


 だが、これでコスモの勝ちだ。


「ふっふっふ……あーっはっはっは!」


 どうしたのだろうか?

 魔王が急に笑い出した。


「いい作戦だね! 確かに、俺達魔族にはスキルも魔法もない。

寿命だって、人間と同じだ。

けど……別な装備があることも考えないとなぁ!!」


 すると、魔王はもう一本の剣を取り出した。

 今まで、背中のマントに隠れていて、見えなかった。


「とは言っても、これは別な能力を持つ剣だ。

相手の装備の内の1つを選択し、その装備と同じ能力を得る。

それがこの剣の能力だ。

そして、俺のカンでは……それだな!」


 すると魔王は目を見開く。


「思った通りだ!! その指輪のおかげで、スキルを外部から受け取れていたのだな!」

「どうして、分かった!?」


 コスモは思わず叫んでしまった。


「上に立つ者のカンをナメるなよ?」


 そう言うと、魔王はコスモに襲い掛かる。


「ほらほら! どうしたぁ!」

「くっ……!」


 コスモは魔剣で攻撃を弾くが、防戦一方だ。

 同じ能力なのに、なぜ?


 もしや……。


「どうして同じ能力なのにって思ったか? 鍛えてるからな!」


 メアと戦った時もそうだった。

 鍛えていれば、同じ【剣聖】でもそちらの方が強くなる。


 おまけに今のコスモはメタルウイングと魔剣を装備している。

 それを埋め合わせる程の力を有しているということだ。


 魔王本体の力をナメすぎていた。


(だったら今度は!)


 メタルウイングの出力を最大にし、魔王にぶつかる。

 身体能力だけではなく、技量も相手の方が上だ。


 力押しで早めに倒すしかない。


「ぐ……残念だったな……!」


 魔王は剣で受け止め、コスモの攻撃を持ちこたえていた。


「そ、そんな……!」






 このままだと、メタルウイングは壊れてしまうだろう。


 そうなれば……コスモの負けだ。


 すなわち……死。


(死にたくない……こんな所で……!)


 そう思うのだが、頭の中に、今までの記憶が次々と流れる。


 走馬灯。


 体が、死を悟ったのだ。


(私……結局駄目だったな……そもそも、私なんでここに来ちゃったんだろう。

もし、違う人だったらこの勝負……勝てたのかもしれない)


 その時はその時で、魔王はまた更に強い武器を使って来たかもしれない。


 だが、それでも、自分が来るよりは良かった。


(私は、結局ただの一般人だったんだ……。

いや……なんの才能もないし、得意なこともない……一般人以下だ)


 後少し……後少し……。


 後少しだけ……力があれば……勝てたのに……。



















(はっ……!)





 息が苦しい。






 いや、これは……。





 言葉こそ無いものの、きっと語り掛けているのだ。





 コスモの中に眠っている”それ”が。















「はは……はははっ!」


 コスモは笑った。


「気でも狂ったか! 安心しろ! その翼が壊れた後、首を切り落として一瞬で楽にしてやる!」


 違う。

 今のコスモの笑いは。


「この勝負……私の勝ちだああああああああああああ!」


「ふんっ! それが全力なのだろう? ハッタリは見苦しいぞ!」











 走馬灯の中……コスモはユリのある言葉を聞いた。







 頑張ってください?

 生きて帰ってください?


 いや、違う……。












 【剣聖】を失った時に交わした何気ない会話であった。








『あっ! そうです! たしか、弱いスキルって感知系のスキルでも、感知されにくいって聞いたことがあります!』


『弱いスキル……』


『いや! 悪口で言ったんじゃないですよ! 結局、弱くても強いってことです!』















 その時は、ただの慰めだったのかもしれない。


 けど、本当にその通りだった。


(本当にその通りだったよ!)


 コスモはスキルを発動させる。


「スキル発動!! 【身体能力1.1倍(弱)】!!!!!!!!!!!!」

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