36.馴れ馴れしすぎる

『やぁ』


 今の状況を説明しよう。

 コスモは今日も、いつも通り夕食を食べ、いつも通り眠りについた。

 そして、だ。

 今、薄い虹色の不思議な空間に、コスモはいる。


 コスモの目の前には、禍々しい剣が浮いている。

 その剣が話しかけてくるのだ。

 実に馴れ馴れしい態度で、だ。


「魔剣さん……なんかお久しぶりです」

『ああ、本当に久しぶりだ!

あの時は済まなかった。あのままだと、君の仲間が危険だったんだ』

「別にその“件”はもういいです」

『“剣”だけにか?』


 ドヤ! とでも付きそうな勢いで、魔剣はそう言い放った。

 そして、数秒間の沈黙が訪れた。


『どうして黙ったんだ? そんなに緊張しなくてもいいんだぞ?

それに、敬語は使わなくても大丈夫だ。

もっとこう、友達みたいに話してくれてもいいんだぞ?』


 緊張ではない、魔剣のギャグが寒過ぎたのだ。

 コスモ的には、このままある程度の距離を保っておきたがったが、なにをされるか分からないので、タメ口で話すことにした。


「どうして喋らなくなっちゃったの?」


 コスモは魔剣に対して、疑問をぶつけてみた。

 そう、コスモが呪われた後、魔剣は喋らなくなってしまったのだ。


『寂しい思いをさせてすまない。

私は私にかかっていた呪いに打ち勝つのに必死で、余裕がなかったんだ』

「寂しくは、なかったかなぁ」

『そうか。それは残念だ』

「で、呪いは解けたの? 確か暴走しそうになってたよね?」

『ああ。【剣聖】の支配下に置かれていたおかげで、なんとか打ち勝つことができた』

「え? 打ち勝ったの? でも、今日も現実世界で喋らなかったよね? まだ呪われてるんじゃ……」


『確かに、半年前に1度は打ち勝った。

しかし、その後【剣聖】の力がなぜか感じられなくなってね。

再び、打ち勝った呪いが復活してしまったんだ』

「そうだったんですか……実は私……」


 コスモは魔剣に【剣聖】を失った経緯を正直に話した。


『そうだったのか……それはかわいそうに……』

「まぁ、仕方ないよ。あ、そうだ、1つ訊いてもいい?」

『構わない』

「どうして、【剣聖】が無くなったのに、私死ななかったの?」


『死んだよ』

「いやいや、そういう冗談はやめてよ。私実際に生きてるよ?」

『はは。流石にバレてしまったか、半分は冗談だ』


 半分……?


「半分は本当なんですか?」

「ああ。と言っても、死んだという表現はおかしいから、君の言う通り冗談だ」


 魔剣が言うには、魔剣が抵抗しまくってくれたらしい。

 だがそれでも、コスモが寝ている時など、何度か心臓が止まったらしく、その度に魔剣がコスモを回復させていたのだという。

 最近はそういうことはないらしいが。


「そうだったんですか……」


 気が付かなくて良かった。

 気が付いていたら、ユリに心配をかけてしまう。

 それに、メンタルも更に不調になってしまいそうだ。


「というか、回復できたんですね」

『ああ。私にはスキルが内臓されているからな』

「ユリが聞いたら喜ぶだろうね」


 ユリはスキル内臓の武器を見て、驚いていた。

 実際に触らせてあげたら、喜ぶだろう。

 というか、ユリにあげてもいいのかもしれない。

 いや、それよりも……。


「あ、でも、そもそも私の所にいなくてもいいんじゃ……」


 今【剣聖】はメアが持っている。

 それならば、メアに渡した方が良いのでは?

 そうすれば、魔剣も完全に呪いに打ち勝てるだろう。


『それは、あまりしたくないな』

「どうして? 私なんかより、今の剣聖のメアちゃんの所に行った方がいいと思うけど」

『確かにそうだ。そもそも、君と私は肉体的な相性が良くない。正直、その辺を歩いている人間の方が、相性はいいくらいだろう』

「だったら、なおさら違う人の方がいいんじゃないの?」


 まさか、こんな所でも才能がなかったのか、と残念に思ったコスモであったが、今回ばかりは肩の荷が下りてラッキーだと思った。


『それは駄目だ』

「どうして!?」

『私は君のことを気に入っている』

「後は?」


『それだけだ』

「そ、それだけの理由で?」

『それだけって、その理由は大きいぞ。

例えば、いくら自分の能力と噛み合っている組織でも、組織に属している人との相性が悪ければ、それだけでパフォーマンスはグッと悪くなる。それと同じだ。』

「た、確かにそれはそうかもしれませんけど……」


 それにしても、一体コスモのどんな所を気に入ったというのか?


『おっと、そろそろ時間だ。私も呪いに打ち勝つように頑張る。

だから君も頑張ってくれ、君の体は回復させられるが、心までは回復できない。

自分で回復するしかない』

「あ、うん……」

『それと、もしも、どうしても諦めきれないことがあったら、誰も傷付けない範囲で手段を選ばないで挑戦してみることも大事だと思うぞ?』

「誰も傷付けないで、って……あなた魔剣だよね?」

『君はそういうこと、あまり好きじゃないだろう? 実は、私もだ』


 魔剣が最後にそう言うと、夢の世界は崩壊していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る