37.スライムにお辞儀をされる

「ユリ、私やっぱり【剣聖】の力を取り戻したい」


 次の日、コスモはユリに正直な気持ちを告白した。

 メアのスキルを奪うのは良くない。

 だが、他の方法でなんとか剣聖の力を取り戻せないものだろうか?


「ふふ」


 するとユリは笑った。


「駄目だった?」

「いや、嬉しいんです。コスモさんが久しぶりに生き生きしている表情を見せてくれたことが!」


 そんなに暗い顔をしていたのだろうか?

 ユリと料理を販売する日々も、確かに幸せだと感じていたのだが。


「コスモさん、私も賛成です! 色々試してみましょう!

「ありがとう、ユリ」


 コスモが【剣聖】でいたかった理由は、なんの才能もない自分が皆の中心でいられるからだ。

 皆に「凄い」、「流石」だと褒めてもらいたいからだ。

 だが、もう1つ大事な理由ができた。


「私、【剣聖】でいたいから!」


 【剣聖】でいたいから。

 それが一番大事な理由だ。

 例えば、コスモは自分が国王になる妄想をしたことがあるが、なぜか充実感が薄かった。

 そう、コスモは【剣聖】になって、皆の中心にいたいのだ。


 正義の為とかではないのが、コスモらしいかもしれない。




「よし、じゃあ早速!」


 スライムがいる森へとやって来た、コスモとユリ。

 「前代未聞の2個目のスキルを覚醒させる」

 これが、コスモの考えた案であった。


「そう上手くいきますかね? もっと違う方法の方が……」


 ユリは不安そうだ。

 だが、まずは1つずつ可能性を試していくことが大切だ。


「あっ! スライムです!」


 1匹のスライムを発見したユリは、それに向けて指を指した。


「よし!」


 コスモは魔剣でスライムを叩いた。

 ペチペチという音がする。


「コスモさん……?」

「えいっ! えいっ!」


 これでは肩叩きだ。

 だが、仕方がない。

 コスモだって真面目にやってこれなのだ。


「ま、こんなものかな?」

「にゅ!」


 スライムはぴょんぴょんと飛び跳ねると、コスモにお辞儀をして去っていった。

 あるかどうかも分からない肩のコリでもほぐれたのだろうか?


「コスモさん、こう、言い方失礼かもですけど、もっと倒すつもりで思いきりやった方がいいですよ……?」

「あれでも強めに叩いたんだけど……。それにあまり強すぎるとスライムが死んでしまうからね」

「そ、そうですか」


 なにやら困ったような表情を浮かべているユリ。

 もしや……。


「私の力が弱すぎて引いた?」

「いえ、そう言う訳ではないですけど」


 本当だろうか?

 だが、その表情から嘘をついているようには見えない。


「まぁ、いいか」


 コスモはその後も、2時間くらいスライムの肩叩きをして修行をした。

 コスモは背伸びをする。


「なんだか強くなった気がする!」


 久しぶりに良い汗をかいた気がする。


「コスモさん……明日は王都に行って、国王様に相談してみませんか?」

「え?」

「剣聖スキルをたまにでも貸して貰えないか、国王様に頼みに行きましょう。そっちの方がまだ可能性ある気がします」


 確かにそうかもしれない。

 コスモもそう思った。


「じゃあ、明日は王都に向けて出発しよう。今日の所はこれから準備だね」


 と、自宅に帰ろうとする2人。

 だが、ここでとんでもない集団と出会ってしまう。


「おい! あんた」

「え?」


 10人くらいのガラの悪い人間が、コスモを睨んだ。


「おっ! やっぱり、元剣聖さんじゃーん! 会いたかったぞ?」


 リーダーと思われる人物の顔……コスモは見覚えがあった。

 剣聖を取得して、最初に戦った人物だ。


「ひっ!」


 コスモは腰が抜けて、思わず地面に座り込んでしまう。


「いい反応だなぁ!! 覚えててくれた系か? あたいはなぁ……あの時からずっとムカついててたまらなかったんだよ!! なにが剣聖だ!! もう皆知ってるぞ? 人のスキルでイキってたガキだってことをなぁ!! そして、今は元剣聖さんだろ? 知ってんだよ!! 本当にムカつくなぁ!!」


 リーダーがユリの髪の毛を引っ張り、強引に引き寄せ、逃げられないようにする。


「あ」


 コスモは怖くて声が出なかった。

 これは夢ではないのだ。

 本当に殺されるのだ。


「おい! こいつを返して欲しけりゃなぁ! 今から1時間後に、全財産持って、この場所に来い! ちなみに来なかったり、誰かにチクッた時点で、コイツを殺しまーす! 来たら金を奪って元剣聖を殺しまーす!」


 コスモにそう言うと、地図を投げ捨ててどこかへと行ってしまった。


 コスモはしばらく経ってようやく立ち上がれるようになった。


「は、ははは……驚いたね。けど、ユリは昔鍛えてたって言うし、私が行ってもむしろ足手まといになる。絶対そうだよ」


 ユリだったらあんな奴ら、返り討ちにできるだろう。

 だから、自分が行っても意味がない。

 コスモは心の中でそう唱え続けていた。

 そうすれば、なにがあっても許されるような気がしたのだ。


「なにもしないのが、きっと、一番いいんだ……」


 コスモは家に帰ることにした。

 もしかしたら、夢かもしれない。

 だったら、このまま帰ってなにもなかったことにしよう。

 そう思った。


「ぐぬぬ! こいつは大物だ!!」


(あの人は……)


 帰路の途中の池で、誰かが釣りをしていた。


「あいたーっ!」


 釣り糸が切れ、派手に転んだ。


 そして、そのまま目が合ってしまう。


「コスモちゃん? なんで逆立ちしてるの?」


 逆さなのはそっちだろう。


 普段ならそう突っ込めたかもしれない。

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